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「……ふぅ。カシアン様、今のステップ、三ミリほど私のヒールがあなたの裾を掠めましたわ。修復費用は私の新作のデザイン料と相殺(そうさい)ということでよろしいかしら?」
「……手厳しいな。僕は君を完璧にリードしたつもりだったが。……だが、その三ミリの接触さえも、このドレスの光彩を乱すことはなかった。合格点だ」
ワルツが終わり、会場が割れんばかりの拍手に包まれる中、リアとカシアンは優雅に一礼した。
もはや、黄色いバナナとピンクのクッションの存在を覚えている者など一人もいない。……はずだった。
「待て……! 待つんだ、リア!」
人混みをかき分け、肩を上下に揺らしながら現れたのは、汗だくのウィルフレッド王子だった。
強すぎる黄色いジャケットのせいで、彼の顔色は今や土色を通り越して、不気味な紫色に変色している。
「あら。殿下、まだ生きていらしたのね。そのお顔の色……もしかして、私のドレスの放つ高貴な光に当てられて、急性ファッション拒絶反応でも起こされました?」
「黙れ! ……いや、いい。分かった。すべて分かったぞ、リア!」
ウィルフレッドは、ふらつきながらもリアの前に跪いた。
周囲の貴族たちが「えっ、今さら!?」という顔で見守る中、彼は恍惚(こうこつ)とした表情でリアを見上げた。
「そのドレス……『深淵の星屑』だったか。……あれは、私へのメッセージなのだろう? 暗闇の中で光り輝く星……。それは、婚約破棄という闇に突き落とされた私を、君が再び導こうとしている証拠だ!」
「……は?」
リアの口から、素の、そして最大限に引きつった声が漏れた。
「君は私に、自分の真価を分からせたかったのだな。……こんなにも美しく、そして才能溢れる自分を捨てたことを、私に後悔させたかった。……おめでとう、リア! 君の勝ちだ! 私は今、かつてないほど君を求めている!」
「……あの、殿下。耳鼻咽喉科だけでなく、精神科の受診もお勧めしますわよ?」
「照れるな! さあ、その職人崩れの手を放し、私の元へ戻ってきなさい。特別だ……。婚約破棄は取り消してやろう! 君を再び、私の『一番の装飾品』にしてやる!」
ウィルフレッドが自信満々に手を差し出す。
隣では、這い出してきたシャーリーが「で、殿下ぁ!? 私というものがありながら!」と叫んでいるが、王子はもはや見向きもしない。
リアは、ゆっくりと扇を閉じ、冷徹な目で王子の「差し出された手」を見つめた。
「……殿下。鏡をご覧になってからおっしゃって」
「鏡? ああ、この黄金に輝く私の姿か? 惚れ直すのも無理はない――」
「違いますわ。その手の甲。……汗で私の贈ったジャケットの染料が溶け出し、肌が真っ黄色に染まっていますわよ。……あぁ、気持ち悪い。毒ガエルにでも触れたのかと思いましたわ」
「え……? あ、本当だ、黄色い!?」
驚く王子に対し、リアはさらに一歩踏み込み、彼の胸元を指差した。
「それにその襟元。……先ほど転んだせいで、安物の刺繍糸がほつれて、まるで死にかけた蜘蛛の巣のようになっています。……殿下。今のあなたを表現する言葉は『真実の愛』ではありませんわ。……『救いようのない着こなしの敗北者』。それだけですのよ」
「は、敗北者……っ!?」
「私が作りたかったのは、あなたを導く星ではありません。……あなたのような無粋な人間を、ファッションの特異点へ葬り去るための光です。……さあ、カシアン様。この黄色い物体を掃除(クリーニング)してくださる?」
カシアンは、待ってましたと言わんばかりに、合図一つで護衛の男たちを呼び寄せた。
「……承知した。リア、君の純粋な美学を汚すノイズは、速やかに排除しよう。……おい、そのバナナ……失礼、王子殿下を、あちらの『水辺の庭園』へご案内しろ。……頭を冷やすには、池に落ちるのが一番だ」
「な、何を……!? 離せ! 私は第一王子だぞ! リアぁぁぁぁ!」
ウィルフレッドと、彼にしがみついたままのシャーリーが、ズリズリと会場の外へ引きずられていく。
最後まで、王子の叫び声は「リア、君はツンデレが過ぎるぞー!」という妄執に満ちていた。
「……ふぅ。カシアン様。……やっぱり、あのジャケット、もう少し目に刺さる蛍光色にすべきでしたわね。まだ言葉を発する元気が残っていたなんて、私の計算ミスだわ」
「……いや、十分だよ、リア。会場の皆が、君の『断罪』に震え上がっている。……これで君を、ただの公爵令嬢だと思って侮る者はいなくなったはずだ」
カシアンが、リアの腰を優しく抱き寄せた。
今度は、冷気もトゲも発動しない。
ドレスの繊維が、彼の温もりに寄り添うように、さらに深く、静かに輝き始めた。
「……さあ、リア。邪魔者はいなくなった。……僕と、新しい『布の王国』の話をしようか」
「ええ。……でもその前に、カシアン様。……あなたのタキシードの第二ボタン。……一ミリ、右にずれていますわよ。……今すぐ直して差し上げますわ!」
「…………やっぱり、そう来るんだね」
夜会の喧騒の中、二人の「技術者魂」に火がつく。
恋の駆け引きよりも、一ミリの狂いを許さない。
そんなリアの新しい人生は、今、ようやく最高の輝きを放ち始めたのである。
「……手厳しいな。僕は君を完璧にリードしたつもりだったが。……だが、その三ミリの接触さえも、このドレスの光彩を乱すことはなかった。合格点だ」
ワルツが終わり、会場が割れんばかりの拍手に包まれる中、リアとカシアンは優雅に一礼した。
もはや、黄色いバナナとピンクのクッションの存在を覚えている者など一人もいない。……はずだった。
「待て……! 待つんだ、リア!」
人混みをかき分け、肩を上下に揺らしながら現れたのは、汗だくのウィルフレッド王子だった。
強すぎる黄色いジャケットのせいで、彼の顔色は今や土色を通り越して、不気味な紫色に変色している。
「あら。殿下、まだ生きていらしたのね。そのお顔の色……もしかして、私のドレスの放つ高貴な光に当てられて、急性ファッション拒絶反応でも起こされました?」
「黙れ! ……いや、いい。分かった。すべて分かったぞ、リア!」
ウィルフレッドは、ふらつきながらもリアの前に跪いた。
周囲の貴族たちが「えっ、今さら!?」という顔で見守る中、彼は恍惚(こうこつ)とした表情でリアを見上げた。
「そのドレス……『深淵の星屑』だったか。……あれは、私へのメッセージなのだろう? 暗闇の中で光り輝く星……。それは、婚約破棄という闇に突き落とされた私を、君が再び導こうとしている証拠だ!」
「……は?」
リアの口から、素の、そして最大限に引きつった声が漏れた。
「君は私に、自分の真価を分からせたかったのだな。……こんなにも美しく、そして才能溢れる自分を捨てたことを、私に後悔させたかった。……おめでとう、リア! 君の勝ちだ! 私は今、かつてないほど君を求めている!」
「……あの、殿下。耳鼻咽喉科だけでなく、精神科の受診もお勧めしますわよ?」
「照れるな! さあ、その職人崩れの手を放し、私の元へ戻ってきなさい。特別だ……。婚約破棄は取り消してやろう! 君を再び、私の『一番の装飾品』にしてやる!」
ウィルフレッドが自信満々に手を差し出す。
隣では、這い出してきたシャーリーが「で、殿下ぁ!? 私というものがありながら!」と叫んでいるが、王子はもはや見向きもしない。
リアは、ゆっくりと扇を閉じ、冷徹な目で王子の「差し出された手」を見つめた。
「……殿下。鏡をご覧になってからおっしゃって」
「鏡? ああ、この黄金に輝く私の姿か? 惚れ直すのも無理はない――」
「違いますわ。その手の甲。……汗で私の贈ったジャケットの染料が溶け出し、肌が真っ黄色に染まっていますわよ。……あぁ、気持ち悪い。毒ガエルにでも触れたのかと思いましたわ」
「え……? あ、本当だ、黄色い!?」
驚く王子に対し、リアはさらに一歩踏み込み、彼の胸元を指差した。
「それにその襟元。……先ほど転んだせいで、安物の刺繍糸がほつれて、まるで死にかけた蜘蛛の巣のようになっています。……殿下。今のあなたを表現する言葉は『真実の愛』ではありませんわ。……『救いようのない着こなしの敗北者』。それだけですのよ」
「は、敗北者……っ!?」
「私が作りたかったのは、あなたを導く星ではありません。……あなたのような無粋な人間を、ファッションの特異点へ葬り去るための光です。……さあ、カシアン様。この黄色い物体を掃除(クリーニング)してくださる?」
カシアンは、待ってましたと言わんばかりに、合図一つで護衛の男たちを呼び寄せた。
「……承知した。リア、君の純粋な美学を汚すノイズは、速やかに排除しよう。……おい、そのバナナ……失礼、王子殿下を、あちらの『水辺の庭園』へご案内しろ。……頭を冷やすには、池に落ちるのが一番だ」
「な、何を……!? 離せ! 私は第一王子だぞ! リアぁぁぁぁ!」
ウィルフレッドと、彼にしがみついたままのシャーリーが、ズリズリと会場の外へ引きずられていく。
最後まで、王子の叫び声は「リア、君はツンデレが過ぎるぞー!」という妄執に満ちていた。
「……ふぅ。カシアン様。……やっぱり、あのジャケット、もう少し目に刺さる蛍光色にすべきでしたわね。まだ言葉を発する元気が残っていたなんて、私の計算ミスだわ」
「……いや、十分だよ、リア。会場の皆が、君の『断罪』に震え上がっている。……これで君を、ただの公爵令嬢だと思って侮る者はいなくなったはずだ」
カシアンが、リアの腰を優しく抱き寄せた。
今度は、冷気もトゲも発動しない。
ドレスの繊維が、彼の温もりに寄り添うように、さらに深く、静かに輝き始めた。
「……さあ、リア。邪魔者はいなくなった。……僕と、新しい『布の王国』の話をしようか」
「ええ。……でもその前に、カシアン様。……あなたのタキシードの第二ボタン。……一ミリ、右にずれていますわよ。……今すぐ直して差し上げますわ!」
「…………やっぱり、そう来るんだね」
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