断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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深夜。下町の静寂を切り裂くように、短い悲鳴と「バリバリッ!」という不穏な放電音が工房の外で響き渡った。


「ぎゃああああ! なんだこれ、光る紐に触れたら体が痺れ……っ!」


「静かにしろ! ……クソッ、なんだこのレースは、鋼鉄より硬くてハサミが通らねえぞ!」


工房の二階で新作の仮縫いをしていたリアは、針を止めて窓の外を冷ややかに見下ろした。


「……アン。お客様がいらしたようですわよ。マナーのなっていない、裏口から入ろうとする野蛮な方たちが」


「お嬢様、落ち着いてください。手に持っている裁断バサミを、そんな暗殺者のような角度で構えないでいただけます?」


アンが溜息をつきながらランプを掲げる。
その隣では、カシアンが満足げに顎を撫でていた。


「……ふむ、雷糸(らいし)の電圧が少し強すぎたかな。だが、不審者の侵入を阻止するという点では、この『防衛用ケミカルレース』は完璧な機能を発揮しているようだ」


「機能の話は後ですわ! あの方たちが履いている泥まみれの靴が、私の床を汚す前に追い出さなくては!」


リアは階段を音もなく駆け下りた。
一階の工房では、シャーリーの放った下男たちが、感電して悶絶しながらも、なんとか窓を破って室内に這い込んできたところだった。


「……こんばんは。私の工房に、何かご用かしら? 夜間の採寸は、特急料金を三倍いただきますけれど」


「っ、出たな公爵令嬢! ……へへ、悪いな。お前が大事にしてるその布と紙、全部めちゃくちゃにしてやるよ!」


男の一人が、作業台の上にあったロール状の紙――新作ドレスの型紙を掴み、力任せに引き裂こうとした。


その瞬間。
リアの瞳から感情が消え、絶対零度の殺気が部屋を満たした。


「……今。私の型紙に、その汚い指先をかけましたわね?」


「あ、ああん? こんな紙切れ、破いてゴミ箱に――」


「待ちなさい! 動くんじゃないわよ、その指先一つでも動かしたら、あなたの全身のサイズを測って、一生脱げない『超タイト・拘束ボディースーツ』を仕立てて差し上げますわ!」


リアの絶叫に近い制止に、男は思わず硬直した。


「……いいですか。その型紙は、ただの紙ではありません。私が三日三晩、一睡もせずにカシアン様と議論を重ね、人体の曲線を数式化し、ドレープの落ち方を〇・一ミリ単位で計算し尽くした『美の設計図』ですのよ!」


リアは一歩、また一歩と男に詰め寄る。
手にしたハサミが、ランプの光を反射して不気味に輝いた。


「布は買い直せます。汚れも落とせます。……ですが、私の魂が宿った型紙を傷つけることは、芸術に対する冒涜。……万死に値しますわ!」


「ひ、ひぃっ! なんだよこの女、目がマジじゃねえか!」


「当たり前ですわ! 型紙は、仕立て師にとって命より重いもの! それを理解できない無粋な輩は……私の『特殊縫製ワイヤー』でぐるぐる巻きにして、市場の広場に晒して差し上げます!」


リアがハサミをシャキーンと鳴らした瞬間、背後からカシアンが、巨大な糸巻きを手にして現れた。


「リア、君の言う通りだ。僕も、あの型紙に使った特製和紙を調達するのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。……おい、不法侵入者。君たちの着ているその服……安物の綿だな。吸水性が良すぎて、僕の新しい『瞬間硬化剤』を浴びせたら、一秒で石像のように固まるだろうが……試してみるか?」


カシアンの冷徹な微笑みと、リアの狂気。
下男たちは、自分たちが「ただの令嬢の嫌がらせ」ではなく、「服飾界の狂信者二人」を相手にしてしまったことを悟った。


「わ、悪かった! もう来ねえよ! 助けてくれー!」


下男たちは、破れかけた窓から転げ落ちるようにして逃げ出していった。
夜の闇に、彼らの怯えた悲鳴が遠ざかっていく。


「……ふぅ。危なかったわ。アン、すぐに型紙をチェックして! 指紋がついていないか、シワが寄っていないか、徹底的に調べるのよ!」


「はいはい、無事ですわよ。……全く、お嬢様もカシアン様も、泥棒よりご自身のこだわりを優先するんですから」


リアは、奪い返した型紙を愛おしそうに胸に抱いた。


「……ねえ、カシアン様。彼ら、私の型紙を『紙切れ』と言いましたわ」


「……許しがたい暴言だね、リア」


「ええ。……でも、安心してください。たとえこの型紙が燃やされたとしても、私の脳内には、すべての線の座標が完璧に保存されていますわ。……私のデザインを殺せるのは、この世で私だけですもの」


リアは不敵に笑った。
その自信に満ちた姿は、もはや一国の王女よりも神々しい。


「……やっぱり君は、最高だ。リア、今の発言で、また新しいデザインのインスピレーションが湧いたよ。……次は、火にも耐えうる『不燃性のウェディングドレス』なんてどうだい?」


「素敵ですわ! 愛が燃え上がっても、ドレスは燃えない……なんてロマンチックなのかしら!」


「……あの、お二人さん。夜会用のドレスの納期、明日なんですけど? 早く作業に戻ってくださいませ!」


アンの鋭いツッコミにより、二人はしぶしぶと針と糸を手に取った。
襲撃を受けてなお、彼らの情熱は衰えるどころか、より一層の過剰なエネルギーを帯びて燃え盛るのであった。
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