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王宮の公式行事、『光の聖女』の受託式まであと三日。
本来ならば公爵令嬢であるリアがその役を担うはずだったが、婚約破棄と追放により、その座は棚ぼた式にシャーリーへと転がり込んでいた。
「……お嬢様、何を見ていらっしゃるんですか? そんな、汚いものを見るような目で」
アンが工房の窓から身を乗り出すリアに声をかける。
リアの視線の先には、下町の掲示板に貼り出された「公式式典の告知ポスター」があった。
そこには、聖女の礼装を身に纏い、微笑むシャーリーの姿が描かれている。
「……アン。私は今、自分の目を洗いたい衝動に駆られているわ。……いいえ、むしろこのポスターを今すぐ剥がして、染料の配合からやり直させたい」
「ポスターの出来栄えに怒っているんですの?」
「違うわ! このポスターのモデル……シャーリー様が着ている、この『聖女の礼装』よ! 誰があのデザインを許可したのかしら。これでは光の聖女ではなく、『金ぴかの成金鳥』ですわ!」
リアは激しく窓枠を叩いた。
「いい、アン。聖女の象徴であるホワイトとゴールド。これは一見華やかだけれど、配分を間違えると膨張して、体型を必要以上にだらしなく見せるの。彼女のような小柄なタイプには、もっとウエストラインを高めに設定したエンパイア・スタイルにすべきなのに……見て! この野暮ったい切り替え位置!」
「お、お嬢様、声が大きいですわ……」
「それにあの刺繍! 聖光を表す金糸の密度が高すぎて、布の柔らかさを完全に殺しているわ! あんなのを着て三時間も立たされたら、肩が凝って聖女の慈愛どころか、般若のような顔になりますわよ!」
リアが一人で憤慨していると、工房の扉が控えめにノックされた。
現れたのは、最近すっかり常連(?)となったカシアンだった。
「……やあ、リア。外まで君の『布への怒声』が響いていたよ。……なるほど、例の聖女の礼装か」
カシアンはリアの隣に立ち、ポスターを冷ややかに一瞥した。
「……あれは酷いね。あんな質の悪い金糸を使ったら、反射が強すぎて隣に立つ王子の顔が影で見えなくなる。もっとも、あの王子の顔なら影に隠れていた方がマシかもしれないが」
「あら、カシアン様。珍しく意見が合いますわね。……でも一番許せないのは、あの『色』よ。シャーリー様の肌の色は、少し黄みがかったアイボリー系。それにあんな青白いホワイトを合わせたら、顔色が土色に見えてしまうわ。国家の恥よ、これは!」
「……リア。君は彼女を憎んでいるんじゃなかったのか? 普通なら、ライバルが恥をかくのを喜ぶものだろう」
カシアンの問いに、リアは心底心外だという顔で振り返った。
「カシアン様。私を誰だと思っていらして? 私はドレスを愛する女ですわよ。……女同士の嫉妬や権力争いなんて、ドレスが放つ一筋の輝きに比べれば塵芥(ちりあくた)に等しいわ。私が許せないのは、『不適切な服が公の場に存在すること』そのものなのです!」
「……ははっ。やはり君は、期待を裏切らない変人だ」
カシアンが愉快そうに笑う。
その時、工房の前に一台の馬車が停まった。
王宮の紋章は隠されているが、中から降りてきたのは、顔を隠したシャーリー本人だった。
「……リア・ド・ラ・メール! いるんでしょう、出てきなさい!」
シャーリーは工房に駆け込むなり、手に持っていた大きな箱を机に叩きつけた。
「何事ですの、シャーリー様。泥水色のドレスを新調しに来られたのかしら?」
「うるさいわね! これよ! これを見て頂戴!」
シャーリーが箱を開けると、中にはポスター通りの、眩(まばゆ)いばかりにギラギラしたドレスが入っていた。
「これ……王宮の仕立て師が作ったものなのだけれど。試着したら、ウィルフレッド殿下に『なんだか……君、太った?』と言われたのよ! 挙句の果てに、歩くたびにジャラジャラ音がして、侍女たちにクスクス笑われるし!」
「……妥当な評価ですわね」
リアは冷たく言い放ち、ドレスの襟ぐりを指先でつまみ上げた。
「いいですか、シャーリー様。服は着る人を助けるためにあるもの。でもこの服は、あなたという存在を飲み込もうとしているわ。……重すぎるのよ、すべてが」
「……もう、どうすればいいのよ! あと三日しかないの。あなたが私をいじめたお詫びに、なんとかしなさいよ!」
「お詫び? いじめられたのは私の方だと思いますけれど。……でも、いいわ」
リアの瞳に、プロの仕立て師としての鋭い光が宿った。
「このままあんな醜い姿で、我が国の聖女として教会の祭壇に立たれるのは、私の美意識が許しません。……アン! カシアン様! 準備をして!」
「はいっ、お嬢様! ……また無一文で仕事を引き受けるんですのね?」
「……フン。僕はただの『布の観察者』だが、あのドレスの金糸を解体(バラ)す作業なら手伝おう。見ていられないからね」
リアはシャーリーの肩を掴み、試着室……という名の、カーテンで仕切られた一角に押し込んだ。
「覚悟なさい、シャーリー様。三日で、あなたを『成金鳥』から『真の光』に変えて差し上げますわ。……ただし、私の指導は軍隊より厳しいですからね!」
「ひ、ひぃっ! 目が……目が怖いですわよリア様!」
こうして、宿敵同士のはずの二人が、一着のドレスを巡って奇妙な「共闘」を始めることになった。
すべては、ドレスの尊厳を守るために。
本来ならば公爵令嬢であるリアがその役を担うはずだったが、婚約破棄と追放により、その座は棚ぼた式にシャーリーへと転がり込んでいた。
「……お嬢様、何を見ていらっしゃるんですか? そんな、汚いものを見るような目で」
アンが工房の窓から身を乗り出すリアに声をかける。
リアの視線の先には、下町の掲示板に貼り出された「公式式典の告知ポスター」があった。
そこには、聖女の礼装を身に纏い、微笑むシャーリーの姿が描かれている。
「……アン。私は今、自分の目を洗いたい衝動に駆られているわ。……いいえ、むしろこのポスターを今すぐ剥がして、染料の配合からやり直させたい」
「ポスターの出来栄えに怒っているんですの?」
「違うわ! このポスターのモデル……シャーリー様が着ている、この『聖女の礼装』よ! 誰があのデザインを許可したのかしら。これでは光の聖女ではなく、『金ぴかの成金鳥』ですわ!」
リアは激しく窓枠を叩いた。
「いい、アン。聖女の象徴であるホワイトとゴールド。これは一見華やかだけれど、配分を間違えると膨張して、体型を必要以上にだらしなく見せるの。彼女のような小柄なタイプには、もっとウエストラインを高めに設定したエンパイア・スタイルにすべきなのに……見て! この野暮ったい切り替え位置!」
「お、お嬢様、声が大きいですわ……」
「それにあの刺繍! 聖光を表す金糸の密度が高すぎて、布の柔らかさを完全に殺しているわ! あんなのを着て三時間も立たされたら、肩が凝って聖女の慈愛どころか、般若のような顔になりますわよ!」
リアが一人で憤慨していると、工房の扉が控えめにノックされた。
現れたのは、最近すっかり常連(?)となったカシアンだった。
「……やあ、リア。外まで君の『布への怒声』が響いていたよ。……なるほど、例の聖女の礼装か」
カシアンはリアの隣に立ち、ポスターを冷ややかに一瞥した。
「……あれは酷いね。あんな質の悪い金糸を使ったら、反射が強すぎて隣に立つ王子の顔が影で見えなくなる。もっとも、あの王子の顔なら影に隠れていた方がマシかもしれないが」
「あら、カシアン様。珍しく意見が合いますわね。……でも一番許せないのは、あの『色』よ。シャーリー様の肌の色は、少し黄みがかったアイボリー系。それにあんな青白いホワイトを合わせたら、顔色が土色に見えてしまうわ。国家の恥よ、これは!」
「……リア。君は彼女を憎んでいるんじゃなかったのか? 普通なら、ライバルが恥をかくのを喜ぶものだろう」
カシアンの問いに、リアは心底心外だという顔で振り返った。
「カシアン様。私を誰だと思っていらして? 私はドレスを愛する女ですわよ。……女同士の嫉妬や権力争いなんて、ドレスが放つ一筋の輝きに比べれば塵芥(ちりあくた)に等しいわ。私が許せないのは、『不適切な服が公の場に存在すること』そのものなのです!」
「……ははっ。やはり君は、期待を裏切らない変人だ」
カシアンが愉快そうに笑う。
その時、工房の前に一台の馬車が停まった。
王宮の紋章は隠されているが、中から降りてきたのは、顔を隠したシャーリー本人だった。
「……リア・ド・ラ・メール! いるんでしょう、出てきなさい!」
シャーリーは工房に駆け込むなり、手に持っていた大きな箱を机に叩きつけた。
「何事ですの、シャーリー様。泥水色のドレスを新調しに来られたのかしら?」
「うるさいわね! これよ! これを見て頂戴!」
シャーリーが箱を開けると、中にはポスター通りの、眩(まばゆ)いばかりにギラギラしたドレスが入っていた。
「これ……王宮の仕立て師が作ったものなのだけれど。試着したら、ウィルフレッド殿下に『なんだか……君、太った?』と言われたのよ! 挙句の果てに、歩くたびにジャラジャラ音がして、侍女たちにクスクス笑われるし!」
「……妥当な評価ですわね」
リアは冷たく言い放ち、ドレスの襟ぐりを指先でつまみ上げた。
「いいですか、シャーリー様。服は着る人を助けるためにあるもの。でもこの服は、あなたという存在を飲み込もうとしているわ。……重すぎるのよ、すべてが」
「……もう、どうすればいいのよ! あと三日しかないの。あなたが私をいじめたお詫びに、なんとかしなさいよ!」
「お詫び? いじめられたのは私の方だと思いますけれど。……でも、いいわ」
リアの瞳に、プロの仕立て師としての鋭い光が宿った。
「このままあんな醜い姿で、我が国の聖女として教会の祭壇に立たれるのは、私の美意識が許しません。……アン! カシアン様! 準備をして!」
「はいっ、お嬢様! ……また無一文で仕事を引き受けるんですのね?」
「……フン。僕はただの『布の観察者』だが、あのドレスの金糸を解体(バラ)す作業なら手伝おう。見ていられないからね」
リアはシャーリーの肩を掴み、試着室……という名の、カーテンで仕切られた一角に押し込んだ。
「覚悟なさい、シャーリー様。三日で、あなたを『成金鳥』から『真の光』に変えて差し上げますわ。……ただし、私の指導は軍隊より厳しいですからね!」
「ひ、ひぃっ! 目が……目が怖いですわよリア様!」
こうして、宿敵同士のはずの二人が、一着のドレスを巡って奇妙な「共闘」を始めることになった。
すべては、ドレスの尊厳を守るために。
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