お客さまが並んでくれない!

spell breaker!

文字の大きさ
3 / 13

3.谷原の守護天使

しおりを挟む
 道上みちのうえはあのとおり、厚化粧だが目鼻立ちは整い、髪の毛はホステスばりに盛っており、耳のまわりを巻き毛にしていた。
 43歳にしては若々しく、一見するとセレブ風の奥さまが暇を持て余し、パートに出てみました、といったゆとりを感じさせる。
 が、そのじつ夫はただの電気屋にすぎない。おっとりした性格も相まって、誰とでも気さくに話せることから人気があった。とくに男性客のファンが多かった。口紅がいささか赤すぎるのが気になるところだったが。

 尾井川店長はああは言ったが、谷原は胸の内で吐き気をもよおしていた。
 道上のレジにばかり並ぶ例の男性客、、、、、は、いかにも好色そうな、地面を這いずる爬虫類そのものの顔つきが特徴的だった。

 自分の番になると、道上が一心不乱でレジの作業をしてるというのに、しきりに今度、食事にでも行かないか、と口説いているのだ。ロッカールームで道上は、いつも迷惑していると愚痴をこぼしていた。
 挙句の果て、谷原は先週、見てしまったのだ。



 大雨が降った日だった。
 客はまばらだった。くだんの男性客が濡れそぼったまま来店し、例のごとく4番レジのレーンに並んだ。男のあとに客はいなかった。
 男の清算時になると、またしても口説きにかかった。

「どしゃ降りの日は客も少ないだろ。なら、疲れもたまってないはずだ。今晩こそ、いっしょにメシでもどうだい? 旦那には適当にごまかしてさ。最近、3丁目にしゃれたイタリアンの店ができたそうだ。いまから行ってみないか? おごるよ。今月はロト・シックスでツイててね」

 道上ははじめのうちこそ適当にあしらっていた。
 男は鼻の下をのばし、しきりに周囲をうかがうように、眼玉だけをキョロキョロ動かしている。
 そしてなにを思ったか、ズボンのポケットに両手を突っこみ、股間のあたりをまさぐり出したのだ。

 谷原は偶然見てしまった。――けがらわしいったらない!
 男は道上が嫌がらないのをいいことに、ズボンの布ごしに自分自身をいじりまわし、ニヤニヤ笑っているのだから。

 股間はたちまちテントを張った。男は歯茎をむいて嗜虐的しぎゃくてきに笑いながら、テントの丈夫さを確かめるかのように揉みしだいている。
 道上は耳まで赤く染め――5番レジの谷原からは、4番レジの道上は後ろ姿しか見えないので、表情まで読み取れない――、下を向いて商品のバーコードをスキャンし、清算カゴにおさめているが、手つきはいつもよりなめらかではない。

 そのとき、助け舟が現れた。
 谷原の守護天使――サッカーの盛田もりた まもるだった。

「香織ちゃんの天敵がまた来てるねえ。ホント、懲りない男だよ。ありゃ被害届を出した方がいいね。じゃないと、ストーカーに発展しちまう」

 と、谷原のうしろのスペースに入ってきて、買い物カゴを回収しながら言った。いつもすき間風のように入り込んできて、心を見すかすような発言をする人だった。

「盛田さん、また手を貸してやってくれませんか。さすがに助けないわけにはいきません」

「だよね」と、盛田は舌を出して答え、「……あんたの頼みとあればやぶさかでない。いっちょ懲らしめてやりますか。ま、見てなさい」と、言って4番レジの方へ向かっていった。歩くたび、ひょこひょこと右脚を引きずる癖があった。



 盛田は60すぎのアルバイト従業員だった。
 元長期距離トラックの運転手だったらしく、東名高速で事故をおこして大怪我して以来、後遺症で右脚が不自由なのだという。だから転職を余儀なくされ、流れ流れて『いぬい』に来たそうだ。

 主に重量物の荷物を運んだり、裏方の仕事ばかりさせられているようだが、手があいたときや、レジが混雑する時間帯などは、サッカーとして手伝ってくれることがあった。
 袋づめは迅速かつ丁寧。この陽気な助っ人は、もっぱら5番レジへ突然顔を出して援護射撃してくれるので、谷原は頼りにしていた。そばにいてくれるだけで、精神的な支えになってくれた。

 言うまでもなくサッカーとは、スポーツの蹴球しゅうきゅうのことではない。商品の袋づめ担当のことをさす。
 基本的に商品の袋づめは客の作業だ。
 とはいえ、混雑する時間帯において、作荷台サッカーだいで手間取る人がいると、清算を済ましたほかの客が待たされることがあった。

 作荷台が円滑に使われることを考え、レジ内で袋づめ要員が投入されることがある。この役をサッカーと呼ぶのだ。
 ちなみにバーコードリーダーでスキャンし、会計をする担当をチェッカーと呼び、金銭のやり取り担当をキャッシャーという。



 盛田は股間をまさぐる男性客に、そっと近づいた。
 が、男はよほど道上にご執心なのか、忍び足で接近する盛田に気づかない。
 谷原は眼をまるくした。

 盛田は忍者さながら男の背後に近づき、膝カックン、、、、、を与えた。
 男はみごとに体勢をくずし、尻もちをついた。
「???」男はぶざまに床に座り込んだまま、「……なんだいまのは? 誰がやった?」と、眼を白黒させた。

 男は周囲を探したが、盛田はいたずらっぽい顔をして、山となって築かれたカップラーメン特売品売り場の向こうに姿を消したところだった。
 谷原は心中快哉かいさいを叫んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...