お客さまが並んでくれない!

spell breaker!

文字の大きさ
2 / 13

2.クレーム、尾井川店長にしぼられる

しおりを挟む
「いいか、お客さまは商品をお求めに来店されるのはもちろんだが、客足が伸びる伸びないの差は、それだけじゃない。ほかにどんな要素があるか、言ってみたまえ」

 と、緑色のエプロン姿の尾井川店長は鋭く言った。
 腫れぼったいまぶたと、蔑むような目もとが痙攣けいれんしている。唇は薄く、およそ温かみに欠ける面構えだ。
 尾井川は狭い事務所の壁にかけられたホワイトボードにABCと書きなぐったあと、指で叩いた。

「土地柄や店舗の立地条件ですか」

 と、猫背の姿勢で椅子に腰かけた谷原はおっかなびっくり口にした。
 尾井川は腕組みしたままうなずき、片方の眉を吊りあげ、

「それもある。むしろおおいにある。だが、それだけじゃあない。――となると、あとはなんだ?」

「あとは」谷原はしどろもどろになり、どうにか声をしぼり出した。「あとは本社との契約条件ですか」

 尾井川はかるくずっこけた。

「……おれが言いたいことは、そんな専門的なことではない。もっと、根本的な要素!」

 谷原は上目づかいに店長を見やり、『サービス精神旺盛で、愛想のよい店長の存在では?』と言おうとしたが、生唾とともに飲み込んだ。口が裂けてもそんなことは言えない。
 店長はパート仲間うちで、『いぬい』の瞬間湯沸かし器として恐れられているのだ。

「あとは。え?」東大寺の仁王像みたいにそり返り、上から谷原をにらみつけた。「あとはなんだ? 早く言ってみたまえ」

「ヒントだけおっしゃってください」

「ヒントときたか」と、鼻で笑った。胸ポケットから金属製の筒を取り出した。電子タバコだ。口にくわえた。「カンの鈍い子だ。事務所に君を呼びつけたのは特別な理由があってのことだ。今日、あるお客さまから苦情をいただいた。レジ打ちの若い女の応対があまりにも悪かったと」

「その件ですか」うつむいたまま言った。暗澹あんたんたる気持ちで眼の前が暗くなった。道上のレジに固執した男性客か、主婦とまちがえてしまった女性がクレームを入れたのだろう。今回で四度目だった。解雇されるかもしれない。

「つまりだ」と、尾井川店長は電子タバコを指にはさんだまま指さした。「つまりお客さまとは、懇意にしている店のスタッフに会いに来てくれる人が、いかに多いかだ。こんな地方都市だからこそなおさらだ。我々はもっと地域住人と密に接して関係を築かねばならん。お客さまは我々と、世間話がてら来店してくれると言っても過言ではない。この信頼関係があってこそ、客足が伸び、ひいては売り上げにまでつながる。おれが言いたいのはそこだ」

「はあ」

「コンビニ業界だってそうだ。仮にここ」と、言ってホワイトボードに書いた文字をマジックで叩いた。カンカン!と硬い音が室内にこだました。「ABC、3つのコンビニ店があったとし、いっせいにオープンしたとする。取り扱っている商品はまったくおなじ。立地条件や客層もほぼいっしょ。ところがいざオープンして、1年経つころにはABC、3店舗の売り上げに、劇的な差が生じることがある。客が入る店と、まったく閑古鳥が鳴く店にすっぱりわかれる。それはなぜか?――店に有能なスタッフがいるかいないかで、決定的な差が生じるからだ。それが売り上げに直結することがしばしばある。接客、サービス、人柄、協調性、テキパキとした動作、手際のよさ、そして笑顔――あと、ハッキリ言えば、可愛い子、美人スタッフが看板娘となってくれ、多数の固定客が足を運んでくれるようになる。要はリピーターがどれだけいるかだ。男性客にかぎらず、女性客にだって影響する。下世話だが、これが現実だ」

「でしょうね」と、谷原は尾井川をにらみあげた。打ちのめされ、怒りは遅れてやってくる。たぶん今晩、寝床に入ってからのことだろう。店長を前に生徒のように座らされ、みじめな感情のとりこになっていた。「どうせ器量が悪いです、私は。それは認めます」

「おいおい、なにも君の外見が人より落ちるとは言っていない。勘ちがいするな」

 尾井川は取ってつけたように手で制した。
 事実、谷原はけっして不美人というわけではない。つつましい性分ゆえ地味なだけで、すらりとした身体つきの、それなりの魅力をそなえた女性だった。化粧して、枝毛の多い髪にくしを入れ、おしゃれして街に出かければ、すれちがう男性と眼と眼が合うことだってないわけではない。自己評価が低すぎるため、いつも胸を張っていないのが難点なのだ。

「それに可愛い子、美人のレジ打ち目当てに通う男性客が、皆が皆、鼻の下をのばしてるわけでもあるまい。あくまで男性客に好ましく映った方がよいだけだ。それには当然、きめ細やかな接客ができてこそだ。微々たる差にも見えるだろうが、じつはこの差は大きい」

「きめ細やかな接客ができていないのでしょうか、私は?」

「横で見てるかぎり、お客さまに対する気づかいが、いささか足りない。そもそも覇気が感じられない。君はレジ打ちのメンバーではいちばん若いんだ。もっと元気よく、フレンドリーに接してみるのも手だ。当然、相手によりけりだがな。気心の知れたお客さまなら、タメ口で話したっていい。おれが許可する」

「タメ口ですか。気心の知れたお客さま以外の方に聞かれたら、快く思わない方もいらっしゃるのではないでしょうか」

「いずれにせよ」と、店長は電子タバコを吹かし、いらいらしたそぶりで言った。「道上さんだけでなく、栗田主任、佐伯さんたちとは異なるアプローチの仕方でお客さまの心をつかむことだ。――それとも君はアレか。たかがレジ打ちなんて、と見下してないだろうな?」

「まさか。栗田主任が朝礼でおっしゃってるように、『チェッカーとは来店された方との関係が終わりではなく、始まりである』だと思っております。ちゃんとそのつもりなんですが、やることなすこと空まわりしてるだけで……」

「空まわりね。それはいずれ時間が解決するとして、『いぬい』の評判をおとしめることだけはよしてくれよ」

「はい」

 尾井川は壁の時計を見た。七時をまわっていた。

「――今日のところはもう帰っていい。明日は特売日だ。いつも言ってることだが、出勤したら店舗内をぐるっと一周して、なにがどこにあるか確認しておくように。お客さまに質問されて、まごまごしてる時期はすぎたはずだ。メモしてレジスターに貼っておくぐらいの勤勉さを持ちなさい。ベテランは皆、そうしてる」

 と、さんざんしぼられて谷原は事務所をあとにし、自身の軽ワゴン車にのり込んだ。
 ハンドルにもたれ、ぐったりとした。
 仕事疲れも重なり、液体となってシートに染み込んでいくかのようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...