婚約破棄の慰謝料はツケ払い分、愛よりも忙しい!

桃瀬ももな

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「……はぁ。陛下、お顔を上げてくださいませ。その絶望に染まった表情では、この国の格付けがさらに三段階は下がってしまいますわよ」


王宮の奥深く、国王ヘンリー三世の秘密執務室。
私はゼノス公爵と共に、冷え切った紅茶を啜りながら、震える国王を見下ろしていた。


机の上には、私が徹夜で作成した「王国破産シミュレーション(改訂版)」が並んでいる。
そこには、あと百二十日で王室の金庫が空っぽになり、王冠すら質に入れなければならなくなる未来が、残酷なまでに正確な数字で刻まれていた。


「ア、アマ嬢……。これは、何かの間違いではないのか? 我が国の財政は、会計官たちが『概ね順調』だと報告していたはず……」


「『概ね』という言葉は、無能な役人が現実逃避する際に使う魔法の呪文ですわ。……陛下、彼らが提出していた帳簿は、ただのファンタジー小説。……それも、起承転結も整合性もない、三流以下の駄作ですわよ」


私は銀製計算機をパチンと叩き、最新の負債額を表示させた。


「現在の対外債務、金貨三億枚。……一方で、現在の保有現金は……。あら、おやめなさい。読み上げるのも虚しくなるような端数しか残っておりませんわ」


「そ、そんな馬鹿な……。リュカは、リリィとの愛を育むために少しばかり予算を使っているだけだと……」


「その『少しばかり』の積み重ねが、この国の毛細血管(経済網)を食い破っておりますの。……陛下。リュカ殿下という経営陣の刷新、および徹底したコストカットを行わない限り、この国はあと四ヶ月で『倒産』いたします」


国王は机に突っ伏した。
王冠が斜めにズレ、威厳の欠片もない。


「……どうすればいい。私は、先祖代々のこの国を、私の代で終わらせたくないのだ」


「話は簡単ですわ。……公的な資金援助(バイアウト)を受け入れなさい」


私は、隣で優雅に足を組んでいたゼノス公爵を指し示した。


「アステリア公爵家が、王国の国債をすべて買い取ります。……その代わり、今後二十年間の関税および鉱山権、さらには王宮の備品購入に関するすべての『決済権』を、私に譲渡していただきますわ」


「な……!? それは、実質的に王家の財布を君に預けるということか?」


「いいえ。……王家の財布を『私の支配下に置く』ということです。……陛下は、ただの飾りの社長として、私が作成した台本通りのスピーチをしていればよろしいのですわ」


ゼノスが、低く心地よい声で追撃を加える。


「ヘンリー陛下。……断れば、明日にでもゴールドマン家が全債権を市場に流します。そうなれば、不渡りを出した王族として、あなた方はこの城を追い出されることになる。……どちらが賢明な選択か、計算するまでもありませんね?」


「……ぐぬぬ。……分かった。……条件を、受け入れよう」


国王が震える手で、私が差し出した契約書にサインを入れる。
その瞬間、この国の実質的な支配権は、私の計算機の中へと移動した。


「……交渉成立ですわ。まいどあり。……あぁ、セバス。すぐに王宮の厨房へ向かいなさい。……今夜から、リュカ殿下の食事はパンと薄いスープのみ。……デザートのアイスクリームなんて、百億年早くてよ」


「かしこまりました、お嬢様」


私が満足げに書類をまとめていると、扉が乱暴に開かれた。
現れたのは、事情を知らないリュカ殿下と、その腕に縋り付くリリィだった。


「父上! 大変です! リリィの新しいドレスの代金が、会計局で差し止められたと……。あぁ、アマ! また貴様か! こんなところで何をしている!」


リュカが私を指差して喚き散らす。
私は計算機のキーを一回だけ叩き、彼に冷ややかな視線を向けた。


「リュカ殿下。……お静かになさって。……今のあなたの声、デシベル換算で騒音公害ですわ。……その無駄なエネルギーを使う暇があるなら、まずは時給相応の労働をしなさい」


「労働だと!? 私は王子だぞ! ……あぁ、分かった。……さては、私とリリィの愛に嫉妬して、嫌がらせをしているんだな? ……ふん、どうしてもというなら、また私の婚約者の座に戻してやってもいいんだぞ?」


「…………」


私は一瞬、真顔で固まった。
そして、隣のゼノス公爵を見た。


「公爵様。……聞こえました? 今のセリフ。……これ、不敬罪で訴えられますかしら?」


「いいや、アマ。……『知的財産の欠如による判断力喪失』として、医療措置を勧めるのが妥当だろうな」


ゼノスが肩をすくめて笑う。
私は再びリュカに向き直り、手に持った契約書をひらひらと揺らした。


「殿下。……残念ながら、私は『倒産する予定の家』には、一秒たりとも嫁ぐつもりはありません。……今のあなたは、私から見ればただの『不良債権の化身』。……返済能力のない人間に、私の貴重なリソースを割くほど、私はお人好しではありませんの」


「な……、破産だと!? 我が国がそんなはず……!」


「陛下、仰って差し上げなさい。……今のこの国の『実質的なオーナー』は、誰であるかを」


国王は顔を覆ったまま、消え入りそうな声で絞り出した。


「……リュカ。……今日から、お前の生活費はアマ嬢が管理する。……彼女の許可なく、金貨一枚使うことも許されん」


「な、なんですってぇぇ!?」


リュカの絶叫が執務室に響き渡る。
リリィは「そんなの嫌よ! 私の真実の愛はどうなるの!?」と泣き喚き始めた。


「愛? ……あぁ、リリィ様。……あなたのその愛、現在の相場では『マイナス評価』ですわよ。……維持費がかかるばかりで、なんの配当も生まないんですもの。……とりあえず、その首飾りを返しなさい。……それは今、王宮の資産ではなく『私の所有物』ですわ」


私はリリィの首から、強引に真珠のネックレスを外した。
これ一つで、辺境の騎士団の食事を一ヶ月分は改善できる。


「……さあ、公爵様。……仕事が山積みですわ。……これから王宮の全部署を回って、一円単位の仕分け(リストラ)を始めますわよ!」


「ああ。……君の采配に、全幅の信頼を置こう」


私たちは、呆然とする王子と男爵令嬢を背に、颯爽と廊下へ出た。
かつて私を「悪役令嬢」と呼び、婚約破棄を突きつけた彼ら。
今、彼らの命運は、私の叩く計算機の音一つに握られている。


「……あぁ、楽しいですわ。……世界を正しく計算し直すのって、どんなダンスを踊るよりも快感ですもの」


悪役令嬢アマの「王宮大改革」は、こうして史上空前のコストカットと共に、華々しく開幕したのである。
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