今更復縁とか言われても邪魔なんですけど?

桃瀬ももな

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「な、何だ貴様は! 公務執行妨害だぞ!」

徴税官の小男が、私の肩を抱くレオナルド様に向かってキャンキャンと吠えた。

その身長差、およそ倍(体感)。

チワワがヒグマに喧嘩を売っているようなものだ。

レオナルド様は、小男の頭上から冷ややかな視線を浴びせた。

「公務、と言ったな」

「そ、そうだ! 私はセドリック殿下の命令で……」

「ならば問う」

レオナルド様は、小男の手から羊皮紙をひょいと取り上げた。

「『筋肉美観税』……これは、王国法典の第何条に基づいた税だ?」

「は?」

「そして『元婚約者精神的苦痛補償税』。……個人的な慰謝料を税金として徴収するなど、国法を私物化する行為ではないか?」

レオナルド様の声は静かだが、そこには絶対的な威厳があった。

「ぐっ……そ、それは……殿下の特権で……」

「王族とて法の上にはない。それがこの国の建国以来の理念だ」

レオナルド様は羊皮紙をまじまじと見つめた。

そして、ふっとため息をついた。

「それに、この書類……筆圧が弱すぎる」

「は?」

「こんなふにゃふにゃした文字で書かれた命令書に、効力などない」

ビリッ……。

レオナルド様の指先に、ほんの少し力が入った(ように見えた)。

その瞬間、羊皮紙が真っ二つに裂けた。

「あっ!?」

小男が悲鳴を上げる。

「あ、すまん。最近、握力のコントロールが難しくてな」

レオナルド様は悪びれもせず、さらにビリビリと書類を破いていく。

「な、な、何をするんだ貴様ぁッ! これは公文書だぞ! ただで済むと……」

「騒がしい」

レオナルド様が一歩踏み出した。

ドスッ、という重い音が地面に響く。

「俺の名はレオナルド・バーンシュタイン。王国騎士団長だ」

「……は?」

小男の動きが止まった。

後ろにいた衛兵たちも、「えっ?」と顔を見合わせる。

「レオナルド……って、あの『王国の魔獣』!?」

「まさか、本物か!?」

衛兵たちがざわめき出し、一斉に青ざめて後ずさり始めた。

彼らにとって騎士団長は雲の上の存在、かつ絶対的な上官だ。

「き、騎士団長閣下……!? な、なぜこんな薄汚い……いえ、カフェに!?」

小男がガタガタと震え出した。

「俺はここの『会員』だ」

レオナルド様は胸を張った。

シャツのボタンが悲鳴を上げる。

「この店に対する不当な干渉は、俺に対する挑戦とみなす。……文句があるなら、殿下を連れてこい。俺が直接相手になる」

「ヒィッ……!!」

小男は腰を抜かしそうになった。

「も、申し訳ありませんでしたぁぁぁッ!!」

小男は脱兎のごとく逃げ出した。

衛兵たちも「し、失礼しましたッ!」と敬礼し、慌てて後を追っていく。

あっという間に、裏口には静寂が戻った。

「……ふん。口ほどにもない」

レオナルド様は鼻を鳴らし、破れた紙くずをゴミ箱に捨てた。

かっこいい。

あまりにもかっこよすぎて、私はしばらく息をするのを忘れていた。

「だ、大丈夫か? ミーナ」

彼が振り返り、心配そうに私の顔を覗き込む。

「怖かっただろう。すまない、もっと早く出るべきだった」

「……いいえ」

私は首を振った。

「最高でした」

「え?」

「今の『筆圧が弱すぎる』というセリフ。そして書類を破る時の前腕屈筋群の収縮……。録画しておきたかったですわ」

「……貴女は本当にブレないな」

レオナルド様は苦笑したが、その耳は少し赤かった。

「しかし、これで終わったわけではない」

彼の表情が引き締まる。

「殿下は諦めないだろう。権力を使って、さらに陰湿な手を使ってくる可能性がある」

「そうですね……。あの方は、執着心だけは一人前ですから」

「俺が王城に戻り、陛下に直接抗議してくる。殿下の暴走を止めるには、陛下の御裁可が必要だ」

「レオナルド様……」

彼が私のために、そこまでしてくれるなんて。

騎士団長が王族に抗議するなど、立場が危うくなるかもしれないのに。

「迷惑をかけてしまいますね」

「迷惑なものか。……言っただろう? 俺は貴女を守りたいと」

彼は私の頭に、ぽん、と大きな手を置いた。

「待っていてくれ。必ず、良い知らせを持ってくる」

レオナルド様は優しく微笑むと、今度こそ帰っていった。

その背中は、どんな城壁よりも頼もしく見えた。

          ◇

一方、王宮。

セドリック王子の執務室は、書類の山で埋もれていた。

「くそっ、なんだこれは! 次から次へと!」

王子はインクまみれの手で頭を抱えていた。

机の上に積み上がっているのは、領地の税収報告、治水工事の計画書、近隣諸国への外交文書などなど。

これまで、これら全ての「面倒な下準備」と「要約」を誰がやっていたか。

そう、元婚約者の私、ウィルヘルミナである。

私は彼に気に入られるため(というより、さっさと終わらせてトレーニングする時間を確保するため)、完璧な事務処理能力を発揮して、彼の実務を影で支えていたのだ。

だが、私が去った今。

王子は一人で、膨大な業務の波に飲まれていた。

「読めん! この地域の特産品の収支報告など、知ったことか!」

王子が書類を投げ捨てた時、ドアがノックされた。

「殿下! ご報告が!」

先ほどの徴税官が、涙目で飛び込んできた。

「おお、戻ったか! どうだ、ウィルヘルミナの奴、泣いて許しを請うていたか?」

王子が期待に満ちた顔で立ち上がる。

「い、いえ……それが……」

徴税官は震えながら答えた。

「騎士団長が……レオナルド閣下が、店にいらっしゃいまして……」

「は? あの筋肉男か?」

「は、はい。閣下が『不当な税だ』と命令書を破り捨てて……『文句があるなら俺が相手になる』と……」

「な、なんだとォォォッ!?」

王子は顔を真っ赤にして叫んだ。

「あいつ……! ただの武人の分際で、王族の私に逆らう気か!」

「そ、それに……閣下はとても恐ろしくて……私には無理ですぅ!」

徴税官は泣き崩れた。

王子はギリギリと歯ぎしりをした。

「おのれ、レオナルド……! ウィルヘルミナとグルになって、私をコケにしおって!」

王子の中で、憎悪の炎が燃え上がった。

だが同時に、焦りも生まれていた。

目の前の書類の山。

進まない公務。

そして、思い通りにならない元婚約者。

「……こうなれば、最後の手段だ」

王子は狂気じみた目つきで呟いた。

「騎士団長が相手でも、手出しできない方法がある。……店の『衛生管理』と『食品偽装』をでっち上げてやる!」

王子は新たな羊皮紙を取り出した。

「待っていろ、ウィルヘルミナ。今度こそ、貴様の店を廃業に追い込んでやる……!」

彼の執念深さは、もはやホラーの領域だった。

しかし彼は気づいていなかった。

自分の足元が、既に崩れ始めていることに。

リリィ様だけでなく、書類仕事に追われる文官たち、そして王子の暴走に呆れる側近たちの心が、急速に彼から離れていることに。

私の知らないところで、王子の「自爆カウントダウン」は着々と進んでいたのである。
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