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王都、王宮の正義の間。
普段は厳格な空気が流れるこの場所に、今はかつてないほどの「怒気」と「困惑」が充満していた。
玉座に座る国王の顔は、あまりの怒りに土気色を通り越し、もはや紫がかっている。
「……ウィルフレッド。そして、シャーリー・バートン。貴様らが隣国で仕かした不始末、すべて報告を受けているぞ」
国王の声が低く、地を這うように響いた。
その足元には、すっかり色あせた「ショッキング・イエロー」のジャケットを着たウィルフレッドと、ボロボロのフリルドレスで震えるシャーリーが跪いている。
「ち、父上! 誤解です! 私はただ、リアに真実を説こうと……」
「黙れ、この愚か者が! 『真実』だと!? 貴様が隣国の公爵邸でバナナのような格好をして池に落ち、我が国の威信を泥まみれにしたことが真実ではないか!」
国王が手元の報告書を叩きつけた。
「しかも、隣国のカシアン公爵は、我が国にとって最も重要な『絹織物』の最大供給元だ。その彼に対し、あろうことか不敬な口を叩き、婚約破棄したリア嬢に復縁を迫っただと? どの口がそれを言う!」
「……ですが父上! リアは、私の愛を確かめるために、わざわざあのような目立つ服を贈ってくれたのです! あれは彼女なりの愛情表現で……」
「あれはただの嫌がらせだということに、なぜ気づかん!!」
国王の絶叫に、広間の近衛兵たちが一斉に肩を震わせた。
笑いを堪えているのである。
その時、広間の入り口から、カシアンにエスコートされたリアが悠然と姿を現した。
彼女は今、最高級の「ミッドナイト・ブルー」のシルクドレスに身を包んでいる。
一見シンプルだが、そのカッティングは王宮のどんなドレスよりも洗練されていた。
「……お呼びでしょうか、陛下。あら、殿下。まだその黄色い布をお召しになっていらしたのね。……物持ちが良いのは美徳ですけれど、その袖口のカビ、国家の衛生管理を疑われますわよ?」
リアは扇で口元を隠し、涼やかに言い放った。
「リア嬢……。この度は、我が愚息が多大なる迷惑をかけた。……そしてカシアン公爵、我が国の第一王子が失礼を働いたこと、心より詫びよう」
国王が深々と頭を下げた。王都の最高権力者が、一人の令嬢と隣国の公爵に謝罪する異例の事態。
「陛下。お顔をお上げください。……私は別に怒ってはおりませんわ。……ただ、このウィルフレッド殿下の『審美眼の欠如』が、我が国のファッション文化に悪影響を及ぼさないか、それだけが心配なのです」
リアは跪くウィルフレッドを見下ろした。
「殿下。あなたが声高に叫んでいた『真実の愛』。……それは、相手の欠点を受け入れることではなく、自分の都合の良い幻想を相手に押し付けることだったようですね。……あぁ、見ていられませんわ。その歪んだネクタイと同様に、お心の根性も曲がっておりますのね」
「リ、リア……! 君までそんな冷たいことを……!」
「当然ですわ。……そもそも、私に似合わない服を着せて『着せ替え人形』にしようとした時点で、あなたの愛は既製品(レディメイド)以下の価値しかありませんでしたのよ」
リアの冷徹な一言が、ウィルフレッドのプライドを完全に粉砕した。
「ウィルフレッド、貴様は王位継承権を剥奪し、辺境の羊毛生産地へ送る。……そこで一生、自分が着る服の原材料がいかに作られるかを学び、泥にまみれて暮らすがいい」
「そ、そんな!? 羊毛!? チクチクするあのウールを、私が自ら!? 嫌だ、嫌だぁぁぁ!」
「シャーリー・バートン。貴様も同罪だ。聖女の座を剥奪し、一生、王宮の洗濯女として働け。……シミ一つ落とせぬ者に、国の汚れを払う資格などない!」
「ひ、ひぃぃぃ! 洗濯なんて、手が荒れてしまいますわ! 私の真実の愛がぁぁぁ!」
二人の悲鳴が響き渡る中、リアは満足げに頷いた。
「……陛下。慈悲深いご決断に感謝いたしますわ。……ただ、一つだけよろしいでしょうか」
「なんだ、リア嬢」
「殿下が羊毛の生産地へ行かれる際、せめて『毛玉取り器』くらいは持たせてあげてくださいな。……毛玉だらけの王子なんて、我が国の恥を輸出するようなものですもの」
「……善処しよう」
国王の返事と共に、二人の「真実の愛(笑)」は、歴史のゴミ箱へと鮮やかに放り込まれたのである。
「……さて、カシアン様。不愉快なゴミ掃除は終わりましたわね。……次は、私たちの『最高の門出』のための、糸選びに行きましょうか?」
「ああ。……僕たちの愛は、毛玉一つできないほど、強固に織り上げるからね」
二人は手を取り合い、王宮を後にした。
その背中には、未来への希望と、少しばかりの「布への偏愛」が満ち溢れていた。
普段は厳格な空気が流れるこの場所に、今はかつてないほどの「怒気」と「困惑」が充満していた。
玉座に座る国王の顔は、あまりの怒りに土気色を通り越し、もはや紫がかっている。
「……ウィルフレッド。そして、シャーリー・バートン。貴様らが隣国で仕かした不始末、すべて報告を受けているぞ」
国王の声が低く、地を這うように響いた。
その足元には、すっかり色あせた「ショッキング・イエロー」のジャケットを着たウィルフレッドと、ボロボロのフリルドレスで震えるシャーリーが跪いている。
「ち、父上! 誤解です! 私はただ、リアに真実を説こうと……」
「黙れ、この愚か者が! 『真実』だと!? 貴様が隣国の公爵邸でバナナのような格好をして池に落ち、我が国の威信を泥まみれにしたことが真実ではないか!」
国王が手元の報告書を叩きつけた。
「しかも、隣国のカシアン公爵は、我が国にとって最も重要な『絹織物』の最大供給元だ。その彼に対し、あろうことか不敬な口を叩き、婚約破棄したリア嬢に復縁を迫っただと? どの口がそれを言う!」
「……ですが父上! リアは、私の愛を確かめるために、わざわざあのような目立つ服を贈ってくれたのです! あれは彼女なりの愛情表現で……」
「あれはただの嫌がらせだということに、なぜ気づかん!!」
国王の絶叫に、広間の近衛兵たちが一斉に肩を震わせた。
笑いを堪えているのである。
その時、広間の入り口から、カシアンにエスコートされたリアが悠然と姿を現した。
彼女は今、最高級の「ミッドナイト・ブルー」のシルクドレスに身を包んでいる。
一見シンプルだが、そのカッティングは王宮のどんなドレスよりも洗練されていた。
「……お呼びでしょうか、陛下。あら、殿下。まだその黄色い布をお召しになっていらしたのね。……物持ちが良いのは美徳ですけれど、その袖口のカビ、国家の衛生管理を疑われますわよ?」
リアは扇で口元を隠し、涼やかに言い放った。
「リア嬢……。この度は、我が愚息が多大なる迷惑をかけた。……そしてカシアン公爵、我が国の第一王子が失礼を働いたこと、心より詫びよう」
国王が深々と頭を下げた。王都の最高権力者が、一人の令嬢と隣国の公爵に謝罪する異例の事態。
「陛下。お顔をお上げください。……私は別に怒ってはおりませんわ。……ただ、このウィルフレッド殿下の『審美眼の欠如』が、我が国のファッション文化に悪影響を及ぼさないか、それだけが心配なのです」
リアは跪くウィルフレッドを見下ろした。
「殿下。あなたが声高に叫んでいた『真実の愛』。……それは、相手の欠点を受け入れることではなく、自分の都合の良い幻想を相手に押し付けることだったようですね。……あぁ、見ていられませんわ。その歪んだネクタイと同様に、お心の根性も曲がっておりますのね」
「リ、リア……! 君までそんな冷たいことを……!」
「当然ですわ。……そもそも、私に似合わない服を着せて『着せ替え人形』にしようとした時点で、あなたの愛は既製品(レディメイド)以下の価値しかありませんでしたのよ」
リアの冷徹な一言が、ウィルフレッドのプライドを完全に粉砕した。
「ウィルフレッド、貴様は王位継承権を剥奪し、辺境の羊毛生産地へ送る。……そこで一生、自分が着る服の原材料がいかに作られるかを学び、泥にまみれて暮らすがいい」
「そ、そんな!? 羊毛!? チクチクするあのウールを、私が自ら!? 嫌だ、嫌だぁぁぁ!」
「シャーリー・バートン。貴様も同罪だ。聖女の座を剥奪し、一生、王宮の洗濯女として働け。……シミ一つ落とせぬ者に、国の汚れを払う資格などない!」
「ひ、ひぃぃぃ! 洗濯なんて、手が荒れてしまいますわ! 私の真実の愛がぁぁぁ!」
二人の悲鳴が響き渡る中、リアは満足げに頷いた。
「……陛下。慈悲深いご決断に感謝いたしますわ。……ただ、一つだけよろしいでしょうか」
「なんだ、リア嬢」
「殿下が羊毛の生産地へ行かれる際、せめて『毛玉取り器』くらいは持たせてあげてくださいな。……毛玉だらけの王子なんて、我が国の恥を輸出するようなものですもの」
「……善処しよう」
国王の返事と共に、二人の「真実の愛(笑)」は、歴史のゴミ箱へと鮮やかに放り込まれたのである。
「……さて、カシアン様。不愉快なゴミ掃除は終わりましたわね。……次は、私たちの『最高の門出』のための、糸選びに行きましょうか?」
「ああ。……僕たちの愛は、毛玉一つできないほど、強固に織り上げるからね」
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