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「……ちょっと、そこの騎士様。今の素振り、一回につき金貨〇・一〇三枚の損失(ロス)が出ていましてよ」
王宮騎士団、広大な訓練場。
砂埃が舞い、屈強な男たちが咆哮を上げるその中心で、私は銀製計算機を掲げて冷徹に言い放った。
「な、なんだと……!? 神聖なる訓練中に、どこの令嬢だ!」
「令嬢ではありませんわ。……本日より、騎士団の全予算執行を管理することになりました、財務総監のアマ・ゴールドマンです。……以後、お見知りおきを。もっとも、数字の合わない方とは親しくなれませんけれど」
私は計算機のキーを指先でなぞり、目の前の小隊を見渡した。
彼らが装備している剣、鎧、さらにはその磨き方一つに至るまで、私の目には「無駄な支出」の赤文字が浮かんで見えている。
「アマ嬢。……騎士には騎士の誇りがある。金勘定で剣の振りを語られては、彼らの士気に関わるぞ」
隣で苦笑いしながら見守るのは、もはや私の「公認パートナー」と化したゼノス公爵だ。
彼は騎士団の視察に同行し、私が暴走(リストラ)しすぎないよう監視……ではなく、特等席で楽しんでいるようだった。
「士気? ……公爵様。腹が減っては戦はできぬと言いますが、正確には『予算がなくては戦はできぬ』ですわ。……騎士団長! 説明を求めます。……なぜ、この小隊の剣はすべて特注の装飾が施されているのかしら? 魔物の首を撥ねるのに、金糸の彫り込みが必要だとでも?」
「……それは、王家の威信を示すための伝統だ!」
髭面の騎士団長が、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
私は一歩も引かず、計算機の液晶を彼の鼻先に突きつけた。
「伝統という名の『浪費』ですわね。……この無駄な装飾にかかる費用で、辺境の守備隊に新しい防具を百セットは支給できます。……威信で魔物が倒せるなら、今すぐ王宮の広場でその誇りとやらを演説してきてください。私は、その間に実用的な鋼鉄の剣に買い換え(リプレイス)させていただきますわ」
「ぐっ……! だが、安物の剣では折れるかもしれんではないか!」
「折れませんわ。……(チャカチャカ……ッ!)……はい、出ました。炭素含有量を〇・五パーセント調整した最新の合金鋼。強度は今の特注品の二倍、価格は五分の一です。……騎士団長、あなたの言う『誇り』の維持費は、性能の四倍も高いということですわよ。……これ、不採算物件として即座に除却(デリート)対象ですわ」
「よ、四倍だと……?」
騎士団長が膝をつく。
周囲の騎士たちからも、動揺のざわめきが広がった。
「……さらに、そこの弓兵部隊! 矢の練習一回につき、命中率が四十五パーセントというのはどういうことですの? ……半分以上の矢が、ただの薪として地面に転がっている計算になりますわ。……練習時間を二割減らして、その分を『風読み』の魔導眼鏡導入に充てなさい。……初期投資はかかりますが、命中率が八割を超えれば、矢の消耗品費だけで半年で元が取れます」
「魔導眼鏡……。そんな高価なものを……」
「『高い』というのは、リターンを計算できない者の言葉ですわ。……いいですか、皆様。私は、あなた方に『死なれては困る』と言っているのです。……一人の熟練騎士を育てるのにかかる教育費、食費、装備代。……あなた方が一匹の魔物に倒されることは、国家にとって金貨一万枚の損失に等しい。……私は、その損失を何としても防ぎたいのですわ」
訓練場に、静寂が訪れた。
厳しい言葉。けれど、そこには「数字の裏打ち」がある、誰よりも騎士たちの命を案じた(あるいは資産として守ろうとした)計算が込められていた。
「……ははっ。騎士団を相手に、これほどまでの『正論』を叩きつける令嬢は、歴史上君だけだろうな」
ゼノスが、私をエスコートするように肩を抱いた。
彼は、騎士団長の肩を軽く叩く。
「団長。……彼女の計算に間違いはない。……これからは、剣を振る前によく考えろ。君たちのその一振りには、この令嬢が夜通し帳簿と戦って捻り出した血と汗の『予算』が乗っているのだということを」
「……はっ! ……アマ財務総監殿。……不躾な物言い、失礼いたしました。……以後、一円の無駄も出さぬよう、心して訓練に励みます!」
騎士たちが一斉に敬礼する。
私は、計算機を懐にしまい、少しだけ照れくさそうに顔を逸らした。
「……分かればよろしいのです。……あぁ、それから。……今の敬礼の角度。……あと三度下げた方が、筋肉への負荷が減って持続可能性(サステナビリティ)が上がりますわよ?」
「……了解いたしました!」
私たちは、騎士たちの活気に満ちた(そして効率的な)掛け声を聞きながら、訓練場を後にした。
「……アマ。……君は、本当は優しいんだな」
馬車の中で、ゼノスが私を覗き込む。
「優しい? ……勘違いしないでくださいませ。私はただ、自分の管理する資産(騎士団)が目減りするのが許せないだけですわ」
「なら、その『管理対象』に、私も入れてくれるか? ……私の命も、君の計算機の中では高値で取引されているんだろう?」
ゼノスが私の手を握り、指先に静かな情熱を込めた。
「……公爵様。……(パチパチ)……。はい、出ましたわ。……あなたの市場価値は、……」
「いくらだ?」
「……無限大。……計測不能(エラー)ですわ。……そんな手に負えない資産、私以外の誰にも管理させませんから」
私は、真っ赤になった顔を隠すように、ゼノスの胸に顔を埋めた。
数字がすべてだと思っていた私の世界。
けれど、この男が刻む心音だけは、どんな計算機を使っても、正しい答えが出せそうになかった。
悪役令嬢アマの「最強の武装」。
それは騎士の剣でも魔法でもなく、愛する者を守るために叩き出される、精緻極まる計算結果だったのである。
王宮騎士団、広大な訓練場。
砂埃が舞い、屈強な男たちが咆哮を上げるその中心で、私は銀製計算機を掲げて冷徹に言い放った。
「な、なんだと……!? 神聖なる訓練中に、どこの令嬢だ!」
「令嬢ではありませんわ。……本日より、騎士団の全予算執行を管理することになりました、財務総監のアマ・ゴールドマンです。……以後、お見知りおきを。もっとも、数字の合わない方とは親しくなれませんけれど」
私は計算機のキーを指先でなぞり、目の前の小隊を見渡した。
彼らが装備している剣、鎧、さらにはその磨き方一つに至るまで、私の目には「無駄な支出」の赤文字が浮かんで見えている。
「アマ嬢。……騎士には騎士の誇りがある。金勘定で剣の振りを語られては、彼らの士気に関わるぞ」
隣で苦笑いしながら見守るのは、もはや私の「公認パートナー」と化したゼノス公爵だ。
彼は騎士団の視察に同行し、私が暴走(リストラ)しすぎないよう監視……ではなく、特等席で楽しんでいるようだった。
「士気? ……公爵様。腹が減っては戦はできぬと言いますが、正確には『予算がなくては戦はできぬ』ですわ。……騎士団長! 説明を求めます。……なぜ、この小隊の剣はすべて特注の装飾が施されているのかしら? 魔物の首を撥ねるのに、金糸の彫り込みが必要だとでも?」
「……それは、王家の威信を示すための伝統だ!」
髭面の騎士団長が、顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
私は一歩も引かず、計算機の液晶を彼の鼻先に突きつけた。
「伝統という名の『浪費』ですわね。……この無駄な装飾にかかる費用で、辺境の守備隊に新しい防具を百セットは支給できます。……威信で魔物が倒せるなら、今すぐ王宮の広場でその誇りとやらを演説してきてください。私は、その間に実用的な鋼鉄の剣に買い換え(リプレイス)させていただきますわ」
「ぐっ……! だが、安物の剣では折れるかもしれんではないか!」
「折れませんわ。……(チャカチャカ……ッ!)……はい、出ました。炭素含有量を〇・五パーセント調整した最新の合金鋼。強度は今の特注品の二倍、価格は五分の一です。……騎士団長、あなたの言う『誇り』の維持費は、性能の四倍も高いということですわよ。……これ、不採算物件として即座に除却(デリート)対象ですわ」
「よ、四倍だと……?」
騎士団長が膝をつく。
周囲の騎士たちからも、動揺のざわめきが広がった。
「……さらに、そこの弓兵部隊! 矢の練習一回につき、命中率が四十五パーセントというのはどういうことですの? ……半分以上の矢が、ただの薪として地面に転がっている計算になりますわ。……練習時間を二割減らして、その分を『風読み』の魔導眼鏡導入に充てなさい。……初期投資はかかりますが、命中率が八割を超えれば、矢の消耗品費だけで半年で元が取れます」
「魔導眼鏡……。そんな高価なものを……」
「『高い』というのは、リターンを計算できない者の言葉ですわ。……いいですか、皆様。私は、あなた方に『死なれては困る』と言っているのです。……一人の熟練騎士を育てるのにかかる教育費、食費、装備代。……あなた方が一匹の魔物に倒されることは、国家にとって金貨一万枚の損失に等しい。……私は、その損失を何としても防ぎたいのですわ」
訓練場に、静寂が訪れた。
厳しい言葉。けれど、そこには「数字の裏打ち」がある、誰よりも騎士たちの命を案じた(あるいは資産として守ろうとした)計算が込められていた。
「……ははっ。騎士団を相手に、これほどまでの『正論』を叩きつける令嬢は、歴史上君だけだろうな」
ゼノスが、私をエスコートするように肩を抱いた。
彼は、騎士団長の肩を軽く叩く。
「団長。……彼女の計算に間違いはない。……これからは、剣を振る前によく考えろ。君たちのその一振りには、この令嬢が夜通し帳簿と戦って捻り出した血と汗の『予算』が乗っているのだということを」
「……はっ! ……アマ財務総監殿。……不躾な物言い、失礼いたしました。……以後、一円の無駄も出さぬよう、心して訓練に励みます!」
騎士たちが一斉に敬礼する。
私は、計算機を懐にしまい、少しだけ照れくさそうに顔を逸らした。
「……分かればよろしいのです。……あぁ、それから。……今の敬礼の角度。……あと三度下げた方が、筋肉への負荷が減って持続可能性(サステナビリティ)が上がりますわよ?」
「……了解いたしました!」
私たちは、騎士たちの活気に満ちた(そして効率的な)掛け声を聞きながら、訓練場を後にした。
「……アマ。……君は、本当は優しいんだな」
馬車の中で、ゼノスが私を覗き込む。
「優しい? ……勘違いしないでくださいませ。私はただ、自分の管理する資産(騎士団)が目減りするのが許せないだけですわ」
「なら、その『管理対象』に、私も入れてくれるか? ……私の命も、君の計算機の中では高値で取引されているんだろう?」
ゼノスが私の手を握り、指先に静かな情熱を込めた。
「……公爵様。……(パチパチ)……。はい、出ましたわ。……あなたの市場価値は、……」
「いくらだ?」
「……無限大。……計測不能(エラー)ですわ。……そんな手に負えない資産、私以外の誰にも管理させませんから」
私は、真っ赤になった顔を隠すように、ゼノスの胸に顔を埋めた。
数字がすべてだと思っていた私の世界。
けれど、この男が刻む心音だけは、どんな計算機を使っても、正しい答えが出せそうになかった。
悪役令嬢アマの「最強の武装」。
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