婚約破棄の慰謝料はツケ払い分、愛よりも忙しい!

桃瀬ももな

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「……ちょっと、そこの従業員。その箱の積み上げ方、重心が三センチ右に寄っていましてよ。……倒壊による損失(リスク)を考えれば、あなたの時給を一割カットしても足りませんわ」


王都の端に位置する、ゴールドマン家直営の物流倉庫。
埃が舞い、労働者たちの汗の匂いが漂うこの場所で、私は今日も元気に銀製計算機を弾いていた。


「あ、アマ……。き、貴様……。よくもこんな、地獄のような場所に私を……!」


積み上げられた木箱の陰から、ボロ雑巾のような格好をした男が這い出してきた。
かつての第一王子、リュカ・ド・マニエール。
自慢だった金髪は汚れ、その手はマメだらけ。……あぁ、実に「付加価値の低い」お姿ですわね。


「地獄? 失礼ね。ここは、あなたがたが国から盗んだ金を、自身の労働力という『現物』で返済するための、極めて健全な更生施設ですわよ」


私は計算機の液晶をリュカに見せつけた。


「……(ピッ)……。はい、今日のあなたの作業効率。……平均的な労働者の六割にも満たなません。……このままだと、借金完済までにおよそ四百二十年かかりますわ。……頑張って長生きなさい」


「よ、四百年だと!? そんなの死んでしまう!」


「死んでも債務は消えませんわ。……あなたの魂の時価評価額がいくらになるか、後でシュミレーションしておきますわね」


「ひぃぃっ! 鬼だ、貴様は鬼だ!」


リュカが絶叫する中、隣の検品台ではリリィ・男爵令嬢が、慣れない手つきで布地のチェックをしていた。
彼女もまた、フリルのない地味な作業着に身を包み、泣きそうな顔で針仕事をしている。


「……リリィ様。その涙、無駄な水分排出ですわよ。……一滴の涙につき、金貨〇・一〇枚分の生産性が低下しています。……集中なさい。……あなたのその不器用な指先が、我が社の製品の格付けを下げているのですから」


「う、うぅ……。アマ様、ひどいですわ。……私、お肌がボロボロで……。こんなの、真実の愛があれば、もっと素敵な生活が……」


「愛、愛と、まだお花畑なことを仰るの? ……(チャカチャカチャカ……ッ!)……。リリィ様、あなたのその『お肌のメンテナンス代』を捻出するために、あと何枚の布を検品する必要があるか計算しましたわ。……三万枚です。……さあ、手が止まっていますわよ?」


「さ、三万枚……っ! 無理ですわ、そんなの……!」


リリィがその場に泣き崩れる。
そこへ、背後から上質な革靴の足音が響いた。


「……おや、随分と賑やかだな。……アマ、君の厳しい指導のおかげで、この倉庫の利益率が二割向上したと聞いたぞ」


ゼノス公爵が、視察のために現れた。
彼は、泥にまみれたリュカとリリィを一瞥すると、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。


「……リュカ殿下。……君が捨てた『金の亡者(アマ)』は、今や隣国の公爵夫人になろうとしている。……対して君は、彼女が経営する倉庫の一労働者だ。……これが、数字を無視して感情に溺れた者の『終値(ラストプライス)』だよ」


「ぜ、ゼノス公爵……! 頼む、私を助けてくれ! 私は王子なんだ、こんなところで終わる人間じゃない!」


リュカがゼノスの足元に縋り付こうとする。
しかし、ゼノスは冷徹にその手を振り払った。


「……触るな。……私の燕尾服は、君の一生分の給料よりも高い。……これ以上の損害(汚れ)を与えれば、即座に君を『売却(他国の奴隷鉱山へ送還)』するぞ?」


「ひっ……!」


リュカは恐怖に顔を歪め、再び木箱に向かって必死に作業を始めた。
リリィもまた、ゼノスの冷たい視線に射抜かれ、黙々と針を動かし始めた。


「……ふぅ。……これにて監査終了ですわ。……公爵様、お待たせいたしました。……ゴミ(不採算物件)の片付けを見ていても、リターンは生まれませんものね」


私は計算機をしまい、ゼノスの差し出した手に自分の手を重ねた。


「ああ。……それよりアマ、結婚式の最終見積もりが届いたぞ。……君の言う通り、花の色を一つ変えるだけで、予算が金貨千枚浮いた。……その浮いた分で、君に新しい計算機を贈ろうと思うんだが」


「まぁ! ……ダイヤを散りばめた、耐熱・耐衝撃・魔導演算機能付きの最新型かしら? ……楽しみですわ!」


「ああ。……世界一高価な計算機に、世界一美しい君の指が触れる。……これ以上の贅沢はないな」


私たちは、労働に喘ぐ元婚約者たちを背に、優雅に倉庫を後にした。
かつて私を「悪役」と呼んだ彼ら。
今、彼らは私の築き上げた巨大な経済圏の中で、一介の「部品」として、せっせと私の利益(幸せ)のために働いている。


「……公爵様。……(ピッ)……。はい、本日の『没落した王子を見て得られた精神的満足感』。……金貨一億枚以上の価値があると判定されましたわ」


「……ははは! なら、明日はさらにその価値を高めてやろう」


私たちは、沈む夕日に照らされながら、誰よりも美しく、そして誰よりも強欲な笑みを浮かべて、結婚への道(ランウェイ)を歩み続けた。


悪役令嬢アマの「復讐」。
それは、相手を倒すことではなく、相手を自分の支配下にある「低賃金労働力」へと変えてしまうことだったのである。
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