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「……ちょっと、そこの不審者の方々。その縄の縛り方、あまりに非効率ですわよ。あと三割はキツく締めないと、私、三秒で脱出できてしまいますわ」
月明かりも届かない王都の裏路地。
数人の屈強な男たちに囲まれ、袋小路に追い詰められたというのに、私の口から出たのは悲鳴ではなく「業務改善命令」だった。
「黙れ、悪役令嬢! 大人しくしろ。お前を誘拐して身代金を要求すれば、ゴールドマン家から一生遊んで暮らせる金が手に入るんだよ!」
リーダー格と思われる、目つきの悪い男がナイフを突きつけてくる。
私は溜息をつき、いつものように懐から銀製計算機を取り出した。
「身代金? ……(ピッ、ピッ)……。ほう。……それで、あなた方は私の市場価値をいくらと見積もっておられますの?」
「一千万ゴールドだ! それだけあれば、俺たちは勝ち組だ!」
「一千万……!? (チャカチャカチャカ……ッ!)」
私は猛烈な勢いでキーを叩き、計算機の画面を男の鼻先に突きつけた。
「……お黙りなさい! 私の現在のアセット価値、および将来的な収益予測を加味した時価総額は、控えめに言っても一千億ゴールドを下りませんわ! 一千万なんて、私の昼食代一ヶ月分にも満たない端数ですわよ! 自分たちのリスク管理能力の低さを露呈して、恥ずかしくないんですの!?」
「な……!? なんだと!? 高すぎて逆にイメージが湧かねえよ!」
「イメージが湧かないのは、あなた方の脳内予算が貧困だからですわ。……いいですか。私を誘拐するということは、アステリア公爵家とゴールドマン銀行、さらに現在私が再建中の王宮財政、これらすべてを敵に回すということです。……その事後処理にかかる弁護士費用と国外逃亡のコスト、計算に入っていますの?」
男たちは顔を見合わせた。
明らかに、私のあまりにも堂々とした「説教」に気圧されている。
「……ええい、知るか! とにかくお前を連れていくんだよ!」
「待ちまわしなさい。……(ピッ)……。今、あなた方のビジネスモデルの欠陥をリストアップしましたわ。……第一に、移動手段。あそこに止まっている馬車、車輪の軸が歪んでいますわね。逃走中に故障して逮捕される確率は八十五パーセントです。……第二に、隠れ家。どうせ下水道に近い安宿でしょう? 衛生管理コストをケチると、私を換金する前にあなた方が疫病で全滅しますわ」
「……こ、この女、なんでこんなに詳しいんだ……」
「第三に、分配金。……リーダーのあなた、子分たちに『均等に分ける』と言いましたわね? それは嘘ですわ。あなたの視線は、さっきから子分たちの財布を盗み見ていますもの。……不信感による内部崩壊まで、あと三十分といったところかしら」
「……おい、兄貴! 本当かよ! 俺たちを裏切る気か!」
「ば、馬鹿野郎! こいつのデタラメを信じるんじゃねえ!」
誘拐犯たちの間に、急速に不協和音が広がり始める。
私は勝ち誇ったように笑い、さらに追い打ちをかけた。
「……あら、仲間割れにかかる時間的人的コスト、もったいなくてよ。……どうかしら。今なら特別に、あなた方の『再就職先』を斡旋して差し上げてもよろしくてよ?」
「再就職だと……?」
「ええ。私の関連工場では、今、屈強な労働力を求めていますの。時給は相場より一割高く、福利厚生としてプロテインも支給されますわ。……犯罪というハイリスク・ローリターンの泥舟に乗るより、堅実な労働というインカムゲインを得る方が、賢明な投資だと思いませんこと?」
「……し、時給一割増し……。おまけにプロテイン……」
男たちの目が、欲望ではなく「安定した未来」を夢見て輝き始めた。
犯罪者から、ただの「求職者」へと格下げ(あるいは格上げ)されるまで、わずか五分。
「……よし、決めた! お嬢さん、あんたについていくぜ! 泥水すする生活はもう嫌だ!」
「賢明な判断ですわ。……では、契約書を作成しますので、そこに指紋を……」
私が書類を取り出そうとしたその時。
路地の入り口に、激しい馬蹄の音が響き渡った。
「アマ! 無事か!」
漆黒の馬に跨り、剣を抜いて現れたのは、ゼノス公爵だった。
その背後には、武装した騎士団がズラリと並んでいる。
ゼノスの顔は、これまで見たこともないほど怒りと不安に満ちていた。
「……公爵様。絶好のタイミングでの登場、演出過剰(オーバーアクション)ですわよ」
「演出なものか! 君が急にいなくなったと聞いて、私の心臓がどれだけの損失(ロス)を抱えたと思っている!」
ゼノスは馬から飛び降りると、私に駆け寄り、力一杯抱きしめた。
騎士たちが、呆然としている誘拐犯(仮)たちを次々と取り押さえていく。
「……あ、あの、公爵様。苦しいですわ。……(パチパチ)……。はい、過剰な接触による追加料金……。あぁ、それから、彼らは私の新しい従業員ですわ。乱暴に扱って資産価値を下げないでくださいませ」
「……従業員? 誘拐犯を、か?」
ゼノスは目を白黒させて、私と、すっかり大人しくなった男たちを交互に見た。
「ええ。……彼らの筋肉、物流部門で非常に高いリターンを生みそうなんですもの。……さあ、帰りましょう。……夜道の警備コストを見直すための会議を始めなくては」
「……はぁ。……君という女は、本当に……」
ゼノスは力なく笑い、私の額に深く口づけた。
その安堵の表情は、どんな金塊よりも温かく、私の胸の計算機を少しだけ狂わせた。
「……公爵様。……(ピッ)……。今のキス、私の不安を解消するための『必要経費』として計上しておきますわ」
「ああ。……領収書なら、一生分切ってやるよ」
誘拐未遂事件は、こうして「新規雇用の創出」という世にも奇妙な決算を迎え、幕を閉じたのである。
月明かりも届かない王都の裏路地。
数人の屈強な男たちに囲まれ、袋小路に追い詰められたというのに、私の口から出たのは悲鳴ではなく「業務改善命令」だった。
「黙れ、悪役令嬢! 大人しくしろ。お前を誘拐して身代金を要求すれば、ゴールドマン家から一生遊んで暮らせる金が手に入るんだよ!」
リーダー格と思われる、目つきの悪い男がナイフを突きつけてくる。
私は溜息をつき、いつものように懐から銀製計算機を取り出した。
「身代金? ……(ピッ、ピッ)……。ほう。……それで、あなた方は私の市場価値をいくらと見積もっておられますの?」
「一千万ゴールドだ! それだけあれば、俺たちは勝ち組だ!」
「一千万……!? (チャカチャカチャカ……ッ!)」
私は猛烈な勢いでキーを叩き、計算機の画面を男の鼻先に突きつけた。
「……お黙りなさい! 私の現在のアセット価値、および将来的な収益予測を加味した時価総額は、控えめに言っても一千億ゴールドを下りませんわ! 一千万なんて、私の昼食代一ヶ月分にも満たない端数ですわよ! 自分たちのリスク管理能力の低さを露呈して、恥ずかしくないんですの!?」
「な……!? なんだと!? 高すぎて逆にイメージが湧かねえよ!」
「イメージが湧かないのは、あなた方の脳内予算が貧困だからですわ。……いいですか。私を誘拐するということは、アステリア公爵家とゴールドマン銀行、さらに現在私が再建中の王宮財政、これらすべてを敵に回すということです。……その事後処理にかかる弁護士費用と国外逃亡のコスト、計算に入っていますの?」
男たちは顔を見合わせた。
明らかに、私のあまりにも堂々とした「説教」に気圧されている。
「……ええい、知るか! とにかくお前を連れていくんだよ!」
「待ちまわしなさい。……(ピッ)……。今、あなた方のビジネスモデルの欠陥をリストアップしましたわ。……第一に、移動手段。あそこに止まっている馬車、車輪の軸が歪んでいますわね。逃走中に故障して逮捕される確率は八十五パーセントです。……第二に、隠れ家。どうせ下水道に近い安宿でしょう? 衛生管理コストをケチると、私を換金する前にあなた方が疫病で全滅しますわ」
「……こ、この女、なんでこんなに詳しいんだ……」
「第三に、分配金。……リーダーのあなた、子分たちに『均等に分ける』と言いましたわね? それは嘘ですわ。あなたの視線は、さっきから子分たちの財布を盗み見ていますもの。……不信感による内部崩壊まで、あと三十分といったところかしら」
「……おい、兄貴! 本当かよ! 俺たちを裏切る気か!」
「ば、馬鹿野郎! こいつのデタラメを信じるんじゃねえ!」
誘拐犯たちの間に、急速に不協和音が広がり始める。
私は勝ち誇ったように笑い、さらに追い打ちをかけた。
「……あら、仲間割れにかかる時間的人的コスト、もったいなくてよ。……どうかしら。今なら特別に、あなた方の『再就職先』を斡旋して差し上げてもよろしくてよ?」
「再就職だと……?」
「ええ。私の関連工場では、今、屈強な労働力を求めていますの。時給は相場より一割高く、福利厚生としてプロテインも支給されますわ。……犯罪というハイリスク・ローリターンの泥舟に乗るより、堅実な労働というインカムゲインを得る方が、賢明な投資だと思いませんこと?」
「……し、時給一割増し……。おまけにプロテイン……」
男たちの目が、欲望ではなく「安定した未来」を夢見て輝き始めた。
犯罪者から、ただの「求職者」へと格下げ(あるいは格上げ)されるまで、わずか五分。
「……よし、決めた! お嬢さん、あんたについていくぜ! 泥水すする生活はもう嫌だ!」
「賢明な判断ですわ。……では、契約書を作成しますので、そこに指紋を……」
私が書類を取り出そうとしたその時。
路地の入り口に、激しい馬蹄の音が響き渡った。
「アマ! 無事か!」
漆黒の馬に跨り、剣を抜いて現れたのは、ゼノス公爵だった。
その背後には、武装した騎士団がズラリと並んでいる。
ゼノスの顔は、これまで見たこともないほど怒りと不安に満ちていた。
「……公爵様。絶好のタイミングでの登場、演出過剰(オーバーアクション)ですわよ」
「演出なものか! 君が急にいなくなったと聞いて、私の心臓がどれだけの損失(ロス)を抱えたと思っている!」
ゼノスは馬から飛び降りると、私に駆け寄り、力一杯抱きしめた。
騎士たちが、呆然としている誘拐犯(仮)たちを次々と取り押さえていく。
「……あ、あの、公爵様。苦しいですわ。……(パチパチ)……。はい、過剰な接触による追加料金……。あぁ、それから、彼らは私の新しい従業員ですわ。乱暴に扱って資産価値を下げないでくださいませ」
「……従業員? 誘拐犯を、か?」
ゼノスは目を白黒させて、私と、すっかり大人しくなった男たちを交互に見た。
「ええ。……彼らの筋肉、物流部門で非常に高いリターンを生みそうなんですもの。……さあ、帰りましょう。……夜道の警備コストを見直すための会議を始めなくては」
「……はぁ。……君という女は、本当に……」
ゼノスは力なく笑い、私の額に深く口づけた。
その安堵の表情は、どんな金塊よりも温かく、私の胸の計算機を少しだけ狂わせた。
「……公爵様。……(ピッ)……。今のキス、私の不安を解消するための『必要経費』として計上しておきますわ」
「ああ。……領収書なら、一生分切ってやるよ」
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