断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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喧騒が遠のいた公爵邸のバルコニー。
夜風がリアの『深淵の星屑』を優しく撫で、ダイヤモンドの粒子が月光を浴びて静かに瞬いている。


「……さて、カシアン様。じっとしていてくださいな。この第二ボタンのズレ、私の視界に入っているだけで、脳の神経が千切れそうですのよ」


リアはカシアンの胸元に顔を寄せ、慣れた手つきで針と糸を取り出した。
もはや、夜会の最中に裁縫を始めることに躊躇(ためら)いなどない。


「……リア。君は本当に、どんな時でも『布』と『仕立て』が最優先なんだな」


「当たり前ですわ。一ミリの狂いは、全体の調和を破壊するウイルスと同じですもの。……あ、動かないで。今、糸を通しますから」


カシアンは、至近距離で見つめるリアの真剣な瞳を、逃げることなく受け止めた。
彼の胸の鼓動が、わずかにリアの指先に伝わる。


「……リア。ボタンを直す前に、僕の話を聞いてくれないか。……職人としてではなく、一人の男としての言葉を」


「話? 新しい織機の導入計画かしら。それなら、ボタンを付け直した後に、設計図を広げながら……」


「違う。……僕自身の、君に対する『組成』の話だ」


カシアンが、リアの針を持つ手を、そっと包み込んだ。
熱い。
いつも冷静で、冷たいほどに正確な仕事をする彼の掌が、今は驚くほど熱を帯びている。


「……リア。僕はこれまで、布こそが世界の真理だと思って生きてきた。人間は移ろいやすく、裏切るが、正しく織られた布は決して嘘をつかないからだ」


「……それは、同感ですわ。私も、王子の愛より、シルクの光沢の方が信じられますもの」


「だろうね。……だが、君に出会ってから、僕の経糸(たていと)と緯糸(よこいと)が、ひどく乱されるようになったんだ」


カシアンは、リアの手を自分の胸元……ちょうど、彼女が直そうとしていた第二ボタンの場所に引き寄せた。


「君のハサミの音を聞くたびに、僕の心臓は最高級のウールを縮絨(しゅくじゅう)した時のように、ぎゅっと熱く、密度を増していく。……リア、僕は君という『素材』に、完全に魅了されてしまったようだ」


リアは、瞬きをするのを忘れてカシアンを見上げた。
彼の声は、まるで最上質のベルベットのように、低く、滑らかに彼女の心に染み込んでくる。


「……カシアン様。それは、つまり……。私と、新しいブランドの終身契約を結びたい、ということかしら?」


「……フッ。君らしい解釈だね。だが、少し違う。……僕は、君の隣で、君が一生涯で最高のドレスを仕立てるための『布』になりたいんだ。あるいは、君の情熱を支える『裏地』でもいい」


カシアンが、リアの指先に、一粒の小さな宝石が埋め込まれた指輪を滑らせた。
それは、指輪というよりも、繊細な『銀の糸』を編み込んだような、彼にしか作れない芸術品だった。


「リア。……僕と、これからの人生を織り上げてくれないか? 世界で一番、僕の織った布が似合うのは、君だ」


リアは、自分の指先で輝く銀の糸を見つめた。
心臓が、ドレスのダイヤモンドよりも激しく跳ねている。


「……カシアン様。……あなた、計算ミスをしていますわ」


「……え?」


「私を一生支えるための布になるなんて……。それ、どれだけの強度と耐久性が必要だと思っていらして? 私、妥協は一切しませんわよ。毎日の食事も、会話も、すべてが最高級の『品質管理』をパスしなければ認めませんわ」


リアは、頬を赤らめながらも、不敵に微笑んでカシアンの手を握り返した。


「それでも、よろしいの?」


カシアンは、今までで一番、晴れやかで情熱的な笑顔を見せた。


「望むところだ。……僕の『耐久試験』は、一生かけても終わらないほど、君への愛で補強されているからね」


「……もう、口が上手いですわね。……合格よ。カシアン様。……いいえ、カシアン」


リアは、ようやく彼の第二ボタンを、完璧な位置へと縫い止めた。


「……さあ、直りましたわ。これでようやく、心置きなく『愛してる』と言えますわね」


「……ボタンが先なんだね、やっぱり」


苦笑するカシアンを、リアは最高の笑顔で抱きしめた。
星屑のドレスが、二人の門出を祝うように、夜の闇をどこまでも明るく照らし出していた。
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