11 / 28
11
しおりを挟む
「……公爵様。この『デート』と称する移動工程における、馬車の燃費が悪すぎましてよ」
私はアステリア公爵領の広大な街道を走る豪華な馬車の中で、眉根を寄せて計算機を叩いていた。
窓の外には美しい田園風景が広がっているが、私の目にはそれが「未耕作地による損失(ロス)」にしか見えない。
「アマ。せっかくの初デートだ。少しは景色を楽しんだらどうだ? この街道沿いの花々は、君を歓迎するために植えさせたものだぞ」
ゼノスは向かい側の席で、優雅に足を組んで私を見つめている。
相変わらず、無駄に顔が良い。だが、その顔面の資産価値も、今の私にとっては「減価償却」の対象でしかない。
「花? ……(チャカチャカ……ッ!)……はい、出ましたわ。この街道五マイルに渡る花壇の維持費、年間で金貨五百枚。……公爵様、花は二酸化炭素を吸って酸素を出すだけで、一銭の利息も生みませんわ。今すぐ引き抜いて、薬草か食用ハーブに植え替えなさい」
「……歓迎の気持ちを数字で否定されるのは、なかなかに新鮮な経験だな」
ゼノスは苦笑しながら、身を乗り出して私の計算機を取り上げようとした。
「返して! 私の相棒を奪うなんて、商売道具の不法占拠ですわよ!」
「いいから、今日は一旦忘れろ。今から向かうのは、私が所有するプライベート・ビーチだ。白い砂浜、青い海……。そこで君と『愛の予算』について語り合いたいと思っている」
「愛の予算? ……あぁ、なるほど。新婚旅行や今後の生活費の概算(バジェット)を立てるわけですわね。……いいでしょう。ゼロベース予算(前年度の予算にとらわれず、すべてをゼロから積み上げる方式)で、徹底的に無駄を削ぎ落として差し上げますわ!」
馬車が海辺に到着した。
そこには、公爵家の権力を誇示するかのような豪華なテントと、一流シェフが用意した最高級の食事が並べられていた。
私は砂浜に降り立つなり、砂の質をチェックした。
「……この砂、ガラスの原料になりますわね。遊ばせておくのはもったいないわ」
「アマ、まずは座れ。……冷えたシャンパンはどうだ? 一本で金貨十枚する最高級品だ」
ゼノスがグラスを差し出す。
私はそれを受け取らず、代わりに懐から手帳を取り出した。
「金貨十枚。……公爵様、その十枚を年利五パーセントで運用すれば、十年後には十六枚になります。今ここでこの液体を喉に流し込むことで、その将来的なリターンを上回る『幸福度』が得られるという客観的な証明はありますの?」
「……私の隣で飲む、という付加価値では足りないか?」
「あなたの顔面指数によるプレミアム上乗せを考慮しても、……(パチパチ)……赤字ですわ」
私は冷徹に言い放った。
ゼノスは呆れたようにシャンパンを自分で飲み干し、私の隣に座り込んだ。
「……君は、損得以外の感情で動くことはないのか?」
「感情? ……あぁ、ありますわよ。……今、この豪華なテントの設営にかかった人件費を想像して、あまりの非効率さに『怒り』という名のエネルギーが自家発電されていますわ」
「ははは! 怒りで発電か。君を動力源にすれば、わが領の魔導機械は安泰だな」
ゼノスは愉快そうに笑い、不意に私の肩に手を回した。
潮風に混じって、彼の体温が伝わってくる。
「な、なんですの。……接触によるオプション料金を請求しますわよ」
「いいだろう。……今、私の胸が高鳴っている。この『高揚感』を市場価値に換算するといくらになると思う?」
ゼノスが私の顔を覗き込む。
その距離、わずか十センチ。
計算機のキーを叩く指が、なぜか一瞬止まった。
「……(パ、パチ……)……計測不能ですわ。……サンプルのデータが不足していますもの」
「なら、今ここでデータを取ればいい。……アマ、君との結婚生活において、私は『無駄』を楽しみたいんだ。……意味のない花を贈り、リターンのない宝石を買い、生産性のないキスをする。……その損失分を、君の計算力で補填してくれないか?」
「…………っ。……それは、私に一生『赤字補填の責任』を取れと仰っているの?」
「そうだ。……世界で一番贅沢な、永久の赤字経営を、君と一緒にやりたい」
私は真っ赤になった顔を隠すように、ようやく計算機を叩き直した。
「……ふん。……いいでしょう。公爵様がそこまで経営センスがないと言うのなら、私が一生かけて、あなたの人生の損益計算書(PL)を黒字に書き換えて差し上げますわ。……ただし、キスの単価は……、これからじっくり査定させていただきますから!」
「ああ。……今すぐ、最初の査定を始めてもいいぞ?」
ゼノスの顔が近づく。
私は目をつむり、心の中で「これは……将来的な信頼関係の構築に必要な……必要経費……!」と、自分に必死の言い訳(仕訳)をしていた。
悪役令嬢アマの「恋の予算案」は、初回の審議(デート)から、早くも大幅な修正を余儀なくされていたのである。
私はアステリア公爵領の広大な街道を走る豪華な馬車の中で、眉根を寄せて計算機を叩いていた。
窓の外には美しい田園風景が広がっているが、私の目にはそれが「未耕作地による損失(ロス)」にしか見えない。
「アマ。せっかくの初デートだ。少しは景色を楽しんだらどうだ? この街道沿いの花々は、君を歓迎するために植えさせたものだぞ」
ゼノスは向かい側の席で、優雅に足を組んで私を見つめている。
相変わらず、無駄に顔が良い。だが、その顔面の資産価値も、今の私にとっては「減価償却」の対象でしかない。
「花? ……(チャカチャカ……ッ!)……はい、出ましたわ。この街道五マイルに渡る花壇の維持費、年間で金貨五百枚。……公爵様、花は二酸化炭素を吸って酸素を出すだけで、一銭の利息も生みませんわ。今すぐ引き抜いて、薬草か食用ハーブに植え替えなさい」
「……歓迎の気持ちを数字で否定されるのは、なかなかに新鮮な経験だな」
ゼノスは苦笑しながら、身を乗り出して私の計算機を取り上げようとした。
「返して! 私の相棒を奪うなんて、商売道具の不法占拠ですわよ!」
「いいから、今日は一旦忘れろ。今から向かうのは、私が所有するプライベート・ビーチだ。白い砂浜、青い海……。そこで君と『愛の予算』について語り合いたいと思っている」
「愛の予算? ……あぁ、なるほど。新婚旅行や今後の生活費の概算(バジェット)を立てるわけですわね。……いいでしょう。ゼロベース予算(前年度の予算にとらわれず、すべてをゼロから積み上げる方式)で、徹底的に無駄を削ぎ落として差し上げますわ!」
馬車が海辺に到着した。
そこには、公爵家の権力を誇示するかのような豪華なテントと、一流シェフが用意した最高級の食事が並べられていた。
私は砂浜に降り立つなり、砂の質をチェックした。
「……この砂、ガラスの原料になりますわね。遊ばせておくのはもったいないわ」
「アマ、まずは座れ。……冷えたシャンパンはどうだ? 一本で金貨十枚する最高級品だ」
ゼノスがグラスを差し出す。
私はそれを受け取らず、代わりに懐から手帳を取り出した。
「金貨十枚。……公爵様、その十枚を年利五パーセントで運用すれば、十年後には十六枚になります。今ここでこの液体を喉に流し込むことで、その将来的なリターンを上回る『幸福度』が得られるという客観的な証明はありますの?」
「……私の隣で飲む、という付加価値では足りないか?」
「あなたの顔面指数によるプレミアム上乗せを考慮しても、……(パチパチ)……赤字ですわ」
私は冷徹に言い放った。
ゼノスは呆れたようにシャンパンを自分で飲み干し、私の隣に座り込んだ。
「……君は、損得以外の感情で動くことはないのか?」
「感情? ……あぁ、ありますわよ。……今、この豪華なテントの設営にかかった人件費を想像して、あまりの非効率さに『怒り』という名のエネルギーが自家発電されていますわ」
「ははは! 怒りで発電か。君を動力源にすれば、わが領の魔導機械は安泰だな」
ゼノスは愉快そうに笑い、不意に私の肩に手を回した。
潮風に混じって、彼の体温が伝わってくる。
「な、なんですの。……接触によるオプション料金を請求しますわよ」
「いいだろう。……今、私の胸が高鳴っている。この『高揚感』を市場価値に換算するといくらになると思う?」
ゼノスが私の顔を覗き込む。
その距離、わずか十センチ。
計算機のキーを叩く指が、なぜか一瞬止まった。
「……(パ、パチ……)……計測不能ですわ。……サンプルのデータが不足していますもの」
「なら、今ここでデータを取ればいい。……アマ、君との結婚生活において、私は『無駄』を楽しみたいんだ。……意味のない花を贈り、リターンのない宝石を買い、生産性のないキスをする。……その損失分を、君の計算力で補填してくれないか?」
「…………っ。……それは、私に一生『赤字補填の責任』を取れと仰っているの?」
「そうだ。……世界で一番贅沢な、永久の赤字経営を、君と一緒にやりたい」
私は真っ赤になった顔を隠すように、ようやく計算機を叩き直した。
「……ふん。……いいでしょう。公爵様がそこまで経営センスがないと言うのなら、私が一生かけて、あなたの人生の損益計算書(PL)を黒字に書き換えて差し上げますわ。……ただし、キスの単価は……、これからじっくり査定させていただきますから!」
「ああ。……今すぐ、最初の査定を始めてもいいぞ?」
ゼノスの顔が近づく。
私は目をつむり、心の中で「これは……将来的な信頼関係の構築に必要な……必要経費……!」と、自分に必死の言い訳(仕訳)をしていた。
悪役令嬢アマの「恋の予算案」は、初回の審議(デート)から、早くも大幅な修正を余儀なくされていたのである。
0
あなたにおすすめの小説
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
いつか終わりがくるのなら
キムラましゅろう
恋愛
闘病の末に崩御した国王。
まだ幼い新国王を守るために組まれた婚姻で結ばれた、アンリエッタと幼き王エゼキエル。
それは誰もが知っている期間限定の婚姻で……
いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、エゼキエルとの日々を大切に過ごすアンリエッタ。
終わりが来る事が分かっているからこそ愛しくて優しい日々だった。
アンリエッタは思う、この優しく不器用な夫が幸せになれるように自分に出来る事、残せるものはなんだろうかを。
異世界が難病と指定する悪性誤字脱字病患者の執筆するお話です。
毎度の事ながら、誤字脱字にぶつかるとご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く可能性があります。
ご了承くださいませ。
完全ご都合主義、作者独自の異世界感、ノーリアリティノークオリティのお話です。菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。
小説家になろうさんでも投稿します。
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる