断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

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隣国の公爵邸、その大広間は数千のキャンドルと魔導具の灯りに照らされ、まさに「光の海」と化していた。


集まったのは、隣国の有力貴族のみならず、噂を聞きつけて国境を越えてきた本国の物好きな面々。
皆が、追放された公爵令嬢が一体何を企んでいるのかと、期待と軽蔑が混じった視線を入り口へと注いでいる。


「……お待たせいたしましたわね、皆様!」


扉が開き、堂々と入場してきたのは、全身から「ショッキング・イエロー」の光を放射するウィルフレッド王子と、フリルの塊と化したシャーリーであった。


会場に、一瞬の静寂が訪れる。


「……おい、あれを見ろ。あの方は……我が国の第一王子殿下だよな?」


「……なぜだろう。殿下の顔が、腐りかけのレモンのように見えるのだが……。照明のせいか?」


「お隣の令嬢も凄まじいわ。まるで、歩く装飾用クッションね。ウエストはどこにあるのかしら?」


貴族たちの間から漏れるのは、称賛ではなく困惑と失笑。
しかし、当のウィルフレッドは、自分の放つ爆光に目が眩んで、周囲の「引きつった笑顔」を熱狂的な歓迎だと勘違いしていた。


「ははは! 見ろシャーリー、皆が私たちの眩しさに言葉を失っているぞ!」


「本当ですわ、殿下! 嫉妬の視線が痛いくらいですわ。リア様、今頃裏で悔しくて泣いていらっしゃるんじゃないかしら?」


二人が広間の中央でポーズを決めた、その時。


カラン、と澄んだ鐘の音が響き、会場の灯りが一斉に落とされた。


暗闇の中で、唯一のスポットライトが階段の頂上を照らす。


「……ようこそ、私の美学の終着駅へ」


そこに立っていたのは、リア・ド・ラ・メール。


彼女が纏っていたのは、カシアンと共に作り上げた、あの『氷結竜のドレス』ではなかった。
さらにその上を行く、今回のショーの真の主役――『深淵の星屑(アビス・スターダスト)』と名付けられた一着だった。


「……っ!?」


会場の全員が、息をすることさえ忘れた。


それは、黒よりも深い「無色」の生地に、数万個の極小のダイヤモンドを『繊維そのもの』として織り込んだドレス。
リアが動くたびに、暗闇の中に銀河が生まれる。
光を反射するのではなく、光を飲み込み、自ら星を吐き出しているかのような、超常的な輝き。


「……これが、ドレスだというのか……?」


誰かが震える声で呟いた。


リアはゆっくりと、まるで水の上を歩くかのような優雅さで階段を降りていく。
そのシルエットは、極限まで計算された「黄金比」により、彼女の四肢を現実離れした美しさへと昇華させていた。


「皆様、ご覧なさい。服とは、欠点を隠すためのボロ布ではありません。その人の魂を、宇宙の真理へと接続するための装置なのですわ」


リアが扇を広げると、そこから放たれた虹色の光が、ショッキング・イエローに包まれた王子の顔を直撃した。


「……ぐああっ!? ま、眩しい! 目が……目が焼ける!」


「殿下! 大丈夫ですか殿下! 私のフリルが、私のフリルが重くて助けに行けませんわ!」


中央で無様に転倒するバナナ色の王子と、フリルに埋もれて亀のように暴れるシャーリー。
その二人を、リアは軽蔑の眼差しさえ向けず、ただ「風景の一部」として踏み越えていく。


「……さて。技術解説を始めましょうか、カシアン様」


「ああ。……皆様、このドレスの裾に使用されているのは、一分間に三回転しかできない古代の織機で、一ミリずつ紡がれた特殊繊維だ。……着用者の心拍数に合わせて、ダイヤモンドの角度が自動で微調整される仕組みになっている」


カシアンが影から現れ、リアの隣に立った。
そのスマートな立ち振る舞いと、ドレスを引き立てる完璧な黒のタキシード。
二人が並ぶ姿は、もはや人間ではなく、美の神が降臨したかのようだった。


「……嘘だ。あんな女、ただの悪役令嬢だったはずだ……!」


ウィルフレッドが地べたを這いながら絞り出す。


「殿下。……まだ気づきませんの? あなたが捨てたのは、一人の令嬢ではありません。……この国の、そして世界の『美の未来』を捨てたのですわ」


リアは冷徹に言い放ち、カシアンの手を取った。


「さあ、カシアン様。踊りましょう。……この愚かな光(イエロー)を、私たちの星屑で塗り潰して差し上げるために!」


音楽が鳴り響く。
二人のワルツが始まると、会場全体が銀河の一部になったかのような錯覚に陥った。


それは、婚約破棄から始まったリアの逆転劇が、ついに「伝説」へと変わった瞬間だった。
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