今更復縁とか言われても邪魔なんですけど?

桃瀬ももな

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「はぁ、はぁ……! 緊急事態とは何だ、セドリック! 店が襲撃されたのか!?」

夜の帳が下りた『カフェ・マッスル・パラダイス』。

バンッ! と扉を開けて飛び込んできたのは、剣を携えたレオナルド様だった。

彼の背後には、ニヤニヤと笑うセドリック王子。

「さあな。……中に入れば分かるさ」

王子は意味深に言い残し、レオナルド様の背中をドンと押した。

「む……?」

レオナルド様は警戒しながら店内に足を踏み入れた。

そして、固まった。

店内は、いつもの明るい照明ではなく、無数のキャンドルによって幻想的に照らされていた。

ただし、キャンドルの配置が普通ではない。

床には、キャンドルの光で描かれた巨大な『ハートマーク』と『ダンベル』の紋章。

そして、通路の両脇には、正装(黒タンクトップに蝶ネクタイ)をしたマッチョたちが、直立不動で整列している。

「な、なんだこれは……? 黒魔術の儀式か?」

レオナルド様が困惑して後ずさりそうになる。

「いらっしゃいませ、レオナルド様」

静寂の中、私の声が響いた。

奥のVIPルームの前。

私は、いつものエプロン姿ではなかった。

純白のドレス(昔、夜会で着ていたものをリメイクして動きやすくしたもの)を纏い、髪には白い花の飾りをつけている。

「ミ、ミーナ……?」

レオナルド様が息を呑んだ。

「その格好は……」

「お招きいただきありがとうございます。……いえ、お呼び出しして申し訳ありません」

私はゆっくりと、彼の方へ歩み寄った。

「緊急事態というのは嘘です。……いえ、ある意味では本当です。私の人生における、最大の緊急(決断)の時ですから」

「人生の……?」

「レオナルド様。昨夜のお話、覚えていらっしゃいますか?」

私は彼の目の前で立ち止まった。

レオナルド様は、昨日の失態(壁破壊)を思い出したのか、バツが悪そうに視線を泳がせた。

「あ、ああ……。穴の修理代なら、明日払うつもりだが……」

「そのことではありません」

私は首を振った。

「貴方がおっしゃった、『死ぬまで管理してほしい』という言葉。……私、それを『専属トレーナー契約』だと解釈してしまいました」

「……う、うむ。まあ、間違ってはいないが……」

彼は寂しげに苦笑した。

「でも、周囲から指摘されて、やっと気づいたんです。貴方の言葉の真意に」

私は一歩、彼に近づいた。

「あれは……プロポーズだったのですね?」

「ッ!!」

レオナルド様の顔が、キャンドルの炎よりも赤く染まった。

「き、気づいて……くれたのか?」

「はい。私の筋肉脳(マッスル・ブレイン)は、あまりに硬すぎて、ロマンスという柔軟性を欠いていました。……申し訳ありません」

私は深々と頭を下げた。

「あの時、貴方がどれほどの勇気を振り絞ってくださったか。壁を破壊するほどのパッションを、私は事務的に処理してしまった」

「いや、いいんだ。……俺の言葉足らずが原因だ」

「いいえ。ですから、今度は私から伝えさせてください」

私は顔を上げた。

そして、パチンと指を鳴らした。

「ガロンさん! 『アレ』をお願いします!」

「おうよ! 野郎ども、幕を引けェッ!!」

「「イエッサー!!」」

私の背後。

黒い布で覆われていた巨大な物体が、マッチョたちの手によってアンベール(除幕)された。

バサァァァッ!!

現れたのは、高さ2メートルにも及ぶ、巨大な塔だった。

「な……なんだ、これは!?」

レオナルド様が絶句した。

それは、ウェディングケーキ――ではなかった。

土台は、巨大なハンバーグ。

二段目は、分厚いステーキの層。

三段目は、積み上げられたローストビーフ。

そして頂上には、ハート型にカットされた真っ赤なイチゴと、二つのプロテインシェイカーが飾られている。

名付けて、『特製・マッスル・ミート・タワー(総重量10kg)』。

「うおおおおッ!?」

レオナルド様の目が、ハート型になりそうな勢いで輝いた。

「肉だ! 肉の塔だ! しかも最上級の赤身肉!」

「はい。これが私の答えです」

私は肉の塔の前に立った。

「レオナルド様。私は貴方のトレーナーにはなりません」

「え……?」

彼の表情が曇る。

「トレーナーは、ジムにいる時だけ貴方を管理します。でも、私は違います」

私は彼の目を見つめた。

「私は、貴方がジムにいない時も、仕事で疲れて帰ってきた時も、泥だらけで落ち込んでいる時も……ずっと隣で、貴方に栄養(あい)を補給し続けたいのです」

「ミーナ……」

「貴方の筋肉だけでなく、貴方の弱さも、甘党なところも、不器用なところも……すべて含めて、私が『死ぬまで管理(あい)』させてください」

私は、エプロンのポケットから、小さな箱を取り出した。

パカッ。

中に入っていたのは、指輪――ではなく。

銀色に輝く、小さな『ダンベル型のネックレス』だった。

「これは……?」

「特注のプラチナ製ダンベル・チャームです。……重さはあっても、貴方の負担にはならない重さ(愛)です」

私はそのネックレスを差し出した。

「レオナルド・バーンシュタイン様。……私と、結婚してください。そして、二人で最強のパンプアップ・ライフ(温かい家庭)を築きましょう」

沈黙が落ちた。

キャンドルの爆ぜる音だけが響く。

レオナルド様は、震える手でネックレスを受け取った。

そして、それを握りしめると、男泣きし始めた。

「うっ……ううっ……!」

「レ、レオナルド様!?」

「嬉しい……。こんなに……こんなに嬉しいプロポーズがあるか……!」

彼はボロボロと涙を流した。

その涙は、頬の古傷を濡らし、床に落ちていく。

「俺でいいのか? こんな、熊のような男で」

「熊のような男(あなた)がいいのです」

「……幸せにする。絶対に、貴女を泣かせたりしない。……いや、嬉し泣き以外はさせない!」

レオナルド様は、猛然と私を抱きしめた。

「きゃっ!」

強い力。

でも、痛くない。

彼の厚い胸板に顔が埋もれる。

そこからは、微かな汗の匂いと、甘いパフェの匂い(?)がした。

「おめでとうォォォォッ!!」

ドォォォン!!

どこからともなく、セドリック王子とリリィ様がクラッカーを鳴らした。

「やったぜ姐さん! 旦那!」

「「おめでとうございます!!」」

マッチョたちが一斉に、プロテインパウダー(バニラ味)を空中に撒き散らした。

白い粉が雪のように舞う。

「粉っぽい! でもおめでたい!」

リリィ様が肉の塔を見上げて涎を垂らしている。

「さあ、お二人とも! ケーキ入刀ならぬ、『ミート入刀』です!」

王子が巨大なナイフ(というより剣)を持ってきた。

レオナルド様は私を抱き寄せたまま、剣の柄を握った。

「一緒に握ってくれ、ミーナ」

「はい、レオナルド様」

私たちは、二人で剣を握りしめた。

共同作業。

初めての、愛の共同作業だ。

「せーのっ!」

ズドンッ!!

剣が肉の塔に突き刺さった。

その瞬間、肉汁が噴水のように溢れ出す。

「お肉ぅぅぅぅッ!!」

リリィ様が歓声を上げ、王子が拍手喝采を送る。

「愛している、ミーナ」

レオナルド様が、私の耳元で囁いた。

「私もです、レオナルド様」

粉まみれで、肉の匂いが充満する店内で。

私たちは、誰よりも甘く、そして誰よりも脂っこい口づけを交わした。

こうして、私とレオナルド様は、晴れて本当の婚約者となった。

筋肉と脂肪(肉)に祝福された、最高にマッスルな夜だった。

……しかし。

幸せの絶頂にある私たちは、まだ気づいていなかった。

この「肉の塔」入刀の様子が、翌日の新聞にデカデカと掲載され、国王陛下を爆笑させ、社交界を震撼させることになるということを。

そして、結婚式の準備という、さらなる「筋肉の試練」が待ち受けていることを。
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