今更復縁とか言われても邪魔なんですけど?

桃瀬ももな

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翌日。

私は王宮の長い廊下を、カツカツとヒールの音を響かせて歩いていた。

手には、大きなバスケット。

背後には、護衛(という名の手荷物持ち)として同行してくれたレオナルド様。

すれ違う侍女や文官たちが、ギョッとして道を空ける。

「あれ、ウィルヘルミナ様じゃない?」

「隣にいるのは……騎士団長閣下?」

「なんだか、すごい迫力……」

無理もない。

今日の私は、戦闘服(勝負ドレス)ではなく、店の制服である黒のエプロンドレスを着ている。

そしてレオナルド様は、正装の騎士服だが、手には私の作った「筋肉弁当(巨大)」をぶら下げているのだから。

「ミーナ、本当にこれでいいのか?」

レオナルド様が心配そうに尋ねる。

「殿下の部屋に直接乗り込むなど……不敬罪に問われるかもしれんぞ」

「あら、私はただの『出前』ですわ」

私はニッコリと微笑んだ。

「殿下がどうしても私の料理が食べたいとおっしゃるので(幻聴)、親切にお届けに上がっただけです」

「……目が据わっているぞ」

レオナルド様は苦笑したが、止める気はないらしい。

むしろ、「何かあったら俺が守る」という気概(オーラ)を背中から放っている。

(ああ、その頼もしい広背筋……。抱きつきたいのを我慢するのが大変だわ)

私は邪念を振り払い、目的の部屋――セドリック王子の執務室の前に立った。

扉の前には、昨日の徴税官が立っていた。

私とレオナルド様を見るなり、「ヒィッ!?」とカエルのような声を上げて腰を抜かす。

「と、通せ」

レオナルド様が低く告げると、徴税官は這いつくばって道を開けた。

私はノックもせずに、バーン! と扉を開け放った。

「失礼いたします! 『カフェ・マッスル・パラダイス』です! ご注文の品をお届けに上がりました!」

「な、なんだぁッ!?」

部屋の奥から、ヒステリックな声が飛んできた。

書類の山に埋もれていたセドリック王子が、バッと顔を上げる。

その顔を見て、私は思わず「ぷっ」と吹き出しそうになった。

目の下に濃い隈(くま)。

整えられていた金髪はボサボサ。

頬はこけ、自慢の美貌は見る影もない。

完全に「社畜」の顔である。

「う、ウィルヘルミナ……!?」

王子は私を見て、ポカンと口を開けた。

そして次の瞬間、その表情がニヤァ……と歪んだ。

「ふ、ふふふ……! 来たか! ついに来たか!」

王子はフラフラと立ち上がり、机を回り込んで近づいてきた。

「やはりな! 昨日の衛生検査で店が潰れそうになって、泣きついてきたのだろう! ボグロの奴、いい仕事をしたようだな!」

王子は勝利を確信しているようだ。

昨日のボグロが、失敗して逃げ帰った報告をまだ聞いていないらしい。

哀れな情報伝達速度だ。

「さあ、謝れ! 私の足に縋り付いて、涙を流して詫びれば、側室の末席くらいには置いてやらんでもないぞ!」

王子は両手を広げ、私の「土下座」を待ち構えた。

私はその手のひらに、バサッ! と一枚の紙を叩きつけた。

「はい、こちら請求書になります」

「……は?」

「昨日の『衛生検査』と称した営業妨害に対する清掃費用。および、持ち込まれた『不快害虫(G)』の駆除・焼却費用。さらに、スタッフの精神的苦痛に対する慰謝料。締めて金貨500枚です」

「は、はぁぁぁ!?」

王子は紙を見て目を剥いた。

「な、なんだこれは! 謝罪に来たんじゃないのか!?」

「謝罪? なぜ私が?」

私は小首を傾げた。

「私は殿下のあまりに不健康そうな顔色を見て、心配になって差し入れに来たのですわ。……ほら、ご覧なさい。筋肉が分解(カタボリック)を起こして、肌がカサカサですわよ?」

「う、うるさい! 誰のせいだと……!」

「はい、こちら特製『脳みそシャキッとドリンク』です」

私はバスケットから、毒々しい紫色をした液体が入った瓶を取り出した。

「な、なんだその色は……毒か!?」

「失礼な。ブルーベリーと高麗人参、そして『眠気覚ましの激辛スパイス』をブレンドした、栄養満点のスムージーです。これを飲めば、滞っている書類仕事も三倍の速度で終わりますわ(たぶん)」

「い、いらん! そんなもの……!」

「遠慮なさらず」

私はジリジリと詰め寄った。

「それとも、飲みたくありませんか? ……公務、溜まっているのでしょう?」

私は部屋の惨状を見渡した。

「あらあら、この『北方警備計画書』、期限が過ぎていますわよ? こっちの『秋の収穫祭予算案』も、計算が合っていませんわね」

「ぐっ……!」

「私がいた頃は、こんな初歩的なミスはありませんでしたのに。……やはり、殿下お一人では無理だったのですね?」

「き、貴様ぁ……!」

図星を突かれ、王子の顔が真っ赤になる。

「黙れ黙れ黙れ! 私が無能だと言いたいのか! これもお前が呪いをかけたからだ!」

「呪いではありません。実力です」

私はバッサリと切り捨てた。

「いい加減、お認めになってはいかがですか? 貴方には、王にふさわしい器も、実務能力も、そして何より『筋肉(たいりょく)』もないということを」

「ぶ、無礼者ぉぉぉッ!」

王子が逆上して、腰の剣に手をかけた。

「斬ってやる! 不敬罪で、その首を刎ねてやる!」

シャランッ!

王子が剣を抜こうとした、その時。

ガシィッ!!

王子の手首が、万力のような力で掴まれた。

「……痛ッ!?」

「殿下。女性に刃物を向けるとは、騎士道精神の欠片もありませんな」

レオナルド様だ。

いつの間にか王子の背後に回り込み、その細い手首を軽々と捻り上げている。

「レ、レオナルド……! 離せ! これは王命だ!」

「王命であっても、理不尽な暴力には従えません」

レオナルド様は冷徹な瞳で王子を見下ろした。

「それに、これを見てもまだ、自分の立場が分かっていないのですか?」

「な、なに……?」

レオナルド様は、もう片方の手で懐から書状を取り出した。

そこには、王家の紋章――それも、国王陛下の印章が押されていた。

「国王陛下からの呼び出し状です。『セドリック、およびウィルヘルミナ、レオナルド。直ちに謁見の間へ来よ』とのことです」

「ち、父上が……!?」

王子の顔から血の気が引いた。

「さあ、行きましょうか殿下。……陛下が、これまでの貴方の『公務の怠慢』と『私的な権力乱用』について、詳しくお聞きになりたいそうです」

レオナルド様は、捕まえた王子の手首を離さずに、ズルズルと引きずり始めた。

「ま、待て! 心の準備が! 書類の整理が!」

「問答無用」

レオナルド様は私を振り返り、優しく微笑んだ。

「行こう、ミーナ。……決着の時だ」

「はい、レオナルド様」

私はバスケット(中身は弁当と紫色のドリンク)を持ち直し、彼らの後について歩き出した。

廊下を連行されていく王子の情けない背中を見ながら、私は確信した。

今日で終わる。

長かった腐れ縁も、理不尽な嫌がらせも。

そして、私の「悪役令嬢」としての汚名も。

いざ、最終決戦の場――謁見の間へ。

私の武器は、鍛え上げたメンタルと、レオナルド様という最強の盾。

そして、懐に忍ばせた『殿下の恥ずかしいポエム集(証拠物件)』だけだ。
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