断罪よりもドレスが大事!婚約破棄されましたが、お構いなく!

桃瀬ももな

文字の大きさ
27 / 28

27

しおりを挟む
国境を越え、馬車がノア公爵領へと足を踏み入れた瞬間、リアは窓から身を乗り出して叫んだ。


「……カシアン様! 見てくださいまし、あの国境警備兵の方たちの制服! なんて素晴らしい『実用美』なのかしら!」


「……お嬢様、身を乗り出しすぎですわ。公爵夫人になる方が、はしたない」


アンが後ろからリアの腰を掴んで引き戻すが、リアの興奮は収まらない。


「だってアン、見てちょうだい。あの肩パットの厚み。銃を構えた時に生地が引き連れないよう、背中にゆとりを持たせた特殊なアクション・プリーツが施されているわ。……我が国の、ただ豪華なだけの制服とは大違いですわね!」


「……喜んでもらえて光栄だよ、リア。あの制服のパターンを引いたのは、僕の祖父なんだ」


向かいに座るカシアンが、誇らしげに、しかし少し困ったように微笑んだ。


「……おじい様が? まあ、なんて素敵な血筋なのかしら。私、おじい様の設計図と一晩中語り合いたいですわ!」


「……僕とも語り合ってほしいんだがね」


馬車はやがて、小高い丘の上に建つ壮麗な城――ノア公爵邸へと到着した。
そこは、国境近くの別邸とは比べものにならないほどの規模を誇り、何より「布の聖地」としての威容を放っていた。


「……さあ、着いたよ、リア。今日からここが、君の新しい本拠地だ」


カシアンに手を引かれ、リアは城の内部へと案内された。
豪華なシャンデリアや金細工の装飾には目もくれず、リアは一直線に、カシアンが「君のために用意した」という部屋へと向かった。


そこは、城の最上階にある広大なアトリエだった。


「……っ! あ、あああ……っ!」


リアは部屋の中央で、膝から崩れ落ちた。
アンが慌てて駆け寄る。


「お嬢様!? 大丈夫ですか、床の冷たさでドレスが傷みましたか!?」


「……違うわ、アン。……見て、あの壁一面の『糸棚』を。……世界中の、あらゆる染料で染め上げられた絹糸が、グラデーションごとに並んでいるわ。……さらに、あっちの棚には……ボタン! ボタンが、貝殻から宝石、果ては動物の骨まで、数万種類もストックされている!」


リアは床に這いつくばりながら、狂喜の涙を流した。


「……カシアン様。あなた、私を殺す気かしら。こんな、天国よりも美しい場所を見せられて、心臓が動いているのが不思議なくらいだわ」


「……気に入ってくれたようで良かったよ。……ここは、君のブランド『ラ・メール・ノア』の本店(フラッグシップ)になる場所だ」


カシアンはリアの横に跪き、彼女の肩を優しく抱いた。


「リア。君はもう、誰かのために無理をして服を作る必要はない。……この場所で、君が本当に『美しい』と思うものだけを、世界に発信してほしいんだ」


「……カシアン様。……私、今すぐこのボタンたちと添い遂げたい気分ですわ」


「……そこは、僕と添い遂げてくれないか?」


二人は笑い合い、そして自然と、仕事の話……という名の、愛の語らいを始めた。


「ねえ、カシアン。さっきの国境警備兵の制服、もう少し襟を低くすれば、長距離移動の際の首の擦れを軽減できると思わない?」


「……同感だね。実は、新しい素材で試作を作っているんだ。……リア、君のハサミで、その試作に魂を入れてくれないか?」


「ええ、喜んで! ……あ、でもその前に。カシアン、あなたの服も、この地の気候に合わせて少し調整が必要ね。……ちょっと脱いでくださる? 採寸をやり直したいわ」


「……お嬢様、白昼堂々、公爵様を脱がそうとするのはおやめくださいまし!」


アンの制止も虚しく、リアはメジャーを手にカシアンに飛びついた。


「いいじゃない、アン! 夫婦になるんですもの、体型のミリ単位の把握は、公爵夫人の『義務』ですわよ!」


「……リア、君のその情熱には、一生勝てそうにないな」


カシアンは降参するように両手を上げ、愛おしい婚約者のされるがままになった。


二人の新生活は、甘い言葉よりも、布が擦れる音と、ミシンのリズミカルな鼓動に満ちていた。
それは、世間一般の「幸せ」とは少し形が違うかもしれない。
だが、リアにとっては、どのドレスよりも自分にフィットした、最高に心地よい日常だった。


「……さて。準備は整いましたわね。……カシアン、いよいよ明日ね」


「……ああ。……世界で一番、理屈っぽくて、そして美しい結婚式にしよう」


リアは、部屋の奥に鎮座する、白い布を被せられた「主役」を見つめた。
それは、彼女とカシアンが、この一ヶ月、一切の妥協を排して作り上げたウェディングドレス。


明日、彼女はそれを纏い、人生という名の最高のランウェイを歩き始める。


「……楽しみですわ。……私のドレスが、この国をどう驚かせるのか!」


リアの瞳には、かつてないほどの自信と、そしてカシアンへの深い信頼が宿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

[完結]離婚したいって泣くくらいなら、結婚する前に言ってくれ!

h.h
恋愛
「離婚させてくれぇ」「泣くな!」結婚してすぐにビルドは「離婚して」とフィーナに泣きついてきた。2人が生まれる前の母親同士の約束により結婚したけれど、好きな人ができたから別れたいって、それなら結婚する前に言え! あまりに情けなく自分勝手なビルドの姿に、とうとう堪忍袋の尾が切れた。「慰謝料を要求します」「それは困る!」「困るじゃねー!」

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

処理中です...