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第四章:騎士学校・陰謀編
第29話 崩壊
しおりを挟む怪人と化した幹部は、もはや人の形を成していなかった。膨れ上がった血肉と、骨が露出した腕が禍々しく蠢き、背中には不気味な瘤が脈動している。
口元からは血泡と唾液を吐き散らし、目は血走り、瞳孔がありえないほどに開ききっていた。
「グ、グォォォォォ……!」
その叫びは、人間の声というより、狂った獣の断末魔に近かった。
血の気の引くような悪寒を覚えつつも、息を整え、冷気を纏わせた短刀を構えた。まともに相手をすれば、こちらが持たない……すぐに勝負をつけなければ。
広大な地下空洞は、今や怪人の咆哮と戦闘の余波で崩壊寸前だった。天井を支える柱が倒壊し、そこから石塊が落下しては粉々に砕ける。
僕は足元の瓦礫を蹴り、怪人の周囲を駆け抜ける。
すれ違いざま、手のひらに魔素を練り上げ、〈風刃〉を作り出すと同時に、それを要となる柱の基部へ叩き込んだ。
衝撃波が炸裂し、柱全体がグラリと揺れる。瞬時にヒビ割れが広がり、無数の破片が飛び散っていく。
「――砕けろッ!」
無詠唱で魔力を解放し、柱の根元を完全に凍結させる。冷気が石を締め上げ、その内部に閉じ込めた水分が膨張し、亀裂を走らせる。
つぎの瞬間、柱は悲鳴のような音を立てて崩れ落ちた。
「……っ!」
怪人の咆哮を背に感じつつ、〈瞬間移動〉のために意識を研ぎ澄ませる。
次々と支柱が砕け、天井が崩落し始める。怪人の腕がこちらに伸びかけたが、それよりも早く視界が暗闇に包まれる。
冷たい風が肌を撫でたかと思うと、次の瞬間、僕は地上に移動していた。
倒壊していく神殿から轟音が聞こえ、地下の闇へと吸い込まれていく。柱は次々と折れ、怪人の咆哮が土砂の中に呑まれていった。
僕は荒い息を吐き、額に滲む汗を拭った。けれど安堵の吐息は一瞬で凍りつく。瓦礫の山の中から、何かが蠢く気配が伝わってきた。
崩落した柱の残骸を押し退けるように、異形の手が這い出してくるのが見えた。
その手は人間のそれを模したようでありながら、指の節が異様に長く、骨と皮膚が癒着しているように見えた。
瓦礫の隙間から、怪人の顔が覗く。その顔は血と埃に塗れ、口元は裂けた肉片をぶら下げていた。目はなおも爛々と輝き、理性の残滓すら感じさせない。
「まだ生きているのか……!」
瓦礫の山から怪人が這い出してくるその姿は、もはやこの世のものとは思えなかった。
地底に続く穴は広がり、まるでそこから何かが這い寄ってくるかのように感じられた。僕は短刀を握りしめ、呼吸を整えると再び戦いの構えを取った。
怪人と化した教団幹部は、瓦礫を押しのけるように地上へ這い出してきた。
砕けた石材が崩れ落ちる音が聞こえなくなり、重苦しい沈黙の中で、幹部の呼吸だけが荒々しく響いていた。血走った眼は、獣のような執念でこちらを捉える。
僕は腰のベルトに手を伸ばし、鞘に収めていたナイフを引き抜いた。刃には淡い紫色の魔力が灯り、それが刀身に染み込むように浸透していく。
神経を蝕む毒素を解放していく――この一撃で相手の神経系統を破壊し、今度こそ息の根を止める。
怪人が咆哮を上げ、巨大な腕を振り上げた瞬間、僕はその動きを見切り、地を蹴った。瓦礫を跳び越えて一気に間合いを詰め、滑り込むようにして幹部の脇腹を狙う。
躊躇なく刃を突き立てた。紫の魔力が怪人の体内に溶け込み、瞬く間に毒が血流へと流れ込む。怪人の全身が一瞬、痙攣したように震えた。
その禍々しい眼が僕を睨みつける。理性の残滓すら感じさせない眼光だが、その瞳の奥に微かな怯えが混じったのを僕は見逃さなかった。
怪人の呼吸が乱れ始める。腕を振り上げかけたが、その動きは鈍く、わずかに硬直したようだった。膨れ上がった血肉が、今度は自身を蝕む毒素に苛まれているのだ。
「……今度こそ、終わりだ」
僕はナイフを引き抜き、素早く後退して間合いを取る。
怪人の身体は徐々に崩れ落ち、皮膚の下で紫色の血管が浮かび上がっては、どす黒く変色していく。
唸り声をあげ、最後の抵抗を見せようとするも、その声も途中でかき消され、やがて怪人は膝から崩れ落ちた。
両腕を広げて地面を掴もうとするが、その指先は力なく瓦礫を掻くだけだった。
怪人の顔は怒りとも恐怖ともつかない表情のまま固まり、眼球が虚空を見つめるように固定されていた。
「終わった……」
しかし、安堵の吐息を吐く余裕はなかった。
崩壊した神殿跡から、なおも邪悪な気配が滲み出してくるのを、僕は確かに感じていた。
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