断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

文字の大きさ
9 / 28

9

しおりを挟む
「……おい、シャーリー。今日はその、顔色が悪いのではないか?」


王立学院の談話室。ウィルフレッド王子は、隣で甘えるように腕を絡めてくるシャーリーを見て、わずかに眉を寄せた。


「そんなことありませんわ、殿下。きっと、リア様にいじめられた心の傷が、まだ癒えていないせいですわ……。シクシク」


「そうか。……だが、その服のせいではないのか? なんだか、昨日のピンクより、今日の薄紫の方が君を老けて見せているような気がするのだが」


ウィルフレッドは、首を捻った。
以前の彼なら「シャーリーは何を着ても可愛いね」と言って済ませていただろう。
だが、あの婚約破棄の夜。リアに「ネクタイの結び目が凡庸」「ジャケットのラインが死んでいる」と罵倒されて以来、彼は鏡を見るたびに自分の服のシワが気になって仕方がなかった。


「老けて……!? そんな、ひどいですわ殿下! これは今、王都で一番流行っている色なんですのよ!」


「流行り、か。……リアなら、流行りよりも骨格との相性がどうとか言っていた気がするな」


不意に口を突いて出た名前に、ウィルフレッド自身が驚いた。
婚約破棄から数日。
リアは泣きついてくるどころか、屋敷からも姿を消し、行方知れずだという。


「(あの傲慢な女のことだ。今頃、薄汚い宿でボロ布を纏い、空腹に震えながら私の慈悲を待っているに違いない)」


そう思うと、言いようのないイライラが募る。
彼は「可哀想なリアを救い出し、改めて自分の偉大さを分からせてやる」という脚本(シナリオ)を頭の中で書き上げていた。


「……よし、シャーリー。少し街を散策しに行こう。民草の様子を視察するのも、王族の務めだからな」


「まぁ、素敵ですわ殿下! デートですわね!」


二人は護衛を連れ、お忍びという体で下町へと向かった。
向かう先は、事前に調べさせておいた「リアが潜伏しているというボロ長屋」だ。


「(ふん、見ろシャーリー。あんなゴミ溜めのような場所に、公爵令嬢が住めるはずがないのだ。今すぐ僕の足元に跪かせて……)」


たどり着いた仕立て屋の前。
ウィルフレッドが鼻持ちならない笑みを浮かべて扉を蹴り開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


「――そこ! 糸が遊んでますわよ! もっと指先に力を込めて、布の抵抗を感じなさい!」


「は、はいっ、親方!」


「私は親方ではありません、クリエイティブ・ディレクターと呼びなさいと言ったでしょう! さあ、次! そのボタン穴、〇・五ミリ左よ!」


響き渡る怒声。
そして、ガタガタガタガタと、凄まじい速度でミシンを回す音。


ウィルフレッドの目に飛び込んできたのは、ボロ布を纏って泣いているリアではなかった。
髪を乱暴に一つに結び、例の「機動戦士型」の作業着に身を包み、額に汗を浮かべながらミシンと格闘する、一人の「猛獣」の姿だった。


「……り、リア……?」


ウィルフレッドの声は、ミシンの爆音にかき消された。


「邪魔よ! 今、一番いいところなんですわ! そこのナルシスト、光を遮らないでちょうだい! 銀糸の反射が見えないでしょうが!」


「なっ……ナルシストだと!? 私だ、ウィルフレッドだぞ! 貴様を迎えに来てやったのだ!」


ようやくミシンが止まった。
リアはゆっくりと顔を上げ、心底「迷惑だ」という顔で王子を凝視した。


「……殿下。わざわざこんな埃っぽい場所まで、何の用ですの? ご覧の通り、私は今、新時代のドレスを産卵……いえ、出産している最中ですのよ」


「出産!? 貴様、何を口走って……。見ろ、シャーリーも連れてきてやったぞ。彼女の顔を見て、自分の罪を悔いるがいい!」


後ろからシャーリーが、勝ち誇った顔で顔を出す。
だが、リアの視線はシャーリーの顔ではなく、彼女の胸元で止まった。


「……シャーリー様。そのリボン。左右の長さが三ミリ違いますわね。……あぁ、気持ち悪い。見ていられない。殿下、今すぐ彼女を連れて帰ってください。私の制作意欲にノイズが混じりますわ」


「三ミリ!? そんな細かいことを……!」


「三ミリは宇宙の真理ですわよ! その三ミリの狂いが、全体のバランスを崩し、最終的には国家の品位を落とすのです! さあ、帰った帰った!」


リアはハッシとはたきを振ると、王子の顔など見向きもせずに再びミシンに向き直った。


「……き、貴様ぁ……! この私を追い返すというのか!? 後悔しても知らんぞ! もう二度と助けてなどと言っても聞かんからな!」


「はいはい、承知いたしました。……アン! 殿下がお帰りよ。塩をまいておいてちょうだい!」


「はい、お嬢様!」


「し、塩だとぉぉぉぉ!?」


ウィルフレッドは、かつてないほどの屈辱に顔を真っ赤に染め、逃げるように店を飛び出した。


「……なんなの、あの女……。狂ってるわ、絶対に頭がおかしくなっているのよ!」


シャーリーが喚くが、ウィルフレッドの耳には届いていなかった。
彼の脳裏に焼き付いていたのは、汗を流しながら何かに熱中するリアの、見たこともないほど生き生きとした瞳だった。


「(……なぜだ。なぜ、私を失ったのに、あんなに楽しそうなんだ……?)」


王子の心に、これまで感じたことのない「敗北感」という名のシミが、じわりと広がり始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!

h.h
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

処理中です...