伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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06:気のいい部下と妻

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 今後ずっとの住処か、それとも一週間きりの仮の住処かはまだ判らないが、今日から過ごす家が決まったのはすっかり昼下がりのころ。
 いまの季節は冬。冬の陽は短くうかうかしているとすぐに陽が暮れてしまう。
 商人から預かった家の鍵は二本。早速一本をベアトリクスに渡して、荷物を運びこむために兵舎に向かった。
 さて王都こちらの部屋は六年もほっぽいていたから、最前線から持ち帰ったまだ荷解きしていなかった箱を除けば、大した量は無い。
 そして褒章に貰った軍馬もあるから、一度に運べる量もかなりのもの。
 せっせと荷物を部屋から出していると、俺を見かけた部下たちが集まりだして荷運びを手伝ってくれた。
 ありがたいことに暇人の数が多かったお陰で一度で済みそうだ。

 何頭もの軍馬に荷物を載せて新居へ向かう。
 軍馬を荷馬のように扱う日が来るとは、これも平和になったお陰かと、数ヶ月前の激しかった戦いを思い出しながら苦笑を漏らした。
「将軍ってばなに笑ってんすか?」
「いやなに軍馬が勿体ないなと思ってな」
「えーそこは可愛い奥さんに逢えるからっていうとこっすよー」
 そうだそうだ~とそこらから同じような声が上がってきた。
「可愛いってなあ。お前ら一度も見た事ないだろうが」
「そう! そこですよ! で、可愛いんすか?」
 相変わらず口の悪い部下たち。これで皆騎士爵を持っているのだから始末が悪い。
 ここで何を言おうがからかいは続く、付き合ってられるかと、俺はそれらを無視して無言で歩を速めた。

 家に着くと玄関には鍵が掛けられていた。
 どうやらベアトリクスも荷を取りに向かったらしい。手伝ってやりたいとは思うが、どこに行ったのかも分からぬ。それにそもそも女性一人で運ぶとは思えないから、きっと使用人辺りに頼るのだろう。

 鍵を開けるや、馬から荷を、その荷は次の者へ、さらに次の者へと運搬リレーによって次々に室内に運び込まれていった。
 ものの数分で荷物は部屋の中へ消えていく。
 それが終わると部下たちは勝手気ままに家の中に入って探検を始めた。ここは寝室にいいとか、子供が出来たらここに~だのと勝手に言い合う様は、お前らには関係ないのに何言ってんだと飽きれるばかりだった。
 そんな事をあーだこーだと話しているうちにベアトリクスが帰って来た。
「ただいま戻りました。何やら賑やかですね」
「おかえりベアトリクス」
 彼女の持つバッグを取り上げて部屋に入れる。
「自分で持てますのに、でもありがとうございます」

 そのやり取りに気付いた奴らがどたどたと走ってくる。彼らはあっという間にベアトリクスを取り囲み、目を見開いて驚いた。
「え、まじ? この美人さんが将軍の奥さんですか!?」
「やべぇ! 超可愛い!」
「うわぁー俺もこんな褒章欲しいぜー」
「おい! それはベアトリクスに失礼だろう」
 美人やら可愛いはいい、だが〝褒章〟呼ばわりは駄目だ。
 思わず言った部下も失言に気付き「あっ済みません」と謝罪を口にする。しかし続けて、
「でも将軍……そこは名前じゃなくて愛称で呼ばないと駄目っすよ」と駄目だしして来たのにはさすがに黙っていられなかった。
「うるさい! つーかお前ら荷物運んでくれてありがとな。
 さあとっとと帰れ!」
「そんなぁ。これが楽しみで手伝ったんですから、もうちょっとだけ良いじゃないですかー」
「お前らそんな理由で……」
 どおりで素直に手伝ってくれたなと思ったけれども! あほかこいつらは。
「フィリベルト様。お茶の準備をしますね」
「ひゅぅ~奥さん話せる~」
「お、奥さんっ!?」
 部下たちの軽口に顔を真っ赤にしてベアトリクスは狼狽した。
「こらベアトリクスが困ってるだろうが! 引っ越し仕立てでカップも茶も薪だってないんだよ。分かったら帰れや!」
「じゃあ整ったらまた来ると言うことで! 奥さん約束! またねー」
「おいこら! どさくさに紛れて、なに手を握ろうとしてんだよ!」
「うわぁ将軍ってば独占欲丸出しじゃないっすかー!」
「チッおい。いい加減に……」
「おっとヤベッ」
 いい加減しびれを切らせた時、それを察した部下たちは脱兎のごとく踵を返して逃げ出した。

「ふふふ。楽しい方たちですね」
「すまん、うちの奴らは大体あんなのばっかなんだ」
 王都残留の騎士隊ならばもう少し品もあっただろうが、奴らは最前線で六年も殺し合いをやっていたのだ。あのくらい羽目を外すくらいで丁度よい。
「別に構いませんよ。
 だって独占してくださるんでしょう?」
 アーモンド形の瞳がこちらを見上げ、くりりと悪戯っ子のように瞬いた。



 荷物の荷解きはまた今度。
 まずは普通に生活できるようにしなければならない。
「食事は外で食べるとしても、寝具と薪は今日中にどうにかしないと不味い。ああ、あと鍵もだな」
 いまの季節は冬、食事を作らなくとも暖炉のために薪は必須。
 そして寝具。俺だけならば寝袋でも構わないが、ベアトリクスに同じようにしろと言うのは酷だろう。
「鍵?」
「ああ部屋の鍵だ、必要だろう?」
「いえ別に、私はいりませんよ」
「いや君が良くても俺が困るんだがな……」
 いつ彼女の色香に負けてムラムラっと来るか分からない。
「まさか浮気をなさるおつもりですか!?」
 浮気? どうしてそうなった?
「落ち着けベアトリクス、俺にそんな相手がいるわけがないだろう」
「いいえフィリベルト様はこんなにも素敵な男性ですもの、いないなんてことがあるわけがないじゃないですか!」
「まてまて、落ち着いて欲しい。
 いいかこの際だからはっきり言うが、生まれてこの方一度もモテたことはない」
 誤解を解くためとは言え、俺は一体何を宣言しているのだろうと泣きたくなった。
「……一度も?」
「ああ」
「つまり私が初めてですか?」
「好いていてくれるというのならそうなる」
「こほん失礼いたしました。
 寝具と薪だけではなくてカーテンや絨毯、それに調理器具や食器類も必要ですね」
 きつかった瞳もすっかり柔らかくなり、何事も無かったかのように話が戻された。ただしそれは言葉だけ。恥ずかしそうに頬を染めるベアトリクスはとても可愛いかった。
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