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「……信じられない。何よ、あの幸せそうな顔! あんな布切れに魂を売った女が、隣国の公爵夫人ですって!?」
カシアン公爵邸の庭園で開催された、ささやかな婚約記念パーティー。
華やかな旋律が流れる中、生垣の陰からその様子を盗み見ていたシャーリーは、ハンカチをボロボロに噛み締めていた。
「……殿下、見てくださいまし! あのリア様の、勝ち誇ったような背中を! 私たちがこんなに惨めな思いをしているというのに!」
隣で、池に落ちて以来すっかり元気をなくしたウィルフレッド王子が、ぼんやりと空を見つめていた。
「……シャーリー。私のジャケット、まだ少し生臭い気がするんだ。……池の藻の匂いが、黄金の染料と混ざり合って、得も言われぬ不快なハーモニーを奏でている……」
「そんなことどうでもいいですわ! いいですか、殿下。あんな女に、これ以上の栄光を与えてはいけません。……見てなさい、今すぐあの女の『自慢のドレス』を、二度と修復不可能なゴミに変えて差し上げますわ!」
シャーリーは、給仕のトレイから赤ワインが並々と注がれたグラスを奪い取ると、猛然とリアの方へ突進した。
「リア・ド・ラ・メール! 覚悟なさい!」
リアはカシアンと「次世代の刺繍糸の耐久性」について熱弁を振るっていたが、背後からの殺気を敏感に察知した。
「……っ! カシアン様、伏せて! 不純物が飛来しますわ!」
「なんだって?」
カシアンが首を傾げた瞬間、シャーリーが「死ねーっ!」という物騒な叫び声と共に、赤ワインをリアのドレス目掛けてぶちまけた。
しかし。
リアの動きは、人間に可能な速度を超えていた。
彼女はドレスの裾をバサリと翻すと、まるで舞踏のような円を描いて、ワインの軌道を完全に回避した。
それどころか、空中で飛び散ったワインの雫を、手に持っていた扇を高速で扇ぐことで風圧を起こし、すべてシャーリーの方へ押し戻したのである。
「……なっ!? ひっ、冷たっ!?」
真っ赤な液体を全身に浴びたのは、シャーリー本人だった。
彼女の自慢のピンクのフリルドレスが、見るも無惨な赤紫色の斑点模様に染まっていく。
「……シャーリー様。なんてことをしてくださるの」
リアの声は、怒りというよりも、深い悲しみに満ちていた。
「わ、私を……私をこんな目に遭わせて! これ、特注なんですのよ!?」
「……違いますわ。私が悲しんでいるのは、あなたのことではありません」
リアは一歩踏み込み、シャーリーの足元にこぼれたワインの池を、震える指先で指し示した。
「見てくださいまし……! このワイン! 一九六八年産のヴィンテージ・ルージュですわよ! 果実の凝縮感と酸味のバランスが完璧なこの名酒を、床にぶちまけるなんて……。さらに、そのワインが私の『最高級極細シルク』に一滴でも触れていたらと思うと、私の心臓は今頃止まっていましたわ!」
「……そ、そこ!? 私のドレスの心配は!?」
「そんな安物のレースを多用した、通気性の悪い服なんてどうでもよろしいわ! シルクに失礼ですわよ! ワインにも、ドレスにも、そしてこの美しい庭園の石畳にも謝りなさい!」
リアの剣幕に、シャーリーは恐怖で後ずさりした。
「……リア。君の言う通りだ。このワインの染み抜きには、特殊な酵素が必要になる。……おい、護衛! この『歩く汚染源』を、今すぐ裏庭の洗濯場へ連れて行け。……あ、ついでにそこの王子も一緒に、もう一度池で洗ってくるといい」
カシアンの冷徹な命令が下る。
「い、いやあああ! 離して! 私、聖女なんですのよ! 聖女をこんな風に扱うなんて、バチが当たりますわよー!」
シャーリーの叫び声が、遠ざかっていく。
ウィルフレッド王子も「……次は、バラの香りの池がいいな」と呟きながら、抵抗もせずに連行されていった。
「……ふぅ。カシアン様、危機一髪でしたわね。一ミリでもワインが飛んできていたら、私、このドレスを燃やして心中するところでしたわ」
「……心中は困るな。……でもリア、君のあの回避運動。……もしかして、僕の織った布の『滑り』を計算に入れたのかい?」
「ええ。摩擦を最小限にして、空気を味方につけたんですの。……やっぱり、この布は最高だわ」
二人は、騒動などなかったかのように、再びワイングラスを掲げた。
シャーリーという「爆弾」は不発に終わり、リアのドレスは一点の汚れもなく、月の下でさらに誇らしげに輝いていた。
カシアン公爵邸の庭園で開催された、ささやかな婚約記念パーティー。
華やかな旋律が流れる中、生垣の陰からその様子を盗み見ていたシャーリーは、ハンカチをボロボロに噛み締めていた。
「……殿下、見てくださいまし! あのリア様の、勝ち誇ったような背中を! 私たちがこんなに惨めな思いをしているというのに!」
隣で、池に落ちて以来すっかり元気をなくしたウィルフレッド王子が、ぼんやりと空を見つめていた。
「……シャーリー。私のジャケット、まだ少し生臭い気がするんだ。……池の藻の匂いが、黄金の染料と混ざり合って、得も言われぬ不快なハーモニーを奏でている……」
「そんなことどうでもいいですわ! いいですか、殿下。あんな女に、これ以上の栄光を与えてはいけません。……見てなさい、今すぐあの女の『自慢のドレス』を、二度と修復不可能なゴミに変えて差し上げますわ!」
シャーリーは、給仕のトレイから赤ワインが並々と注がれたグラスを奪い取ると、猛然とリアの方へ突進した。
「リア・ド・ラ・メール! 覚悟なさい!」
リアはカシアンと「次世代の刺繍糸の耐久性」について熱弁を振るっていたが、背後からの殺気を敏感に察知した。
「……っ! カシアン様、伏せて! 不純物が飛来しますわ!」
「なんだって?」
カシアンが首を傾げた瞬間、シャーリーが「死ねーっ!」という物騒な叫び声と共に、赤ワインをリアのドレス目掛けてぶちまけた。
しかし。
リアの動きは、人間に可能な速度を超えていた。
彼女はドレスの裾をバサリと翻すと、まるで舞踏のような円を描いて、ワインの軌道を完全に回避した。
それどころか、空中で飛び散ったワインの雫を、手に持っていた扇を高速で扇ぐことで風圧を起こし、すべてシャーリーの方へ押し戻したのである。
「……なっ!? ひっ、冷たっ!?」
真っ赤な液体を全身に浴びたのは、シャーリー本人だった。
彼女の自慢のピンクのフリルドレスが、見るも無惨な赤紫色の斑点模様に染まっていく。
「……シャーリー様。なんてことをしてくださるの」
リアの声は、怒りというよりも、深い悲しみに満ちていた。
「わ、私を……私をこんな目に遭わせて! これ、特注なんですのよ!?」
「……違いますわ。私が悲しんでいるのは、あなたのことではありません」
リアは一歩踏み込み、シャーリーの足元にこぼれたワインの池を、震える指先で指し示した。
「見てくださいまし……! このワイン! 一九六八年産のヴィンテージ・ルージュですわよ! 果実の凝縮感と酸味のバランスが完璧なこの名酒を、床にぶちまけるなんて……。さらに、そのワインが私の『最高級極細シルク』に一滴でも触れていたらと思うと、私の心臓は今頃止まっていましたわ!」
「……そ、そこ!? 私のドレスの心配は!?」
「そんな安物のレースを多用した、通気性の悪い服なんてどうでもよろしいわ! シルクに失礼ですわよ! ワインにも、ドレスにも、そしてこの美しい庭園の石畳にも謝りなさい!」
リアの剣幕に、シャーリーは恐怖で後ずさりした。
「……リア。君の言う通りだ。このワインの染み抜きには、特殊な酵素が必要になる。……おい、護衛! この『歩く汚染源』を、今すぐ裏庭の洗濯場へ連れて行け。……あ、ついでにそこの王子も一緒に、もう一度池で洗ってくるといい」
カシアンの冷徹な命令が下る。
「い、いやあああ! 離して! 私、聖女なんですのよ! 聖女をこんな風に扱うなんて、バチが当たりますわよー!」
シャーリーの叫び声が、遠ざかっていく。
ウィルフレッド王子も「……次は、バラの香りの池がいいな」と呟きながら、抵抗もせずに連行されていった。
「……ふぅ。カシアン様、危機一髪でしたわね。一ミリでもワインが飛んできていたら、私、このドレスを燃やして心中するところでしたわ」
「……心中は困るな。……でもリア、君のあの回避運動。……もしかして、僕の織った布の『滑り』を計算に入れたのかい?」
「ええ。摩擦を最小限にして、空気を味方につけたんですの。……やっぱり、この布は最高だわ」
二人は、騒動などなかったかのように、再びワイングラスを掲げた。
シャーリーという「爆弾」は不発に終わり、リアのドレスは一点の汚れもなく、月の下でさらに誇らしげに輝いていた。
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