断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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「……信じられない。ねえ、殿下、聞いていらっしゃいますの?」


王宮のサンルーム。シャーリーは、目の前で虚空を見つめたまま固まっているウィルフレッド王子の前で、わざとらしくティーカップをガチャンと鳴らした。


「……あ、ああ。聞いているよ、シャーリー。……リアのドレスのトゲが、意外と鋭かったという話だろう?」


「違いますわ! 私が言っているのは、あの女の目付きのことですわよ! 殿下を見捨てるどころか、ゴミを見るような……いえ、質の悪い古着を見るような目で見ていたではありませんか!」


ウィルフレッドは、自分の掌をじっと見つめた。
あの日、リアのドレスに触れようとして弾き飛ばされた衝撃が、まだ指先に残っている。


「……古着、か。……確かに、彼女は私に向かって『あなたのセンスは死んでいる』と言い放った。だが、その時の彼女の瞳……。あんなに熱く、何かに突き動かされているリアを、私は一度も見たことがなかった」


「……殿下?」


シャーリーは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
計算外だ。
婚約破棄を突きつけられ、絶望して下町で腐っていくはずだったリア。
なのに彼女は今、見たこともないほど美しく、しかも「謎の美青年」を侍らせて、王子の心を逆説的に惹きつけ始めている。


「殿下! あんな女、ただの狂人ですわ! 服のことしか頭にない、公爵家の面汚しではありませんか! 現に、あの男……カシアンとか言いましたかしら。あんな素性の知れない男と密室で夜通し過ごすなんて、不潔ですわ!」


「……不潔、かな。……カシアンは、リアが引いた『サイクロイド曲線』の型紙に、魂を揺さぶられたと言っていた。……私には、その意味が分からなかったんだ。……シャーリー、君なら分かるか?」


「わ、分かるわけないでしょう! 数学の話なんて、ドレスに関係ありませんわ!」


「そうか。……リアは、分かっているようだったがな」


ウィルフレッドが、力なく立ち上がる。
その背中は、かつての自信に満ちたものではなく、どこか「自分だけが置いていかれた」という孤独を漂わせていた。


シャーリーは、去っていく王子の後ろ姿を、怒りで顔を歪めながら見送った。


「……おのれ、リア・ド・ラ・メール……! 私の『真実の愛』の邪魔をするなら、容赦しませんわよ!」


シャーリーは、隠し持っていた扇をバキリと握り潰した。
彼女は知っていた。
リアが今、下町のボロ工房で、何やら「国家を揺るがすような新作」を準備しているという噂を。


「……いいわ。あの女からハサミを取り上げれば、ただの無力な女に戻るはず。……ねえ、あなたたち。ちょっといいかしら」


シャーリーが背後の影に声をかけると、彼女が実家から連れてきたガラの悪い下男たちが姿を現した。


「リアの工房へ行きなさい。……そして、そこにある布という布を、すべて泥水に浸して、切り刻んでおしまいなさい。……ああ、あの女が大切にしているハサミも、川に捨ててきなさいね」


「……へへっ、お安い御用で。男爵令嬢様」


下男たちがニヤリと笑い、闇に消えていく。


シャーリーは、鏡に映った自分の顔を整えた。
ポスターで酷評された聖女の礼装を、リアに無理やり直させられた屈辱。
それを晴らすには、彼女の「誇り」であるドレスを粉々に破壊するのが一番だ。


「……ふふふ。明日、泣き叫ぶあなたの顔を見るのが楽しみですわ。リア様」


一方その頃。
下町の工房では、リアが不吉な予感に震えていた。


「……アン。なんだか、空気が淀んでいるわ」


「お嬢様、それは単に、カシアン様が持ってきた『ドラゴンの鱗の削りカス』が部屋に充満しているからではありませんか?」


「違うわ、アン。……私の『布レーダー』が、邪悪な意思を感知しているの。……誰かが私の、この繊細なシルクを狙っている気がするわ!」


リアは、作業台の上にある布地を、まるで我が子を守る母親のように抱きしめた。


「カシアン様! 今すぐ工房の周りに、物理防御用の『ワイヤー入り強化レース』を張り巡らせてちょうだい! 一ミリの侵入も許さない、完璧なセキュリティ・ファッションを構築するわよ!」


「……了解した。ちょうど、高電圧を蓄電できる『雷糸(らいし)』の試作品があるんだ。これを格子状に編み込めば、不審者は一瞬で黒焦げになるだろう」


「素晴らしいわ! さすが私の共犯者!」


二人はまたしても、明後日の方向へと全力疾走を始めた。
シャーリーが送り込んだ刺客たちが、自分たちの命が「最新技術の実験台」にされようとしているとは、夢にも思わずに。
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