今更復縁とか言われても邪魔なんですけど?

桃瀬ももな

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『驚愕! 騎士団長と元悪役令嬢、肉の塔で愛を誓う!』
『王都に新たな聖地誕生? 愛言葉は「パンプアップ・ライフ」!』

翌日の王都新聞は、私たちの一面記事で埋め尽くされていた。

記事には、粉(プロテイン)まみれで抱き合う私とレオナルド様の挿絵(かなり美化されている)と共に、「前代未聞のミート入刀」の様子が詳細にレポートされていた。

「……恥ずかしい」

開店前のカフェ。

レオナルド様は新聞を読みながら、茹でたタコのように赤くなっていた。

「俺の騎士としての威厳が……。『甘党の魔獣』と書かれているぞ……」

「あら、いいじゃありませんか。おかげで朝から予約の電話が鳴り止みませんわ」

私はポジティブに捉えていた。

「それに、『レオナルド様が食べたパフェを食べたい』という若い女性客が急増中です。貴方は今日から『国民的アイドル』ですわ」

「勘弁してくれ……」

レオナルド様は机に突っ伏した。

その背中の広背筋が、悲哀で少し縮こまっている。可愛い。

そこへ、カランカランとドアが開いた。

「おはよう! 時の人、ベストカップルのお二人さん!」

ハイテンションで入ってきたのは、セドリック王子だ。

今日も無駄に胸元を開けたシャツを着て、手には分厚いファイルを持っている。

「おはようございます、殿下。……朝から暑苦しいですね」

「ハッハッハ! 褒め言葉として受け取っておこう! それより、これを見たまえ!」

王子はファイルをドン! とテーブルに置いた。

「なんですか、これ?」

「『結婚式・完全プロデュース計画書』だ!」

「……は?」

「二人の結婚式は、私がプロデュースすることに決めた! 父上(国王)の許可も取ってある!」

王子はドヤ顔で言った。

「王室の予算を潤沢に使って、世紀の『マッスル・ウェディング』を開催してやろうじゃないか!」

嫌な予感しかしない。

しかし、レオナルド様は顔を上げた。

「……王室予算? つまり、タダで式が挙げられるのか?」

「もちろんです、師匠! 国を挙げての祝賀行事ですから!」

「……なら、悪くないか」

レオナルド様は金銭感覚が庶民的(というか食費に消えるタイプ)なので、予算ゼロは魅力的に映ったようだ。

「わかりました。……で、どんな計画なんです?」

私が恐る恐る尋ねると、王子はファイルを開いた。

「まず、新郎新婦の入場だが……バージンロードの代わりに『ベンチプレス台』を並べる」

「却下です」

即答した。

「ドレスの裾が引っかかって転びます」

「む……では、誓いのキスの代わりに『プロテイン口移し』は?」

「絵面が汚いので却下です」

「ならば、ケーキ入刀の代わりに『巨大マグロの解体ショー』!」

「ここは魚屋ではありません」

王子の提案はことごとく筋肉脳(マッスル・ブレイン)全開だった。

「もういいです。演出は私が考えます。……まずは衣装ですね」

私はため息をつき、話題を変えた。

「結婚式といえば、ドレスとタキシード。これだけは譲れません」

「おお、そうだな! では早速、王室御用達の仕立て屋を呼んである!」

          ◇

一時間後。

VIPルームは、臨時の試着室になっていた。

「さあ、ミーナ様! 次はこのドレスです!」

リリィ様が目を輝かせて、次々とドレスを持ってくる。

彼女もまた、「花嫁の介添人(ブライズメイド)兼、試食係」として張り切っていた。

「うーん……」

私は鏡の前で、純白のドレスを着た自分を見つめた。

フリルたっぷりの、可愛らしいプリンセスラインのドレスだ。

「似合いますよ、ミーナ様! お姫様みたいです!」

「……違うのよ、リリィちゃん」

私は首を振った。

「このドレスだと……『広背筋(ラット)』が見えないわ」

「……はい?」

「背中が詰まりすぎているのよ。これじゃあ、私が日々の運搬作業で鍛えた(つもりになっている)背中のラインが、布で隠れてしまうじゃない」

私は背中を反らせてポージングをとってみたが、分厚い布地が邪魔をする。

「もっとこう……背中がガバっと開いていて、肩甲骨の動きが見えるようなデザインはないかしら?」

「そ、そんなボディビル大会みたいなドレスはありませんよ!?」

リリィ様がツッコミを入れる。

「それに、今のままでも十分綺麗ですよ? レオナルド様もきっと喜びます!」

「そうかしら……」

私は納得がいかないまま、カーテンを開けた。

「レオナルド様、どうですか?」

外で待っていたレオナルド様が、バッと顔を上げた。

「おお……!!」

彼は言葉を失った。

「……綺麗だ。天使かと思った」

「まあ。お上手ですこと」

「本当だ。……その姿を見ているだけで、大胸筋が締め付けられるようだ」

彼は胸を押さえて悶絶している。

最大の賛辞だ。

「では、次はレオナルド様の番ですね」

仕立て屋の老紳士が、恭しくタキシードを差し出した。

「閣下、こちらを。最高級のシルクを使った、流行の細身(スリム)デザインでございます」

「うむ。着てみよう」

レオナルド様はカーテンの奥へ消えた。

ガサゴソ……。

「……む。き、きついな」

「閣下、お腹を引っ込めてください」

「腹ではない、胸だ! 胸がつかえて……ぐぬぬ……!」

ビリッ……。

不穏な音がした。

「あ」

「あっ」

カーテンが開く。

そこには、無惨な姿のレオナルド様が立っていた。

ジャケットの背中は弾け飛び、シャツのボタンは全て飛んでいき、ズボンの太もも部分は裂けて肌が露出している。

まるで、変身途中の狼男だ。

「……すまん。深呼吸をしたら、弾けた」

レオナルド様が申し訳なさそうに言った。

仕立て屋の紳士が、泡を吹いて倒れた。

「ひ、ヒィィッ! 最高級シルクがぁぁッ!」

「……やはり、既製品は無理でしたか」

私は頭を抱えた。

この国の貴族の服は、基本的に「細身で優雅」なのがトレンドだ。

レオナルド様のような規格外の筋肉モンスターに合う服など、存在しないのだ。

「どうしよう、ミーナ。……俺は、裸に蝶ネクタイで出るしかないのか?」

レオナルド様が真剣に悩んでいる。

「それはそれで需要がありそうですが、王族も参列する式典でそれはまずいです(私が独占したいですし)」

私は考え込んだ。

ドレスはともかく、新郎の衣装がない。

このままでは、結婚式が「公然猥褻罪」で中止になってしまう。

「……こうなったら、作るしかありませんね」

私は決意した。

「え? 作る?」

「はい。私の店(マッスル・パラダイス)の総力を挙げて、貴方の筋肉に耐えうる『最強の戦闘服(タキシード)』を!」

私は倒れている仕立て屋を揺り起こした。

「おじ様! 起きてください! シルクじゃダメです! もっと伸縮性のある素材……そう、魔獣の革とか、特殊繊維を使ってください!」

「ま、魔獣の革でタキシードを……!?」

「デザインは私が描きます! 背中と腕周りには『マチ』を入れて、可動域を確保! ボタンは鋼鉄製で!」

私は羊皮紙に猛スピードで設計図を描き始めた。

「殿下! 予算はあるんですよね!?」

「あ、ああ! いくらでも使え!」

「よし! リリィちゃん、厨房からガロンさんを呼んで! 採寸係が必要よ!」

「はいっ!」

現場は一気に戦場と化した。

「腕周り、55センチ!」

「胸囲、130センチ!」

「規格外すぎるだろ!」

ガロンさんがメジャーを巻きながら叫ぶ。

レオナルド様は、されるがままに直立不動で立っている。

「……なんだか、装備のメンテナンスをされている気分だ」

「その通りです。結婚式は戦いですから」

私はペンのインクを飛ばしながら言った。

「見ていてください、レオナルド様。……貴方のその素晴らしい筋肉を、一切窮屈にさせず、かつ世界一かっこよく見せるタキシードを完成させてみせますわ!」

「ミーナ……」

レオナルド様は、感動したように私を見つめた。

「頼もしい花嫁だ。……惚れ直した」

「惚気てる暇があったら、広背筋を収縮させてください! 採寸がズレます!」

こうして、私たちの結婚式準備は、優雅な「花嫁修業」とは程遠い、「衣装開発プロジェクト」へと変貌していった。

目指すは、筋肉が弾けないタキシード。

そして、筋肉が映えるウェディングドレス。

式当日まで、あと一ヶ月。

私たちの闘いは、まだ始まったばかりだった。
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