伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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15:仕立て屋さん

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 ドレスがどう手配されるのかを聞いていなかったと気づいたのは帰り道だった。
 どうしようと焦り始める俺に比べて、ベリーは落ち着いたもの。
「先触れを出した際にうちの場所は知れていますし、きっと何かしらのアプローチがありますわ」
「そうだと良いが、今日を入れてもあと二日しかないぞ」
「ふふ」
「何がおかしいんだ」
「口に出ていましたか、済みません。失敗すると面白いのにと思っていましたわ」
 名乗りはしない。しかし誰もがクリューガ侯爵の令嬢だと知っている女性がドレスを着ずに現れる。さぞかし侯爵は後ろ指さされることだろう。ついでに俺もだがまあそれはどうでもいい。
 唯一気に入らないとすれば、笑われるのが俺のベリーだと言うことか。
「ううむそれは困ったな。今度こそ殴ってしまいそうだ」
「いいえ残念ながらそうはならないでしょうね」
「ほお信頼しているのだな」
「信頼はしません。
 ですが私は侯爵家の名の重みを知っています……」
 重み、か。

 家に戻ると庭先に女性が待っていた。
 なに様だと尋ねれば、ドレスの仕立て屋だと返ってきた。

 別に寄り道して帰ったわけじゃないのだが、さっきの今でもう仕立て屋が、それも店に伺うではなく、直接家を訪ねてきたことに驚いた。
「だから言ったでしょう」
「なるほどなあ」
 クリューガ侯爵の態度には多分に思う所があったのだが、その名の効果は流石としか言いようがなかった。

 仕立て屋を家に招き入れて話を聞いた。
 出席するパーティーは三日後。今からドレスを作るのは無理らしい。俺は自分が着ている服が何日で出来るかなんて知らないが、『本当か?』なんて聞くまでも無かった。
 クリューガ侯爵が名を出して頼み、それでも無理だと言うのだから無理なのだろう。

 まずは採寸が始まった。
 どこにベリーの琴線が有るのかはわからんが、とにかく見られるのを恥ずかしがったので、その間は部屋を出てやり過ごした。
 採寸が終わると部屋に戻されて、数々のドレスを見せられその中から一着を選ぶ次第になった。
「フィリベルトはどれが良いと思いますか?」
「ベリーならどれを着ても似合いそうだがなあ」
「それを褒め言葉と思っているなら間違っていますよ」
「むぐっすまん。だが良し悪しは俺には全く分からんぞ」
「じゃあフィリベルトの礼服の色に合わせましょうか」
 すると仕立て屋は俺が伝えるまでも無く、軍の礼服だとこの色ですので~と、それに合うドレスの候補をいくつか抜き出してくれた。
 いっそそのまま決めてくれと言う願いはむなしくも破れ、
「どれがいいですか?」
 再び好奇心あらわなアーモンド形の瞳がこちらを向いたのだった……


 ドレスが決まると、それに合わせて靴に扇、バッグに装飾品とトントン拍子に決まっていく。
 俺はおいおいと口元を引き攣らせた。
 ドレスの値段はさっき聞いた通りそれなりに高額だった。靴や扇の値段はそれほどではないだろうが、胸元を飾るネックレスにイヤリングと言った装飾品はヤバい。
 ベリーと侯爵の関係性を思い出すと、こんなに使って払ってくれるのか不安になる。しかしベリーは特に気にした様子はなく当然のように振る舞っていた。
 むぅ……さっき会ったばかりの俺が気にしても仕方がないな。
 ここはベリーを信じようか。


「それでは以上ですね。
 当日は着付けを手伝う者と馬車を寄越します。
 どうかよろしくお願いします」
「うん馬車?」
「はい先ほど拝見したところお持ちでは無かったようですので手配させて頂きましたが、もしやお持ちでしたでしょうか」
「はいそれで問題ありません、馬車の手配もお願いしますわ」
「畏まりました奥様」
 仕立て屋は恭しく礼をとって帰って行った。

「ベリー、馬車なんだがな……」
「王宮まで歩けるのにと言うならその通りでしょう。でも当日は慣れないドレスと靴ですから、流石に歩くのはちょっと」
「ああそうか、そうだよな。
 気が利かず申し訳ない」
「いいえ大丈夫ですよ」
「それともう一ついいだろうか。
 さっきの支払の代金が凄いことになっているんだが、大丈夫かな?」
「ふふっ。
 このくらいの額、オーダーメイドのドレスを仕立てる継母や姉に比べれば可愛い物ですよ」
「これ以上とは……凄いなぁ貴族は」
「あちらはあちら、うちはうちですわ」
「いやほんと。俺はベリーで良かったよ」
「なっ!?」
 な?
「どうかしたか」
「いいえなんでもありません。
 そう言えばフィリベルトはこういう人だったなと思い出しただけです」
「意味が判らんのだが……」
「知りません!」
 ベリーは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
 その様子が可愛らしく、俺は耐え切れずに頬を指で突いた。すると彼女はソファにあったクッションを手に取り殴りかかって来た。
 ぽふぽふと弾けるクッション。
 当たり前だが痛みは無い。
 俺はしばらく好きにさせた後、タイミングを合わせてクッション共々抱きしめた。するとベリーはクッションに体を預けてすっかり大人しくなった。

「気がすんだか?」
「今回はこのくらいで許して上げます」
 よく分からんが許して貰えたらしいので、「ありがとう」と返しておいた。
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