伯爵閣下の褒賞品(あ)

夏菜しの

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17:姫と騎士

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 パーティーが始まり、フィリベルトと共に軍関係者に挨拶に向かった。
 褒章品わたしの話は有名で、『ほうこれが』と言う無遠慮な値踏みを含んだ視線を何度も味わった。
 その度にフィリベルトは手を強く握ってくれた。きっとここが会場でなければ、頭を撫でたに違いないわね。

 大抵の人は私に気を使って、少し話したら去っていく。しかし一部の例外はどこにでもいるようで、例えば今話している人。
 彼はフィリベルトの上官を務めていて、年齢により退役されているお方。お年を召しているからか、とにかく話が長くて、ループする。
 いまのくだりはもう三回目。
 でもさっきの二回とも結論が違うのは、記憶が定かでないのか、男性特有の武勇伝を盛る癖のどちらかしら?

 まだまだ長引きそうだなとぼんやりと眺めていたら、十歳くらいの少女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 パーティに参加している貴族の中には子息や令嬢を連れている人もいる。しかし参加できる年齢は暗黙の了解で十代半ばからと決まっている。

 さて彼女は?
 十歳に見えるが実は十代半ば。
 ルールを破った貴族の子。

 どっちでもいい。
 だってどっちでも厄介ごとにしかならないもの。
 関わり合いにならない様に、私は彼女の進行ルートからそれとなく身を退いた。しかしその少女は、退いた分だけ角度を変えてやっぱりこちらに向かって来た。
 そして私の隣で足を止めると、にこぉと笑みをみせた。
「あなたがベアトリクスかしら?」
 見た目通りの幼い声、十歳に見える十代半ばの線は消えた。
「はいそうですけど、あなたは?」
「そう良かったー。じゃあベアトリクス、あたしに付き合って頂戴な」
「え?」
 言うが早いか彼女は私の手を取りぐいと引く。
 相手が断るなんて毛頭思っていない、見事な傍若無人っぷりに圧倒された。

「困るのだけど」
「いいから、ほらこっちー」
 何がいいものか。
 人を引っ張る前にまずは何の用かを教えて欲しい。そして人の話を聞け。
「はやくー」
 ぐいぐいと引く手の力が増した。
 これは緊急事態だわ。
「フィ、フィリベルト!」
「うん、どうした」
「英雄さん、ベアトリクスを借りるわね!」
 私が何かを言うより前に少女が元気よくそう宣言した。
「む……
 何かあったら呼べよ」
 予想外の肯定。
 そこは送り出さずに止めてよ!?

 フィリベルトの許可が下りたことで、少女はさらに強く私を引き始めた。
 ああもう!
 王家主催のパーティーならば滅多な事も無いだろう。私は諦めて、少女に引かれるままに身を任せた。


 少女は会場を抜けて王宮を歩き始めた。
 流石にこれは不味いのではと、先ほどの自分の判断に後悔し始める。
 通路を二つ曲がり階段を一つ上がる。さらに通路を一つ曲がって、ようやく少女は足を止めた。
 記憶力には自信があるので戻るのは問題はない。
 だが見つかった場合の問題は……、私にはどうしようもない。

 少女はある扉の前でピタリと止まると、ノックも無しにそれを開けた。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
 元気の良い少女の声に反応したのは部屋の中にいた大柄の女性だ。
 ただいまとお帰り、もしやこの人が彼女のお母さんかしら?
 いや無いわね。
 ドレスを着ていたらその可能性もあっただろうが、大柄の女性が身に着けているのは白と銀を基調にした全身鎧。
 その風体から察するに、この女性はこの部屋の主の護衛騎士に違いない。

 その主は……
 内心ではあとため息を漏らす。
「私に何の御用です?」
「わたしが呼んだと?」
「はい。貴女を見て確信しました。王宮に住み護衛騎士を必要とする人物。
 年齢と容姿からこのお方はローザリンデ姫に間違いありませんよね?」
 十歳の少女が会場を歩いていても、誰も咎めなかったのは王族だから。そして私は全く気付かなかったけれど、会場からここまで、私の動向を見張る者が潜んでいたことも想像に容易い。
 ああもう。社交界に明るい継母や姉なら、ひと目見て気づいただろうに情けないわ。

「ご名答。
 じゃあわたしは誰でしょう」
「さあ判りません」
「そこはもうちょっと考える素振りを見せなよ」
「貴女がどこの誰かは本当に判りません。ですが私を呼んだと言う事から、前代未聞の褒章品に関わっているのではと想像しています」
「わー正解。凄いわねベアトリクス」
 いつの間にか椅子にちょこんと座っていたローザリンデが、パチパチと手を打ち鳴らした。

「お褒め頂いて恐縮です姫様」
「姫様は止めてよー」
 ローザリンデは不満あらわに、ぶーと口を鳴らして訴えてきた。
「そう言われても困ります……」
「いまだけでいいからローザとでも呼んであげてくれるかい」
「判りました。今だけと言うことで」
「やった。じゃあベリーとは今から友達ね」
「はいそうですねローザ」

 ローザから視線を外し、それでと大柄な女性に向き直る。
「わたしはヴァルトラウト。
 フィーの姉さ」
「フィー? もしやフィリベルトの事でしょうか」
「ああその通りさ」
「想像、いえまったくのあてずっぽうですが……
 ヴァルトラウト様がローザに弟の女性関係について愚痴を言った。ローザはお爺様つまり国王陛下にそれを伝えた。それが今回の前代未聞の褒章品の顛末ですか?」
「へえ凄いね。まるで見ていたかのように正解だよ」

 配下の愚痴を陛下に伝えるほど二人の信頼関係が厚いと言うべきか、ローザの口が滅法軽いと言うべきかどちら悩むが、それを聞いてしまった陛下の方も相当アレよね。
 孫に甘いとは聞いていたけれどまさかここまでとは思わなかったわ。
 でもそのお陰で私はフィリベルトと結婚できたのだから、この二人には感謝以外の言葉はないわ。
「ヴァルトラウト様、お義姉様とお呼びしても?」
「もちろん良いわよ」
 にっと笑ったその口元はどこかフィリベルトを思い出させた。

 しばし語らった後、フィリベルトが迎えに来ることも、お義姉様ヴァルトラウトが会場に付いてくる事も無く、私はローザの侍女に連れられて会場に戻った。
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