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12:告白
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先ほどの事を機会を見つけて謝りたかったのだが、クリューガ侯爵からのお祝い品が思いのほか多くて、午後の買い物の予定は明日に見送り、さらにそれらの配置に頭を悩ませているうちに時間は瞬く間に過ぎていった。
まったく話す機会が得られぬまま、ベリーは片づけを俺に任せて食事の準備のために台所に行ってしまった。こうなると次の機会は夕食のどきしかない。
さて日が落ち始めると家の中にバターの焼ける良い匂いが立ち込めてきた。自分にはとんと縁が無いけれど、この匂いは知っている。
パン屋のあれだ。
パンは買うものだと思っていた俺からすると、パンまで焼けるベリーの家事力は想像を絶する。
容姿は美しく気立ても良い。さらに家事まで完璧とはな。
対して俺の取柄は剣と槍。平和になったこの世の中では、すっかり価値を失ってしまったと言うのに、やれやれ、考えれば考えるほど俺には勿体ない女性だな。
「食事の準備が出来ました。
きりの良い所で手を休めてくださいね」
「ありがとう、いま行く」
今日のメニューはクリームシチュー。シチューに入っている野菜の量も凄かったが、特に目を引いたのは上に添えられた、皿からはみ出しそうなほど長いソーセージだろう。
そしてテーブルの中心に置かれたバスケットには、あの匂いの元になったパンが入っていた。手のひらサイズの少々小ぶりだが、パンの色も形も様々で見ていて楽しい。
「凄いな、これが全部手作りか」
「フィリベルトの好みを聞き忘れていたので、思いつく限り作ってみました。
気に入った物を我が家の定番としましょう」
「それは楽しみだ」
味見だからこそ小ぶりなのだなと納得だ。
焼き立てのパンはとても美味くて、野菜たっぷりのシチューと共に食が進んだ。
「ほぉこのパンは美味いな」
「ブリオッシュですね」
「これも良いぞ」
「クロワッサンです」
「おおこいつも美味いな」
「美味しいと言ってくれるのはとても嬉しいのですが、選ぶつもり有りませんよね?」
「むぅすまん。だがどれも美味いぞ」
「まったく仕方がない人ですね」
これも美味い、あれも美味いと次々にパンを取り食べ進め、ふと我に返った。
「ところでベリー、このパンは朝食の分を見越した量なのだろうか?」
このままの勢いで食べ進めると間違いなく無くなってしまう。
「いいえ朝は朝で焼くつもりですから全部食べて頂いて構いませんよ」
「そうかでは遠慮なく」
再び俺は口と手を動かし始めた。
「いやあ美味かった」
「これだけ気持ちよく食べて頂けると私も満足です」
アーモンド形の瞳がこちらを向き、柔らかく微笑んだ。
ベリーはとても機嫌が良さそうに見える。
言うならいまだろうか?
「なあベリー」
「なんでしょう?」
「怒らずに聞いて欲しいんだが……」
「はい、どうぞ」
俺の声のトーンに気付き、ベリーは手を休め居住まいを正した。
「ベリーは美人で性格も良く料理も美味い。正直ベリーが悪いのは男の趣味だけ……
いや怒るな、冗談……ではないが、要するにだな、俺は自分に自信が無いんだ。勿論自信が無いと言うのはこの手の話だぞ?
剣と槍を持てば多少はマシだが、平和になった今の時代ではこんなもの何の役にも立たんだろう。そしてそれを省けば、俺はベリーの隣に立って相応しい男じゃない。
だからすまん、もう俺に少し自信がつくまで、恋人関係を続けさせてほしい」
言い終えるとベリーはこちらを向いたまま涙を流していた。
「お、おいベリー?」
まさか泣かれるとは思わず狼狽した声が漏れた。
「すみません。
もう嫌だから別れたいと言われるかと思って……」
「そんな事を言うものか」
「それは国王陛下のご命令だからですか」
すっかり堅い声。
まるで気にしていないかのように振る舞っていたが、ベリーも俺と同じくそれを気にしていたのだといま判った。
「いいやそれは違う。
たった一日や二日で単純だなと自分でも思うが、俺がベリーに惹かれているからだ。だからベリーが嫌だと言わない限り、俺はベリーを絶対に手放さない」
面と向かって言うのは恥ずかしいが、ここははっきり言うべきところだろう。
決して視線を反らさずベリーの目を見てそう言うと、ベリーの顔はみるみるうちに赤くなり、耐え切れなかったのか俯いてしまった。
「私は嫌なんて絶対に言いません。でもあんまり長く待つのは嫌いです。
ねぇフィリベルト、私はどのくらい待てばよろしいのでしょうか?」
「むぐっ。さ、三ヶ月でどうだろう、か?」
「それは長すぎです」
声がとても冷たい。
「では二ヶ月半ではどうか」
「女々しい刻みはやめてください」
今度のはちょっと怒りを孕んでいた。
「うっすまん」
「ハァ。一ヶ月まで譲歩しましょう。そこからは私の好きにさせて貰います」
「一ヶ月か、わかった。
ところでベリー、好きにすると言うのは一体何を……?」
「そ、そんなの聞かないでください!
もう! ばか、ばかっ!!」
耳まで真っ赤にしたベリーにぽかぽかと胸を叩かれた。
当たり前だが痛くなんてない。
まったく話す機会が得られぬまま、ベリーは片づけを俺に任せて食事の準備のために台所に行ってしまった。こうなると次の機会は夕食のどきしかない。
さて日が落ち始めると家の中にバターの焼ける良い匂いが立ち込めてきた。自分にはとんと縁が無いけれど、この匂いは知っている。
パン屋のあれだ。
パンは買うものだと思っていた俺からすると、パンまで焼けるベリーの家事力は想像を絶する。
容姿は美しく気立ても良い。さらに家事まで完璧とはな。
対して俺の取柄は剣と槍。平和になったこの世の中では、すっかり価値を失ってしまったと言うのに、やれやれ、考えれば考えるほど俺には勿体ない女性だな。
「食事の準備が出来ました。
きりの良い所で手を休めてくださいね」
「ありがとう、いま行く」
今日のメニューはクリームシチュー。シチューに入っている野菜の量も凄かったが、特に目を引いたのは上に添えられた、皿からはみ出しそうなほど長いソーセージだろう。
そしてテーブルの中心に置かれたバスケットには、あの匂いの元になったパンが入っていた。手のひらサイズの少々小ぶりだが、パンの色も形も様々で見ていて楽しい。
「凄いな、これが全部手作りか」
「フィリベルトの好みを聞き忘れていたので、思いつく限り作ってみました。
気に入った物を我が家の定番としましょう」
「それは楽しみだ」
味見だからこそ小ぶりなのだなと納得だ。
焼き立てのパンはとても美味くて、野菜たっぷりのシチューと共に食が進んだ。
「ほぉこのパンは美味いな」
「ブリオッシュですね」
「これも良いぞ」
「クロワッサンです」
「おおこいつも美味いな」
「美味しいと言ってくれるのはとても嬉しいのですが、選ぶつもり有りませんよね?」
「むぅすまん。だがどれも美味いぞ」
「まったく仕方がない人ですね」
これも美味い、あれも美味いと次々にパンを取り食べ進め、ふと我に返った。
「ところでベリー、このパンは朝食の分を見越した量なのだろうか?」
このままの勢いで食べ進めると間違いなく無くなってしまう。
「いいえ朝は朝で焼くつもりですから全部食べて頂いて構いませんよ」
「そうかでは遠慮なく」
再び俺は口と手を動かし始めた。
「いやあ美味かった」
「これだけ気持ちよく食べて頂けると私も満足です」
アーモンド形の瞳がこちらを向き、柔らかく微笑んだ。
ベリーはとても機嫌が良さそうに見える。
言うならいまだろうか?
「なあベリー」
「なんでしょう?」
「怒らずに聞いて欲しいんだが……」
「はい、どうぞ」
俺の声のトーンに気付き、ベリーは手を休め居住まいを正した。
「ベリーは美人で性格も良く料理も美味い。正直ベリーが悪いのは男の趣味だけ……
いや怒るな、冗談……ではないが、要するにだな、俺は自分に自信が無いんだ。勿論自信が無いと言うのはこの手の話だぞ?
剣と槍を持てば多少はマシだが、平和になった今の時代ではこんなもの何の役にも立たんだろう。そしてそれを省けば、俺はベリーの隣に立って相応しい男じゃない。
だからすまん、もう俺に少し自信がつくまで、恋人関係を続けさせてほしい」
言い終えるとベリーはこちらを向いたまま涙を流していた。
「お、おいベリー?」
まさか泣かれるとは思わず狼狽した声が漏れた。
「すみません。
もう嫌だから別れたいと言われるかと思って……」
「そんな事を言うものか」
「それは国王陛下のご命令だからですか」
すっかり堅い声。
まるで気にしていないかのように振る舞っていたが、ベリーも俺と同じくそれを気にしていたのだといま判った。
「いいやそれは違う。
たった一日や二日で単純だなと自分でも思うが、俺がベリーに惹かれているからだ。だからベリーが嫌だと言わない限り、俺はベリーを絶対に手放さない」
面と向かって言うのは恥ずかしいが、ここははっきり言うべきところだろう。
決して視線を反らさずベリーの目を見てそう言うと、ベリーの顔はみるみるうちに赤くなり、耐え切れなかったのか俯いてしまった。
「私は嫌なんて絶対に言いません。でもあんまり長く待つのは嫌いです。
ねぇフィリベルト、私はどのくらい待てばよろしいのでしょうか?」
「むぐっ。さ、三ヶ月でどうだろう、か?」
「それは長すぎです」
声がとても冷たい。
「では二ヶ月半ではどうか」
「女々しい刻みはやめてください」
今度のはちょっと怒りを孕んでいた。
「うっすまん」
「ハァ。一ヶ月まで譲歩しましょう。そこからは私の好きにさせて貰います」
「一ヶ月か、わかった。
ところでベリー、好きにすると言うのは一体何を……?」
「そ、そんなの聞かないでください!
もう! ばか、ばかっ!!」
耳まで真っ赤にしたベリーにぽかぽかと胸を叩かれた。
当たり前だが痛くなんてない。
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