伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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16:新年の宴

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 宴の当日。
 着替えの為にベリーが自室に入ったのはもう二時間前の事だ。仕立て屋があまりにも早く訪ねて来たから、正直な話、時間を間違えたのだと思っていた。
 だが現にベリーは二時間経っても出てこない。
 もしかして問題が~とも思わないでもないが、仕立て屋はクリューガ侯爵の紹介だから、滅多な事はないはずだ。
 つまり女性の着替えはこれくらい掛かると言うことか。
 何とも大変だな……
 他人事のように思いつつ、俺はパパッと五分ほどで支度を終えた。

 俺が支度を終えてからさらに十分弱、やっとベリーが現れた。
 青のワンピース風のドレスで、袖は白レースのパフスリーブ。腰から下の前面は大胆に三角に開いていて白いレーススカートが見えている。
 端的に言えば青と白。
 仕立て屋が薦めた通り、青ジャケットに白パンツの軍の礼服と同じ色合いで、中身はともかく服装だけならば、隣に立ってもおかしいと言うことは無さそうだ。

 じいと見ているとベリーは正面まで歩いてきて判りやすく頬をぷうと膨らませた。
 化粧を施した彼女は、年相応の美少女ではなく美女にしか見えないのに、その仕草のお陰で台無し。
 だがベリーらしいと言えばらしいから、変に緊張しなくて済むのは有難い。
「どうですか?」
 なるほど感想を貰えなくて怒っていたのか。
 これは俺が悪かったようだ。
「とても綺麗で見惚れていた」
「うっ……面と向かってそう言われると照れますね」
 じゃあ言わせるなよと言いたいが、折角直った機嫌をまた損ねる必要も無しここは沈黙が正解だろう。


 頬を染めた美女が目の前に立っている。
 それがなんと俺の妻だというのだから驚きだ。
「本当にベリーは綺麗だなあ」
「あの……恥ずかしいのでもう感想は結構です。
 それよりも! ちょっとそこに座ってください」
「なんだ?」
 言われるままに座ると、ベリーは後ろに控えていた仕立て屋を呼びつけた。
「いい感じにお願いします」
「は?」
「畏まりました」
 刷毛と櫛を手ににじり寄ってくる仕立て屋。
「まて、どうして俺まで!?」
「どうせ十分でぱぱっと着替えたのでしょう。今日はお披露目なのですから、もう少しくらい手を入れるべきですわ」
「むぐぅっ」
 刷毛に遮られるまでも無い。失礼な五分だなとを返せるわけも無く、俺はされるがままに任せる以外なかった。

 ベリーと違って十分後。
「これで満足か」
「はい。男前が増しました」
 ベリーが差し出してきた鏡の中にはただ髪と眉を整えた自分が写っていた。当たり前だが顎は四角く体躯も人一倍大きいままだ。
 いったい何の効果があったのやら。
 しかしベリーが満足そうなので、まあ良しとしよう。


 仕立て屋が準備した馬車に乗り込み王宮へ。
 外門側から内門を抜けて、さらにその奥の城門を抜ける。いくら王都が広いとは言え馬車に乗れはほんの一〇分。正直門を抜けたり、他の馬車をやり過ごす為に停車していた時間の方が長かった。
 停留所から会場へは、人の流れに身を任せた。
 俺の背が頭一つ抜けていて、隣に誰もが振り返る美女を連れているからか、先ほどからやたらと視線を感じる。
 大半は好奇心のようだが中には嫉妬が混じった悪感情も感じる。これは良くないなと、ベリーを引き寄せ、より強く手を結んだ。


 俺の準備にダメだしされた影響か、俺たちが会場に入ったのは終盤だったようで、会場内にはすでにかなりの参加者が入っていた。
 混み合っている入り口から中へ進む。その間に身長を生かして、参加者の顔をざっと確認しておいた。
 見知った顔は多く見積もって二割。土地持ちの貴族に知り合いなどいないので、見知った相手は俺と同じく軍人上がりの名誉貴族らだ。
 残念ながら、伯爵なり立ての俺よりも前に爵位を賜っている方々なので、当然のように上官ばかり。できれば挨拶以外は御免被りたい。

 ちょいちょいと腕が引かれたので、視線を下げれば、アーモンド形の瞳がこちらを見上げていた。
「どうかなさいました?」
「知り合いを見つけた」
「つまり積極的にお話したいお方ではなかったんですね」
「凄いな、どうして判った」
「顔に書いてありますよ」
 そんなにわかりやすい顔をしていたかと、頬に手を当てて何度か触れる。
 するとベリーはおかしそうにくすくすと笑いだした。
「冗談です。フィリベルトの経緯を考えれば大体わかりますもの」
「おいおい。からかうのは止めてくれよ」
「ふふっ普段は私が一方的にからかわれているんですもの、今日くらいは良いじゃないですか」
「そんなにからかった覚えはないんだがなあ」
「フィリベルトに無くても私にはあるんですー」
 そう言われてもやっぱり覚えはない。
 しかし知らぬ間にやっている可能性だってある。機嫌を直して貰うため、ただし髪型を崩さない様に慎重に頭を撫でた。
 するとベリーはサッと身を躱し、
「もう! そう言うところです!」と、アーモンド形の瞳を向けて睨みつけてきた。
「むぅ。すまん嫌だったか」
 所在を失った手を下ろすと、ベリーは顔一杯に不満を表すかのように、ぶぅと唇を尖らせて俺の腕にぽすぽすと頭突きを繰り返してきた。
「おい折角の髪型が崩れるぞ」
「フィリベルトのばかっ」
「……どうすれば許してくれる?」
「頭を撫でてください」
 なんのかんの言いつつ、やっぱり撫でて欲しいのかと飽きれた。
 しかしそんな思いは億尾にも出さず、素直に手を上げ、ベリーが満足するまで無心に撫で続けた。
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