伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

文字の大きさ
14 / 32

14:クリューガ侯爵

しおりを挟む
 ベリーの名ではなく、シュリンゲンジーフの名でクリューガ侯爵に先触れを出した。ベリーはとても渋ったのだが俺もこれを譲るつもりはなく、最後はベリーが折れてくれた。
 こんなクダラナイことが最初の夫婦喧嘩にならなくて良かったと思う。
 幸いなことにクリューガ侯爵はすぐに会ってくれるそうだ。
 クリューガ侯爵が指定して来たのは王都の内門側にある、貴族御用達のカフェ。そこは会員制で秘密厳守かつ個室完備と言う徹底ぶりを誇ることで有名な店だ。

 家を出ると、ベリーは先ほど同様血の気の引いた顔を見せた。
「待っていても良いんだぞ」
「いえ行きます」
 だがベリーの意思は固い。
 今度は俺が折れる番だろう。少しでも気分が和らげばと思い、ベリーの手を取って歩いた。
「ふふっ温かいです」
「ベリーは冷たいな」
 心外だとばかりにアーモンド形の瞳がこちらを見上げてきた。
 良かった。どうやら少しは気が紛れたようだ。


 カフェで名乗ると丁寧な応対を受けて部屋に案内された。案内されながら、クリューガ侯爵がすでに来ていることを聞いた。
 待ち合わせ時間にはまだ早かったはずだが、待たせてしまったらしい。
 一つの部屋の前で、店員が「失礼します」と言ってドアをノックした。すると中から返事が有り、同時に鍵が上がる音が聞こえた。
 中からしか開かないとは徹底している。

「失礼します」
 部屋の中にいたのは二人。片方が黒い服を着て脇に立っていることから、座っているのがクリューガ侯爵なのだろう。
 身なりの良いのは当たり前。特徴のある明るめの茶色い髪は清潔感が見える程度に伸ばされていて、若い頃はさぞかしモテただろう優男。特に目を引いたのは、深く静かな碧緑色の瞳。まるでベリーの、いやベリーがこちらに似たのだな。
「シュリンゲンジーフです。
 本日はお時間を頂きましてありがとうございます」
「いや構わない。積もる話はあるだろうが細かい話は不要だ。早速要件を聞こう」
 娘に会ったと言うのに笑みも無ければ、一瞥さえも無し。おまけに口調だって大よそ感情の籠っていなかった。
「その前に座ってもよろしいですか?」
「これは失礼した。どうぞ」
 彼が促してくれたので俺は席を引き、ペリーに座るようにと視線を送った。だがベリーは顔を青褪めさせて固まっていた。
「ベリーどうした?」
「ッ!?」
 名を呼ばれると彼女はビクッと大げさに震えた。
 声に反応してこちらを見上げるベリー。しかし向けられた瞳はまるで虚空を見ているかのようにまるで焦点が合っていない。
 手が冷たい何かに触れてそれを包み込むと、ベリーの瞳に光が戻った。
 まったくの無意識であったが、ベリーの手を掴んでいたらしい。
 だがおそらくこの無意識の行動は正しい。さっきまでのベリーをあのまま放っておいて良いわけがない。
「済みませんクリューガ侯爵閣下。やはりこのままお話します。
 実は……」
 相手はベリーの父親だ。当然敬意を持って話をしたいと思っていた。だがいまのベリーを見ているとそんな気持ちはすっかり無くなっていた。
 俺は自ら望んだ席に座ることもせず、単刀直入、新年のパーティーで着るドレスに困っていることを伝えた。

「分かった私の方から口を利いておこう」
 するとクリューガ侯爵は後ろに控えていた使用人にチラリと視線を送った。それを受けて使用人は恭しく礼を返す。
 後はお任せと言うことか。
 たったこれだけの事で、ベリーはこんなに……

「侯爵閣下、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「何かな」
「ご息女のベアトリクスを妻に頂いたお礼を」
「不要だ」
 彼は不快だとばかりに言葉尻に被せてきた。
「それでもお礼を申し上げます。ありがとうございました」
 もう一度言い直した台詞はふんと鼻を鳴らされはしたが遮られることは無かった。

「話はそれだけか?」
「はい。貴重なお時間を頂きありがとうございます」
「なにこの程度で厄介払い出来たと思えば安いものだ」
 最後の言葉にはさすがにカァと頭に来て思わず体が動いた。
 俺が踏みとどまれたのは、先ほどから彼女の手をずっと握っていたからだろう。
 だって、侯爵の言葉を聞いた瞬間、ベリーは手に力を入れて俺を制してくれたのだからな。



 クリューガ侯爵が去ると、
「すまん、助かった」
「いえこちらこそ済みません。何のお役にも立てませんでした」
「いやそんなことないぞ。
 もし止めてくれなかったら、今頃ここは殺人現場だった」
「ふふっそれは言いすぎですよ」
 別に言い過ぎたつもりも無いのだがな。
 なんせ相手は鎧も着ていない生身だ。俺の腕力で思い切り顎を振りぬけば、首がぐるりと一周回ってもおかしくない。

 隣で俺を気遣うように見上げてくるアーモンド形の瞳。しかし残念なことに、いつもの勝気なそれではなく、未だ不安そうに揺れている。
 まったく、俺を気遣う前に自分を気遣え。
 ……と言っても無理か。

 仕方がないやつめと自嘲しながら、俺はベリーの頭に手を乗せた。
 思いのままに手を動かし存分に愛でる。いつもは髪を崩してしまわない様にと気にしているが、今回は髪が崩れようが知った事か。
 むしろ崩したい、いまはそういう気分だ。
「あ、あの!?」
「なんだ」
「髪がほどけてしまいます」
「大丈夫だ、ここには人の目は無い」
「そう言う意味じゃ、でも、……今日だけですよ?」
「すまんな」
「むっ。やっぱり謝るとなんでも許して貰えると思ってますよね?」
「……思ってる。悪いか」
「いいえ、悪くないですっ」
 とたんに彼女の声色がとても柔らかくなった。
 良かったもう大丈夫そうだな。

 実の親子でどうしてあれほどと聞きたい。だが聞くのは今ではない、いや俺から聞くのではなく話して貰えるように寄り添おう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

おデブだった幼馴染に再会したら、イケメンになっちゃってた件

実川えむ
恋愛
子供のころチビでおデブちゃんだったあの子が、王子様みたいなイケメン俳優になって現れました。 ちょっと、聞いてないんですけど。 ※以前、エブリスタで別名義で書いていたお話です(現在非公開)。 ※不定期更新 ※カクヨム・ベリーズカフェでも掲載中

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

処理中です...