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14:クリューガ侯爵
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ベリーの名ではなく、シュリンゲンジーフの名でクリューガ侯爵に先触れを出した。ベリーはとても渋ったのだが俺もこれを譲るつもりはなく、最後はベリーが折れてくれた。
こんなクダラナイことが最初の夫婦喧嘩にならなくて良かったと思う。
幸いなことにクリューガ侯爵はすぐに会ってくれるそうだ。
クリューガ侯爵が指定して来たのは王都の内門側にある、貴族御用達のカフェ。そこは会員制で秘密厳守かつ個室完備と言う徹底ぶりを誇ることで有名な店だ。
家を出ると、ベリーは先ほど同様血の気の引いた顔を見せた。
「待っていても良いんだぞ」
「いえ行きます」
だがベリーの意思は固い。
今度は俺が折れる番だろう。少しでも気分が和らげばと思い、ベリーの手を取って歩いた。
「ふふっ温かいです」
「ベリーは冷たいな」
心外だとばかりにアーモンド形の瞳がこちらを見上げてきた。
良かった。どうやら少しは気が紛れたようだ。
カフェで名乗ると丁寧な応対を受けて部屋に案内された。案内されながら、クリューガ侯爵がすでに来ていることを聞いた。
待ち合わせ時間にはまだ早かったはずだが、待たせてしまったらしい。
一つの部屋の前で、店員が「失礼します」と言ってドアをノックした。すると中から返事が有り、同時に鍵が上がる音が聞こえた。
中からしか開かないとは徹底している。
「失礼します」
部屋の中にいたのは二人。片方が黒い服を着て脇に立っていることから、座っているのがクリューガ侯爵なのだろう。
身なりの良いのは当たり前。特徴のある明るめの茶色い髪は清潔感が見える程度に伸ばされていて、若い頃はさぞかしモテただろう優男。特に目を引いたのは、深く静かな碧緑色の瞳。まるでベリーの、いやベリーがこちらに似たのだな。
「シュリンゲンジーフです。
本日はお時間を頂きましてありがとうございます」
「いや構わない。積もる話はあるだろうが細かい話は不要だ。早速要件を聞こう」
娘に会ったと言うのに笑みも無ければ、一瞥さえも無し。おまけに口調だって大よそ感情の籠っていなかった。
「その前に座ってもよろしいですか?」
「これは失礼した。どうぞ」
彼が促してくれたので俺は席を引き、ペリーに座るようにと視線を送った。だがベリーは顔を青褪めさせて固まっていた。
「ベリーどうした?」
「ッ!?」
名を呼ばれると彼女はビクッと大げさに震えた。
声に反応してこちらを見上げるベリー。しかし向けられた瞳はまるで虚空を見ているかのようにまるで焦点が合っていない。
手が冷たい何かに触れてそれを包み込むと、ベリーの瞳に光が戻った。
まったくの無意識であったが、ベリーの手を掴んでいたらしい。
だがおそらくこの無意識の行動は正しい。さっきまでのベリーをあのまま放っておいて良いわけがない。
「済みませんクリューガ侯爵閣下。やはりこのままお話します。
実は……」
相手はベリーの父親だ。当然敬意を持って話をしたいと思っていた。だがいまのベリーを見ているとそんな気持ちはすっかり無くなっていた。
俺は自ら望んだ席に座ることもせず、単刀直入、新年のパーティーで着るドレスに困っていることを伝えた。
「分かった私の方から口を利いておこう」
するとクリューガ侯爵は後ろに控えていた使用人にチラリと視線を送った。それを受けて使用人は恭しく礼を返す。
後はお任せと言うことか。
たったこれだけの事で、ベリーはこんなに……
「侯爵閣下、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「何かな」
「ご息女のベアトリクスを妻に頂いたお礼を」
「不要だ」
彼は不快だとばかりに言葉尻に被せてきた。
「それでもお礼を申し上げます。ありがとうございました」
もう一度言い直した台詞はふんと鼻を鳴らされはしたが遮られることは無かった。
「話はそれだけか?」
「はい。貴重なお時間を頂きありがとうございます」
「なにこの程度で厄介払い出来たと思えば安いものだ」
最後の言葉にはさすがにカァと頭に来て思わず体が動いた。
俺が踏みとどまれたのは、先ほどから彼女の手をずっと握っていたからだろう。
だって、侯爵の言葉を聞いた瞬間、ベリーは手に力を入れて俺を制してくれたのだからな。
クリューガ侯爵が去ると、
「すまん、助かった」
「いえこちらこそ済みません。何のお役にも立てませんでした」
「いやそんなことないぞ。
もし止めてくれなかったら、今頃ここは殺人現場だった」
「ふふっそれは言いすぎですよ」
別に言い過ぎたつもりも無いのだがな。
なんせ相手は鎧も着ていない生身だ。俺の腕力で思い切り顎を振りぬけば、首がぐるりと一周回ってもおかしくない。
隣で俺を気遣うように見上げてくるアーモンド形の瞳。しかし残念なことに、いつもの勝気なそれではなく、未だ不安そうに揺れている。
まったく、俺を気遣う前に自分を気遣え。
……と言っても無理か。
仕方がないやつめと自嘲しながら、俺はベリーの頭に手を乗せた。
思いのままに手を動かし存分に愛でる。いつもは髪を崩してしまわない様にと気にしているが、今回は髪が崩れようが知った事か。
むしろ崩したい、いまはそういう気分だ。
「あ、あの!?」
「なんだ」
「髪がほどけてしまいます」
「大丈夫だ、ここには人の目は無い」
「そう言う意味じゃ、でも、……今日だけですよ?」
「すまんな」
「むっ。やっぱり謝るとなんでも許して貰えると思ってますよね?」
「……思ってる。悪いか」
「いいえ、悪くないですっ」
とたんに彼女の声色がとても柔らかくなった。
良かったもう大丈夫そうだな。
実の親子でどうしてあれほどと聞きたい。だが聞くのは今ではない、いや俺から聞くのではなく話して貰えるように寄り添おう。
こんなクダラナイことが最初の夫婦喧嘩にならなくて良かったと思う。
幸いなことにクリューガ侯爵はすぐに会ってくれるそうだ。
クリューガ侯爵が指定して来たのは王都の内門側にある、貴族御用達のカフェ。そこは会員制で秘密厳守かつ個室完備と言う徹底ぶりを誇ることで有名な店だ。
家を出ると、ベリーは先ほど同様血の気の引いた顔を見せた。
「待っていても良いんだぞ」
「いえ行きます」
だがベリーの意思は固い。
今度は俺が折れる番だろう。少しでも気分が和らげばと思い、ベリーの手を取って歩いた。
「ふふっ温かいです」
「ベリーは冷たいな」
心外だとばかりにアーモンド形の瞳がこちらを見上げてきた。
良かった。どうやら少しは気が紛れたようだ。
カフェで名乗ると丁寧な応対を受けて部屋に案内された。案内されながら、クリューガ侯爵がすでに来ていることを聞いた。
待ち合わせ時間にはまだ早かったはずだが、待たせてしまったらしい。
一つの部屋の前で、店員が「失礼します」と言ってドアをノックした。すると中から返事が有り、同時に鍵が上がる音が聞こえた。
中からしか開かないとは徹底している。
「失礼します」
部屋の中にいたのは二人。片方が黒い服を着て脇に立っていることから、座っているのがクリューガ侯爵なのだろう。
身なりの良いのは当たり前。特徴のある明るめの茶色い髪は清潔感が見える程度に伸ばされていて、若い頃はさぞかしモテただろう優男。特に目を引いたのは、深く静かな碧緑色の瞳。まるでベリーの、いやベリーがこちらに似たのだな。
「シュリンゲンジーフです。
本日はお時間を頂きましてありがとうございます」
「いや構わない。積もる話はあるだろうが細かい話は不要だ。早速要件を聞こう」
娘に会ったと言うのに笑みも無ければ、一瞥さえも無し。おまけに口調だって大よそ感情の籠っていなかった。
「その前に座ってもよろしいですか?」
「これは失礼した。どうぞ」
彼が促してくれたので俺は席を引き、ペリーに座るようにと視線を送った。だがベリーは顔を青褪めさせて固まっていた。
「ベリーどうした?」
「ッ!?」
名を呼ばれると彼女はビクッと大げさに震えた。
声に反応してこちらを見上げるベリー。しかし向けられた瞳はまるで虚空を見ているかのようにまるで焦点が合っていない。
手が冷たい何かに触れてそれを包み込むと、ベリーの瞳に光が戻った。
まったくの無意識であったが、ベリーの手を掴んでいたらしい。
だがおそらくこの無意識の行動は正しい。さっきまでのベリーをあのまま放っておいて良いわけがない。
「済みませんクリューガ侯爵閣下。やはりこのままお話します。
実は……」
相手はベリーの父親だ。当然敬意を持って話をしたいと思っていた。だがいまのベリーを見ているとそんな気持ちはすっかり無くなっていた。
俺は自ら望んだ席に座ることもせず、単刀直入、新年のパーティーで着るドレスに困っていることを伝えた。
「分かった私の方から口を利いておこう」
するとクリューガ侯爵は後ろに控えていた使用人にチラリと視線を送った。それを受けて使用人は恭しく礼を返す。
後はお任せと言うことか。
たったこれだけの事で、ベリーはこんなに……
「侯爵閣下、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「何かな」
「ご息女のベアトリクスを妻に頂いたお礼を」
「不要だ」
彼は不快だとばかりに言葉尻に被せてきた。
「それでもお礼を申し上げます。ありがとうございました」
もう一度言い直した台詞はふんと鼻を鳴らされはしたが遮られることは無かった。
「話はそれだけか?」
「はい。貴重なお時間を頂きありがとうございます」
「なにこの程度で厄介払い出来たと思えば安いものだ」
最後の言葉にはさすがにカァと頭に来て思わず体が動いた。
俺が踏みとどまれたのは、先ほどから彼女の手をずっと握っていたからだろう。
だって、侯爵の言葉を聞いた瞬間、ベリーは手に力を入れて俺を制してくれたのだからな。
クリューガ侯爵が去ると、
「すまん、助かった」
「いえこちらこそ済みません。何のお役にも立てませんでした」
「いやそんなことないぞ。
もし止めてくれなかったら、今頃ここは殺人現場だった」
「ふふっそれは言いすぎですよ」
別に言い過ぎたつもりも無いのだがな。
なんせ相手は鎧も着ていない生身だ。俺の腕力で思い切り顎を振りぬけば、首がぐるりと一周回ってもおかしくない。
隣で俺を気遣うように見上げてくるアーモンド形の瞳。しかし残念なことに、いつもの勝気なそれではなく、未だ不安そうに揺れている。
まったく、俺を気遣う前に自分を気遣え。
……と言っても無理か。
仕方がないやつめと自嘲しながら、俺はベリーの頭に手を乗せた。
思いのままに手を動かし存分に愛でる。いつもは髪を崩してしまわない様にと気にしているが、今回は髪が崩れようが知った事か。
むしろ崩したい、いまはそういう気分だ。
「あ、あの!?」
「なんだ」
「髪がほどけてしまいます」
「大丈夫だ、ここには人の目は無い」
「そう言う意味じゃ、でも、……今日だけですよ?」
「すまんな」
「むっ。やっぱり謝るとなんでも許して貰えると思ってますよね?」
「……思ってる。悪いか」
「いいえ、悪くないですっ」
とたんに彼女の声色がとても柔らかくなった。
良かったもう大丈夫そうだな。
実の親子でどうしてあれほどと聞きたい。だが聞くのは今ではない、いや俺から聞くのではなく話して貰えるように寄り添おう。
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