伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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07:お買いもの

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 街に出て商店に向かい早急に必要な品を買った。ランプの油や薪などの吟味する必要のない品は、家に運んで貰えるように手配するだけで済むが、吟味する必要がある家具やカーテンは選ぶのにそれなりに時間を要した。
 もちろん二人の意見がぶつかった訳ではない。俺はこの手の事に無頓着なので、口を出さずにベアトリクスにすべて任せた。
 しかし彼女はそれが気に入らなかったらしい。
「これから二人で暮らす家の事です、私の一存で決めるのは間違っています!」
 彼女が見た目よりもずうっと我が強いことを知った良い機会だった。


 色に柄さらには縫い目まで、まるで聞き取り調査の様な時間が終わって、最後に向かったのは寝具の売り場。
「ベッドは大きいのを買いましょうね」
「ほおベアトリクスは大きなベッドが欲しいのか」
「小さいのは小さいので密着感があって惹かれますが、それだとフィリベルト様の疲れが取れないでしょう?」
「お、おい。まさか一緒に寝るつもりなのか?」
 一緒のベッドどころか、寝室もわけるつもりでいたから余計に驚いた。
「私たちは夫婦ですよ」
 じとっとアーモンド形の瞳の色が変わる。
 これはもう一度見た奴、つまり怒りの色だ。
「だ、だが交際期間を設けるはずではなかったか!?」
「それとこれとは話が別です」
 怒り露わにすっかり座った目を見せているが、彼女は顔はおろか耳まで真っ赤だ。どうやら彼女の方も恥ずかしいのを我慢しているらしい。

 正直に言えば非情に嬉しい提案だ。
 だがこの結婚は国王陛下の勅命による強制。
 今日一日で彼女が俺の外見を気にしていないのは良く分かった。だが内面を見てこれから嫌われる可能性だってある。
 そうなった場合すぐに離婚は難しいが、時期を見てならば可能だろう。
 その時に彼女の不利益にならない様にするのが俺の義務。
 つまり手を出してはいけない。

「ならば交際期間の間だけでもどうだろうか?」
「嫌です」
「うぐっでは週に一度ならどうだ」
「その一度はどちらの意味ですか?」
「もちろん一緒に寝る日だが」
「却下します」
「では二日はどうだろう」
「逆ならOKです」
 逆って……
 一緒に寝ないのが~という意味なら勘弁して欲しい。
「三日」
「まだまだ」
「ぐうっ……どうにか三日でお願いしたいのだがな」
「では一つお願いを聞いていただきます」
「なんだろう」
「ベアトリクスは嫌です」
「すまない。それはどういう意味だろうか?」
「親しい人は私をベリーと呼びますわ」
 つまり条件を飲むから愛称で呼べと言っているのだろう。
「むぅ……
 ベ、ベリー」
 実際に呼んでみると想像以上に恥ずかしかった。だがこれで譲歩してくれるなら願ったりだ。
「はい、フィリベルト」
「俺は愛称ではないのか」
「も、もちろんいずれ呼びたいですけど、今はその……」
 耳まで真っ赤に染めて俯くベリー。その仕草は形の良い頭をこちらに見せつけているように見える。
 じゃあ遠慮なく。
 俺は手を持ちあげて彼女の頭に触れた。
 ふむう改めて思うが良く手入れの行き届いた髪だな。
「あ、あの……」
「綺麗な髪だなぁ」
「フィリベルトのそう言うところはズルいと思います!」
 アーモンド形の瞳を潤ませ、ベリーはきつくこちらを睨みつけてきた。
 ううむ。よく分からないがまた怒らせてしまったらしい。



 買い漏らしは無いか、これは明日でも良いだろう~などなど二人で相談しつつ、最低限必要な物を新居に運んで貰った頃には、夕食の時間に差し掛かっていた。
 食事が出来る店が多く入っている通りを目指しつつ、何が食べたいかと聞けば、ベリーは済まなさそうに謝罪を返してきた。
「私が作れれば良かったのですが、申し訳ございません」
「何を謝ることがある。
 むしろ先を見越して使用人を雇っていなかった俺が悪い」
「……?」
 アーモンド形の瞳が何故かまんまるに開かれてこちらを見つめていた。

「どうした不思議そうな顔をして」
「もしや私が料理が出来ない前提でお話されていますか?」
「その通りだがもしかして出来るのか」
「ええ。身の回りの事はすべて出来るように教育を受けております」
「そうなのか。貴族は人任せで何も出来ないと思っていたが、どうやら俺の偏見だったようだな」
「いえその通りです。きっと継母も姉もそう言うことは不慣れでしょう。でも私は満足に名を名乗ることも出来ない身分ですので……」
 彼女は自嘲気味にそう言うと所在なさげに視線を伏せた。
 最初に聞いていたと言うのに、言わなくてよい事を言わせてしまったようだ。俺は元気をなくして俯いてしまった彼女の頬に手を伸ばしそっと撫でた。
 触れた瞬間はびくりと体を震わせたが、彼女はすぐに俺の手に自分の手を添えて、目を細めていつくしむように頬を何度も寄せた。

 ベリーはしばらくそうしていたが、突然、我に返ったかのようにぴょこんと顔を起こした。
 そこまでの一連の行動を含めてまるで猫の様だと思った。
「済みません、取り乱しました」
 その顔は真っ赤。
 だがきっと俺の顔も変わらないだろう。なんせここは家の中でも店の中でもなく、天下の往来だ。先ほどからチラチラと通行人らがこちらに視線を送りつつ気づかないふりを装いつつ歩き去っている。
「いや構わない。
 どうだ落ち着いたか」
「はい、大きくて温かい手。とても安心しました」
「ははは。図体だけはでかいからなぁ」
 俺は照れ隠しに苦笑漏らした。
「いいえそれは違います。フィリベルトの手だからですよ」
 くすりと微笑むベリー。
 こちらを見上げるその瞳はじっとりと熱を帯びていた。
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