断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

文字の大きさ
10 / 28

10

しおりを挟む
王宮の公式行事、『光の聖女』の受託式まであと三日。


本来ならば公爵令嬢であるリアがその役を担うはずだったが、婚約破棄と追放により、その座は棚ぼた式にシャーリーへと転がり込んでいた。


「……お嬢様、何を見ていらっしゃるんですか? そんな、汚いものを見るような目で」


アンが工房の窓から身を乗り出すリアに声をかける。
リアの視線の先には、下町の掲示板に貼り出された「公式式典の告知ポスター」があった。
そこには、聖女の礼装を身に纏い、微笑むシャーリーの姿が描かれている。


「……アン。私は今、自分の目を洗いたい衝動に駆られているわ。……いいえ、むしろこのポスターを今すぐ剥がして、染料の配合からやり直させたい」


「ポスターの出来栄えに怒っているんですの?」


「違うわ! このポスターのモデル……シャーリー様が着ている、この『聖女の礼装』よ! 誰があのデザインを許可したのかしら。これでは光の聖女ではなく、『金ぴかの成金鳥』ですわ!」


リアは激しく窓枠を叩いた。


「いい、アン。聖女の象徴であるホワイトとゴールド。これは一見華やかだけれど、配分を間違えると膨張して、体型を必要以上にだらしなく見せるの。彼女のような小柄なタイプには、もっとウエストラインを高めに設定したエンパイア・スタイルにすべきなのに……見て! この野暮ったい切り替え位置!」


「お、お嬢様、声が大きいですわ……」


「それにあの刺繍! 聖光を表す金糸の密度が高すぎて、布の柔らかさを完全に殺しているわ! あんなのを着て三時間も立たされたら、肩が凝って聖女の慈愛どころか、般若のような顔になりますわよ!」


リアが一人で憤慨していると、工房の扉が控えめにノックされた。
現れたのは、最近すっかり常連(?)となったカシアンだった。


「……やあ、リア。外まで君の『布への怒声』が響いていたよ。……なるほど、例の聖女の礼装か」


カシアンはリアの隣に立ち、ポスターを冷ややかに一瞥した。


「……あれは酷いね。あんな質の悪い金糸を使ったら、反射が強すぎて隣に立つ王子の顔が影で見えなくなる。もっとも、あの王子の顔なら影に隠れていた方がマシかもしれないが」


「あら、カシアン様。珍しく意見が合いますわね。……でも一番許せないのは、あの『色』よ。シャーリー様の肌の色は、少し黄みがかったアイボリー系。それにあんな青白いホワイトを合わせたら、顔色が土色に見えてしまうわ。国家の恥よ、これは!」


「……リア。君は彼女を憎んでいるんじゃなかったのか? 普通なら、ライバルが恥をかくのを喜ぶものだろう」


カシアンの問いに、リアは心底心外だという顔で振り返った。


「カシアン様。私を誰だと思っていらして? 私はドレスを愛する女ですわよ。……女同士の嫉妬や権力争いなんて、ドレスが放つ一筋の輝きに比べれば塵芥(ちりあくた)に等しいわ。私が許せないのは、『不適切な服が公の場に存在すること』そのものなのです!」


「……ははっ。やはり君は、期待を裏切らない変人だ」


カシアンが愉快そうに笑う。


その時、工房の前に一台の馬車が停まった。
王宮の紋章は隠されているが、中から降りてきたのは、顔を隠したシャーリー本人だった。


「……リア・ド・ラ・メール! いるんでしょう、出てきなさい!」


シャーリーは工房に駆け込むなり、手に持っていた大きな箱を机に叩きつけた。


「何事ですの、シャーリー様。泥水色のドレスを新調しに来られたのかしら?」


「うるさいわね! これよ! これを見て頂戴!」


シャーリーが箱を開けると、中にはポスター通りの、眩(まばゆ)いばかりにギラギラしたドレスが入っていた。


「これ……王宮の仕立て師が作ったものなのだけれど。試着したら、ウィルフレッド殿下に『なんだか……君、太った?』と言われたのよ! 挙句の果てに、歩くたびにジャラジャラ音がして、侍女たちにクスクス笑われるし!」


「……妥当な評価ですわね」


リアは冷たく言い放ち、ドレスの襟ぐりを指先でつまみ上げた。


「いいですか、シャーリー様。服は着る人を助けるためにあるもの。でもこの服は、あなたという存在を飲み込もうとしているわ。……重すぎるのよ、すべてが」


「……もう、どうすればいいのよ! あと三日しかないの。あなたが私をいじめたお詫びに、なんとかしなさいよ!」


「お詫び? いじめられたのは私の方だと思いますけれど。……でも、いいわ」


リアの瞳に、プロの仕立て師としての鋭い光が宿った。


「このままあんな醜い姿で、我が国の聖女として教会の祭壇に立たれるのは、私の美意識が許しません。……アン! カシアン様! 準備をして!」


「はいっ、お嬢様! ……また無一文で仕事を引き受けるんですのね?」


「……フン。僕はただの『布の観察者』だが、あのドレスの金糸を解体(バラ)す作業なら手伝おう。見ていられないからね」


リアはシャーリーの肩を掴み、試着室……という名の、カーテンで仕切られた一角に押し込んだ。


「覚悟なさい、シャーリー様。三日で、あなたを『成金鳥』から『真の光』に変えて差し上げますわ。……ただし、私の指導は軍隊より厳しいですからね!」


「ひ、ひぃっ! 目が……目が怖いですわよリア様!」


こうして、宿敵同士のはずの二人が、一着のドレスを巡って奇妙な「共闘」を始めることになった。
すべては、ドレスの尊厳を守るために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!

h.h
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

処理中です...