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「……公爵様。今、なんと仰いましたの? 耳の奥にゴミが詰まって、音響インフレでも起きたのかしら」
舞踏会の喧騒を離れた、王宮のテラス。
冷たい夜風が火照った頬を撫でる中、私はゼノス公爵を真っ向から睨みつけた。
私の手元では、銀製計算機が月光を反射して怪しく光っている。
「聞き間違いではない。アマ、君に『独占契約』を申し込みたいと言ったんだ。……世間一般の言葉で言うなら、契約結婚だな」
ゼノスは事も無げに言ってのけた。
まるで「明日のパンを予約しておくよ」くらいの軽いトーンで。
「…………(チャカチャカチャカ!)」
私は無言で計算機を叩き始めた。
「……なるほど。現在の私の『元婚約破棄令嬢』という市場評価(ボラティリティ)が不安定なうちに、安値で青田買いをしようという魂胆ですわね。……あぁ、恐ろしい男。この独占禁止法に抵触しそうな提案、即座に却下(デリート)させていただきますわ」
「待て。計算を止めるな、アマ。これは君にとっても、極めて利回りの良い投資案件だ」
ゼノスが一歩近づく。
その瞳は、恋する男の熱というよりは、冷徹な経営者の鋭さを帯びている。
「いいか。君がフリーのままだと、ゴールドマン家の資産を狙うハエどもが次々と寄ってくる。……実際、今夜だけで何人の下級貴族が君の父上に『融資のお願い』という名の求婚をちらつかせたと思う?」
「……把握しておりますわ。合計十四名。全員、資産背景が不透明な要注意リスト入りです」
「それらをすべて防ぐ『盾』として、私の名前を使え。アステリア公爵家という巨大なポートフォリオの一部になれば、外部からの不当な買収(プロポーズ)はすべて無効化できる」
私は叩いていた指を止めた。
……確かに、一理ありますわ。
王子の婚約者という看板を失った今、私は「美味しい獲物」として市場に晒されている状態。
盾を持つことは、余計な外交コストを削減することに繋がる。
「……続けてくださいませ。その『契約』による、私の実質的な利益(純利益)は?」
「第一に、君の自由な事業活動への完全なるバックアップ。第二に、私の領地における全税収の監査権の付与。……そして第三に、君が最も嫌う『不採算な親戚付き合い』の完全代行だ」
「監査権……! 公爵領の全帳簿を、私が好きなように仕分け(リストラ)してもよろしいのですか!?」
「ああ。君の好きなように、美しくない数字を叩き出してくれ」
ごくり、と喉が鳴った。
それは恋心などではなく、未知の巨大な数字(データ)に対する、純粋な征服欲だった。
隣国の、それも大陸一の富を誇る公爵領の帳簿……。
それは、どんな宝石よりも私を魅了する「最高の遊び場」だ。
「……魅力的な提案ですわね。ですが、一つ確認させていただきます。……『結婚』というからには、物理的な接触や、感情の共有といった、不透明なコストが発生するのではなくて?」
「契約だ。……愛を囁く時間が必要なら、あらかじめスケジュール表に組み込もう。……ただ、これだけは言っておく。私は、利益の出ない嘘はつかない」
ゼノスは私の手を取り、その手の甲に契約の刻印でも押すかのように、深く唇を落とした。
「…………っ。……それは、先行投資としての『スキンシップ』かしら?」
「いや、私の独断による『プレミアム上乗せ』だ」
私は計算機の液晶を凝視した。
……ダメだわ。数字が、変な方向に跳ね上がっている。
彼の体温が伝わった瞬間、脳内の期待収支モデルが完全にバグを起こしてしまった。
「……分かりましたわ。その『戦略的業務提携(プロポーズ)』、前向きに検討させていただきます。……ただし、契約書は私が作成しますわよ。……一文字でも、私に不利な条件があれば、違約金としてあなたの領地の炭鉱を半分いただきますから」
「ふっ。……いいだろう。全財産を賭けて、君という最高のパートナーを買い取らせてもらおう」
ゼノスは不敵に笑い、私の腰を引き寄せた。
王宮のテラスで、婚約破棄されたばかりの令嬢と、隣国の公爵が交わした「愛の誓い」。
それは、甘い言葉の代わりに「利回り」と「監査権」が飛び交う、世にも恐ろしい契約の成立だった。
「……さあ、アマ。まずは明日、我が家の帳簿を見に行こうか」
「ええ。……徹夜で、あなたの領地の無駄な支出を全否定(デリート)して差し上げますわ!」
私は初めて、自分の胸の高鳴りが「利益確定」の喜び以上の何かであることを感じていた。
……けれど、それを認めるには、まだ計算式の変数が足りない。
悪役令嬢アマの戦いは、今、国家規模の「夫婦喧嘩(経営権争い)」へと発展しようとしていたのである。
舞踏会の喧騒を離れた、王宮のテラス。
冷たい夜風が火照った頬を撫でる中、私はゼノス公爵を真っ向から睨みつけた。
私の手元では、銀製計算機が月光を反射して怪しく光っている。
「聞き間違いではない。アマ、君に『独占契約』を申し込みたいと言ったんだ。……世間一般の言葉で言うなら、契約結婚だな」
ゼノスは事も無げに言ってのけた。
まるで「明日のパンを予約しておくよ」くらいの軽いトーンで。
「…………(チャカチャカチャカ!)」
私は無言で計算機を叩き始めた。
「……なるほど。現在の私の『元婚約破棄令嬢』という市場評価(ボラティリティ)が不安定なうちに、安値で青田買いをしようという魂胆ですわね。……あぁ、恐ろしい男。この独占禁止法に抵触しそうな提案、即座に却下(デリート)させていただきますわ」
「待て。計算を止めるな、アマ。これは君にとっても、極めて利回りの良い投資案件だ」
ゼノスが一歩近づく。
その瞳は、恋する男の熱というよりは、冷徹な経営者の鋭さを帯びている。
「いいか。君がフリーのままだと、ゴールドマン家の資産を狙うハエどもが次々と寄ってくる。……実際、今夜だけで何人の下級貴族が君の父上に『融資のお願い』という名の求婚をちらつかせたと思う?」
「……把握しておりますわ。合計十四名。全員、資産背景が不透明な要注意リスト入りです」
「それらをすべて防ぐ『盾』として、私の名前を使え。アステリア公爵家という巨大なポートフォリオの一部になれば、外部からの不当な買収(プロポーズ)はすべて無効化できる」
私は叩いていた指を止めた。
……確かに、一理ありますわ。
王子の婚約者という看板を失った今、私は「美味しい獲物」として市場に晒されている状態。
盾を持つことは、余計な外交コストを削減することに繋がる。
「……続けてくださいませ。その『契約』による、私の実質的な利益(純利益)は?」
「第一に、君の自由な事業活動への完全なるバックアップ。第二に、私の領地における全税収の監査権の付与。……そして第三に、君が最も嫌う『不採算な親戚付き合い』の完全代行だ」
「監査権……! 公爵領の全帳簿を、私が好きなように仕分け(リストラ)してもよろしいのですか!?」
「ああ。君の好きなように、美しくない数字を叩き出してくれ」
ごくり、と喉が鳴った。
それは恋心などではなく、未知の巨大な数字(データ)に対する、純粋な征服欲だった。
隣国の、それも大陸一の富を誇る公爵領の帳簿……。
それは、どんな宝石よりも私を魅了する「最高の遊び場」だ。
「……魅力的な提案ですわね。ですが、一つ確認させていただきます。……『結婚』というからには、物理的な接触や、感情の共有といった、不透明なコストが発生するのではなくて?」
「契約だ。……愛を囁く時間が必要なら、あらかじめスケジュール表に組み込もう。……ただ、これだけは言っておく。私は、利益の出ない嘘はつかない」
ゼノスは私の手を取り、その手の甲に契約の刻印でも押すかのように、深く唇を落とした。
「…………っ。……それは、先行投資としての『スキンシップ』かしら?」
「いや、私の独断による『プレミアム上乗せ』だ」
私は計算機の液晶を凝視した。
……ダメだわ。数字が、変な方向に跳ね上がっている。
彼の体温が伝わった瞬間、脳内の期待収支モデルが完全にバグを起こしてしまった。
「……分かりましたわ。その『戦略的業務提携(プロポーズ)』、前向きに検討させていただきます。……ただし、契約書は私が作成しますわよ。……一文字でも、私に不利な条件があれば、違約金としてあなたの領地の炭鉱を半分いただきますから」
「ふっ。……いいだろう。全財産を賭けて、君という最高のパートナーを買い取らせてもらおう」
ゼノスは不敵に笑い、私の腰を引き寄せた。
王宮のテラスで、婚約破棄されたばかりの令嬢と、隣国の公爵が交わした「愛の誓い」。
それは、甘い言葉の代わりに「利回り」と「監査権」が飛び交う、世にも恐ろしい契約の成立だった。
「……さあ、アマ。まずは明日、我が家の帳簿を見に行こうか」
「ええ。……徹夜で、あなたの領地の無駄な支出を全否定(デリート)して差し上げますわ!」
私は初めて、自分の胸の高鳴りが「利益確定」の喜び以上の何かであることを感じていた。
……けれど、それを認めるには、まだ計算式の変数が足りない。
悪役令嬢アマの戦いは、今、国家規模の「夫婦喧嘩(経営権争い)」へと発展しようとしていたのである。
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