恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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花の金曜日

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花の金曜日


 結局、姫宮に何の相談もできずに、トントン拍子で姫川との食事の日時が決まり。その日を迎えてしまった。

 私は当然のように朝からソワソワしていた。
 異性と「二人きり」で、食事に行った事は数えるほどしかない。
 職場の人と行った事はあるが、その時はみんな一緒だったし、ここまで緊張しなかった。

「いいのかね。金曜日の夜に私なんかと会って」

 世間一般では、古い言葉を使うと「はなきん」というらしいけれど。
 次の日も気にせず遊べる金曜日ではなくて、休日の隙間時間でもよかったのに。
 いや、姫川が休日に家を出るのがダルくて金曜日にしたのかもしれない。そうだ。きっとそう。

「一回会っただけだから、二回目誘ったのは気遣いよね」

 絶対にそう。
 私は変に意識するなと自分に言い聞かせる。痛すぎるから。
 おしゃれから程遠い私は、いつものように仕事着で、いつもと同じメイクで会社に向かった。

 こんなに緊張した日は、久しぶりな気がした。

 マッチングアプリで何人かと会った時は、そこまでではなかった。
 上手くいかなかったら仕方ない。という考えで、肩に力が入っていなかったせいでもある。

 そもそも、二回目会う人なんて初めてだし。どんな顔して会えばいいのかすらわからない。

 会社に到着すると、信木が待ち構えていたように声をかけてきた。

「八王子さん!おはようございます!」

 信木の笑顔を見ていると、後ろめたい気分になるのは何故だろう。
 次の質問で、私はギクリとした。

「今週末は、どこ行くんですか?」

 彼女はいつも同じ質問をする。いつもなら何とも思わないのに、今日は浮気を追求されているような気分になる。

「え、えっ、えっと、どこにも、行かないわよ」

 少ししどろもどろになりながら嘘をつくと、信木は疑いの視線を私に向ける。

「ふーん。最近、姫宮さんと会いました?」

「あ、会ってないよ」

 不機嫌さを隠さない信木に、私は咄嗟に嘘をついた。
 信木と姫宮はどうやらお互いのことを嫌っているようで、名前が出るだけで不機嫌になるのだ。
 だから、私は二人に間に挟まれた状態で不機嫌をぶつけられる。
 名前を出さないようにしているのだが、二人ともエスパーなのかニューヒューマンなのか気配を感じ合うことができるのだ。

「そうなんだ」

 信木の疑いの目に、私は目を伏せてこれ以上何も言わないように耐える。
 そこに、ある意味で会いたくない男がやってきた。

「八王子さん。おはよう」

 姫川だ。朝から周囲を圧倒するような笑みを浮かべて私に声をかけてきた。
 なぜ、今このタイミングで声をかけてくるんだ。
 私は頭を抱えたくなった。

「姫川さん。おはようございます」

 引き攣った笑みで挨拶を返すと、姫川はそれに気がつかないふりをしている。
 信木は、話の腰を折られたと言わんばかりに姫川を睨みつけている。

「信木さん。主任が呼んでましたよ。何か提出してない物ありましたか?」

 姫川の言葉に信木は、顔を真っ青にさせて「行きます!」と言って去っていった。
 何か思い当たることがあったようだ。

 まだ、気まずさを感じながらチラリと姫川を見ると、今日は珍しく一人だ。河合は後ろにもいなかった。

「あの、河合さんは?」

「あ、指導期間が過ぎたから一緒じゃないよ。そもそも、仲がいいわけじゃないのに、始業前から一緒にいるなんておかしいでしょう?」

「そうですね」

 確かにその通りだ。
 姫川が指導しているのなら、河合にずっとつきっきりだった理由の説明はつく。
 ……姫川なりにかなり苦労していたようだ。

「今日は、楽しみですね」

「は、はい」

 本当に楽しそうに話す姫川に、気圧されつつも私は引き攣った笑顔で返事をした。
 そのまま別れて、仕事を始めるけれど集中できない。

「八王子さん、どうしたの?」

 ぼんやりとパソコンの画面を眺めていたら、大坪が心配そうに声をかけてきた。

「え、何がですか?」

「いつもより今日は変よ」

「へっ」

 いつもより今日は変。とは、どういうことなのか、そもそも、大坪は私のことを何だと思っているのか。

 いつも変だと思っているのか。

「大坪さん。それないですよ。心配してるって言ってあげてくださいよ」

 弓削が慌てた様子で大坪を窘める。
 大坪は「変」なことを気にしているのではなくて、私を心配しているのか。
 二人を見ると、心配そうに眉を下げている。
 これは、本当に心配されてるやつだわ。

「あ、何でもないんです。ちょっと、その久しぶりに友達に会うのでちょっと緊張してて」

 私は、本当の事を言えるわけもなく、適当な嘘をついた。

「緊張する……?それって男!?」

 突然、弓削が悲鳴じみた声で「男か」と問いかけてきた。
 察しの良さにギクリとなってしまう。
 
「あら、そうなの!?」

 大坪は、楽しげに笑っている。

「えっと、あの、違います」

「ふーん。なるほど」

 否定しても大坪は、まだ笑ったままだ。
 絶対に私の嘘を信じていない気がした。

「なるほどって何ですか!」

「いいのよ。若いから。いいわよね。そういうのって、私もたまにはトキメキと緊張したいわぁ」

「あの、そういうのじゃないんです!違います」

「そういうのじゃないって、どういうの事なの?!」

 なぜが弓削が食ってかかってきた。
 そこまで何が気になるというのか理解できない。

「本当に違うんです」

 否定しながら、自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。

「弓削くん。諦めなさい」

 大坪が弓削の肩をポンポンと叩いている。
 弓削が何を諦めなければならないのか。理解が追いつかない。

「えっ、えっ、何がですか?」

「何でもないです……」

 弓削は涙目でそれ以上は何も言わなかった。
 私の頭の中が疑問符で埋め尽くされた。

 この日、私も仕事は上の空だったが、弓削も酷かった。
 時々大きなため息を吐いていて、自分には関係のない事ではあるが、少し心配だった。

 
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