断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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「……終わったわ。アン、三日三晩、よく耐えましたわね」


「お嬢様、私はいいですけれど……シャーリー様が魂の抜けた顔をして座り込んでいらっしゃいますよ」


シャーリーに無理やり着せられた『修正版・聖女の礼装』は、以前のギラギラした下品さが嘘のように消え去っていた。
無駄な装飾を削ぎ落とし、カシアンが提供した「銀糸の絹」を部分的に配することで、彼女自身の透明感を引き出すことに成功したのだ。


「……信じられない。これ、本当に私が着ていいの? なんだか、背筋がすっと伸びるような感覚だわ……」


「当然ですわ。正しい裁断は、人の骨格だけでなく精神も矯正しますのよ。さあ、さっさと王宮へ戻りなさい。これ以上ここにいられたら、私の貴重なティーカップが安物の香水の匂いで汚れてしまいますわ」


「……最後まで可愛くない女ね! でも、ありがとう。……お礼に、殿下には『リア様はゴミ溜めで元気にハサミを振り回していた』と伝えておくわ!」


シャーリーが嵐のように去っていった後、工房には静寂が訪れた。
……いいえ、まだ一人、大きな存在感を放つ男が残っていた。


「……見事な手際だった。リア、君のハサミの入れ方は、もはや芸術を通り越して『暴力』だね。古い価値観を完膚なきまでに叩き潰す、美しい暴力だ」


カシアンが、壁に寄りかかりながら拍手をした。
彼はこの三日間、不眠不休で刺繍糸の解体と再構築を手伝っていたはずだが、その顔には疲れの色一つない。


「あら、カシアン様。暴力だなんて、失礼ね。私はただ、布の声を聞いただけですわ。……それより、あなた。どうしてまだ帰らないの? 解体した金糸の残骸なら、袋に詰めて玄関に置いてありますわよ」


カシアンはふっと笑い、リアの目の前まで歩み寄った。


「そんなものは君にやるよ。……それより、リア。君に提案がある」


「提案? 新しいミシンでも買ってくださるのかしら?」


「いや。……君を、『布の聖地』へ招待したい」


リアの眉がぴくりと動いた。


「布の聖地……? 王立図書館の繊維資料室のこと?」


「あんな埃臭い場所じゃない。……僕の一族が代々守ってきた、非公開の『織物保管庫(アーカイブ)』だ。そこには、数百年前に途絶えた幻の機織り技術で作られた布や、ドラゴンの鱗を加工したとされる魔法の繊維が眠っている」


リアの手から、使い古したメジャーが滑り落ちた。
彼女の瞳が、これまでにないほど、いや、王子との婚約が決まった時よりも数万倍激しく輝き始めた。


「……なんですって? ドラゴンの鱗の繊維? それって、熱を通さず、かつシルクのような光沢を持つという伝説の……!?」


「ああ。さらに言えば、古代の失われた『空を飛ぶ鳥の羽毛』から紡がれた、重さゼロのレースもある。……どうだ、興味があるか?」


「行くわ!! 今すぐ連れて行ってちょうだい! アン、荷物をまとめて! いえ、荷物なんていいわ、ハサミとスケッチブックさえあれば!」


リアがカシアンの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
カシアンは苦笑しながらも、その熱狂を受け止めていた。


「落ち着きなさい、リア。……場所は隣国との国境近くにある僕の別邸だ。馬車で数日はかかる。……君は、僕という素性の知れない男と、数日間も馬車で旅をする覚悟があるのか?」


「覚悟? 何を寝ぼけたことを! 伝説の布に出会えるなら、火口の中にだって飛び込みますわよ! 男女の体裁なんて、織り糸の一本ほどの重みもありませんわ!」


「……ははっ、だろうと思ったよ」


カシアンの瞳に、深い満足の色が宿る。
彼は、隣国の公爵という身分を隠したまま、この奇妙で愛おしいドレス狂いの令嬢を、自分のテリトリーへと引き込もうとしていた。


「お嬢様……。今の会話、客観的に聞くと『駆け落ちの誘い』にしか聞こえませんわよ」


アンが溜息をつきながら、手早く旅の支度を始める。
だが、当の本人たちは、すでに頭の中で「伝説の布をどう料理するか」というシミュレーションに没頭していた。


「カシアン様、もしそのドラゴンの鱗が本当にあったら、私、それで全天候型の夜会服を作りたいわ! 雨に濡れても瞬時に弾く、完璧な撥水ドレスを!」


「面白い。なら僕は、そのドレスに合わせるための、光を屈折させる特殊なガラス糸を供給しよう。……二人なら、世界を変える一着が作れるかもしれない」


二人の距離が、無意識のうちに縮まる。
それは恋愛感情と呼ぶにはあまりに無機質で、しかしどんな情熱的な愛の告白よりも強固な「同志」の絆だった。


「決まりね! アン、大家のおじ様に『しばらく修行に出てきます』と伝えておいて!」


「はいはい、承知いたしました……。全く、うちのお嬢様を止めるには、世界中の布を焼き払うしかないようですわね」


こうしてリアは、下町の小さな工房を離れ、カシアンと共にさらなる「深淵」へと旅立つことになった。
これが、単なる技術交流ではなく、彼女の運命――そして恋の歯車を大きく動かす旅になるとは、この時の彼女は微塵も思っていなかったのである。
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