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軽い嫌がらせ
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軽い嫌がらせ
なぜ姫川がここにいるのか私は驚く。
私と弓削はフロアから離れている。
弓削との会話を聞いていたのかと一瞬だけ考えたが、違うことにすぐ気がつく。
「これ、領収書です」
差し出された領収書を見て、もしかして、わざわざ探してくれていたのかと思った。
もしそうなら、手間をかけさせてしまって申し訳ない。
「あ、はい。もしかして私を探していましたか?」
「違うよ。経理に持って行こうとしたら、たまたま見かけたから」
違うと否定されて安堵した。
「どうも」
姫川が弓削に向かって、そっけない挨拶をした。
なぜかわからないが、機嫌が悪そうに見える。
「あぁ」
弓削も弓削で機嫌の悪さを隠す様子もない。
仲が悪いのかな……?
ピリピリした空気にビクビクとしていると、姫川と目があった。
姫川は、先ほどの不機嫌そうな表情が嘘ようににこりと笑って見せた。
反射的に姫川に笑顔を向けると、弓削は、はぁ。と、ため息を吐いて苦笑いを浮かべる。
「……二人とも仲良いね。そういえば同期だったよね」
「仲良くないです」
「仲良いです」
咄嗟に私は仲良くない。と、返すと姫川は「仲良いです」と被せてきた。
社交辞令でも何だか嬉しい。友達として見られているなんて思ってもいなかったから。
「うん、仲良いね」
弓削は私たちの反応を見て、楽しげに笑っていた。
「……じゃあ」
姫川がどこか硬い表情で、去っていくのを見届けて、私たちは自分達のフロアへと向かった。
「ねえ、本当に姫川さんと親しくないの?」
「話はしますけど、……私は友達だと思ってるけど向こうはそう思ってないかもしれませんし」
何だか言い訳みたいだな。
否定されても恥ずかしいとか思わないで、親しい友達だと言い切れたら、どれだけ楽だろうか。
「……なるほどね」
「何がなるほど何ですか?」
弓削は、何か一方的に納得したように呟く。
「いや、別に、まだ、付け込む隙があるのかなとおもって」
それは、どういう意味なのだろうか。
私が首を傾けると、弓削は何もなかったかのように「さあ、仕事頑張りますかね」と、明るく声をかけてきた。
「何かあっても大丈夫だよ。僕という頼れる先輩がいるんだから」
弓削の言葉は、不思議なくらいに心を軽くしてくれた。
友達ではなくても、優しい人がすぐそばにいると思うだけで、とても嬉しかった。
けれど、信木の言葉がずっと心の中で引っかかっていた。
嫌な予感がする。
そして、それは遠くない未来に的中した。
3日後、河合が私に領収書を提出してきた。
「これ、お願いします」
「はい」
目線すら合わせずに差し出してきた領収書を受け取ろうとすると、彼女はパッと手を離してそれを落とした。
「あっ、ごめんなさい。拾ってもらえます?」
河合は悪びれた様子もなく、にっこりと笑っている。
床に落ちた領収書を拾い目を通すと、かなり前のものだ。
「ちょっと、提出が遅れてしまったんですけど、大丈夫ですよね。処理お願いします。あなたの仕事だからちゃんとやってくださいね」
河合は私の返事すら聞かずに去っていった。
……これで何人目だろうか。
基本的にうちの経理は、トラブル防止のために受け取った人が処理をすることになっている。
狙って期限ギリギリの物を私に持ってきているように見えるのだ。
残業確定だな。
そんな事をぼんやりと考えていると、肩をトントンと叩かれた。
「八王子さん」
「はい」
「これ、僕がもらうよ」
言うなり弓削が私の手から領収書を奪い取った。
「あ、でも、申し訳ないですし」
「僕の手は空いてるし、ここの経理のルールってなんだった?」
「じ、じゃあ、お願いします」
笑顔の圧に私は引き攣った笑みを浮かべて、彼に任せる事にした。
経理には手が回らなければ、手の空いてる誰かにお願いする。というルールがある。
なんでも、気の弱い人に面倒な事を押し付ける奴が続出して、退職寸前までその人が追い詰められたらしいからだ。
「……なんか、嫌がらせされてるみたいだね」
「やっぱり、そう思いますか?」
弓削もどうやら気がついているようだ。
面倒な物を、あえて私に指定して提出しているように見えるのだ。
「繁忙期じゃないから、まだマシだけど、これが続くなら困るね」
「……」
苦笑いの弓削に、私は怒られるのではないかと不安になる。
嫌がらせをされているのは私なのに、経理全体に迷惑をかけているようなものだ。
「僕が上と掛け合ってみるよ」
「でも」
上と掛け合って何か変わるというのだろうか、正直あまりピンとこない。
「大坪さんいない時はね。ちゃんと先輩しないとね」
大坪は、あれからずっと休んでいる。
私は、嫌がらせされるよりも大坪の事の方が心配だった。
「それに、大坪さんが戻ってきた時、何もできなくて頼れない後輩じゃダメだ」
確かにその通りだ。
安心して仕事ができるような環境にしないといけない。
幸い、上司との話し合いはうまくいった。
好きにやれ。と言う事だったのでさせてもらった。
何のことはない。とても穏便に対応したのだ。わざと遅く領収書を提出した課の課長やら係長やらを捕まえて、経理に連行して、事情を説明しただけだ。満面の笑みを浮かべた経理の社員全員で取り囲んで。
「同じ事を繰り返すようならこちらも考えがありますからね。最低限のマナーを守れないならこちらも守らないだけですよ。お願いしますね」
上司はにこやかにお願いする。笑っているのがポイントだ。何をするかまでは言わなかったが、どう考えても強迫でしかなかった。
ただ、早めの対応のおかげなのか、そういった嫌がらせはなくなった。
嫌がらせはなくなったというのに、まだ、どこかで不安がついて回っていた。
なぜ姫川がここにいるのか私は驚く。
私と弓削はフロアから離れている。
弓削との会話を聞いていたのかと一瞬だけ考えたが、違うことにすぐ気がつく。
「これ、領収書です」
差し出された領収書を見て、もしかして、わざわざ探してくれていたのかと思った。
もしそうなら、手間をかけさせてしまって申し訳ない。
「あ、はい。もしかして私を探していましたか?」
「違うよ。経理に持って行こうとしたら、たまたま見かけたから」
違うと否定されて安堵した。
「どうも」
姫川が弓削に向かって、そっけない挨拶をした。
なぜかわからないが、機嫌が悪そうに見える。
「あぁ」
弓削も弓削で機嫌の悪さを隠す様子もない。
仲が悪いのかな……?
ピリピリした空気にビクビクとしていると、姫川と目があった。
姫川は、先ほどの不機嫌そうな表情が嘘ようににこりと笑って見せた。
反射的に姫川に笑顔を向けると、弓削は、はぁ。と、ため息を吐いて苦笑いを浮かべる。
「……二人とも仲良いね。そういえば同期だったよね」
「仲良くないです」
「仲良いです」
咄嗟に私は仲良くない。と、返すと姫川は「仲良いです」と被せてきた。
社交辞令でも何だか嬉しい。友達として見られているなんて思ってもいなかったから。
「うん、仲良いね」
弓削は私たちの反応を見て、楽しげに笑っていた。
「……じゃあ」
姫川がどこか硬い表情で、去っていくのを見届けて、私たちは自分達のフロアへと向かった。
「ねえ、本当に姫川さんと親しくないの?」
「話はしますけど、……私は友達だと思ってるけど向こうはそう思ってないかもしれませんし」
何だか言い訳みたいだな。
否定されても恥ずかしいとか思わないで、親しい友達だと言い切れたら、どれだけ楽だろうか。
「……なるほどね」
「何がなるほど何ですか?」
弓削は、何か一方的に納得したように呟く。
「いや、別に、まだ、付け込む隙があるのかなとおもって」
それは、どういう意味なのだろうか。
私が首を傾けると、弓削は何もなかったかのように「さあ、仕事頑張りますかね」と、明るく声をかけてきた。
「何かあっても大丈夫だよ。僕という頼れる先輩がいるんだから」
弓削の言葉は、不思議なくらいに心を軽くしてくれた。
友達ではなくても、優しい人がすぐそばにいると思うだけで、とても嬉しかった。
けれど、信木の言葉がずっと心の中で引っかかっていた。
嫌な予感がする。
そして、それは遠くない未来に的中した。
3日後、河合が私に領収書を提出してきた。
「これ、お願いします」
「はい」
目線すら合わせずに差し出してきた領収書を受け取ろうとすると、彼女はパッと手を離してそれを落とした。
「あっ、ごめんなさい。拾ってもらえます?」
河合は悪びれた様子もなく、にっこりと笑っている。
床に落ちた領収書を拾い目を通すと、かなり前のものだ。
「ちょっと、提出が遅れてしまったんですけど、大丈夫ですよね。処理お願いします。あなたの仕事だからちゃんとやってくださいね」
河合は私の返事すら聞かずに去っていった。
……これで何人目だろうか。
基本的にうちの経理は、トラブル防止のために受け取った人が処理をすることになっている。
狙って期限ギリギリの物を私に持ってきているように見えるのだ。
残業確定だな。
そんな事をぼんやりと考えていると、肩をトントンと叩かれた。
「八王子さん」
「はい」
「これ、僕がもらうよ」
言うなり弓削が私の手から領収書を奪い取った。
「あ、でも、申し訳ないですし」
「僕の手は空いてるし、ここの経理のルールってなんだった?」
「じ、じゃあ、お願いします」
笑顔の圧に私は引き攣った笑みを浮かべて、彼に任せる事にした。
経理には手が回らなければ、手の空いてる誰かにお願いする。というルールがある。
なんでも、気の弱い人に面倒な事を押し付ける奴が続出して、退職寸前までその人が追い詰められたらしいからだ。
「……なんか、嫌がらせされてるみたいだね」
「やっぱり、そう思いますか?」
弓削もどうやら気がついているようだ。
面倒な物を、あえて私に指定して提出しているように見えるのだ。
「繁忙期じゃないから、まだマシだけど、これが続くなら困るね」
「……」
苦笑いの弓削に、私は怒られるのではないかと不安になる。
嫌がらせをされているのは私なのに、経理全体に迷惑をかけているようなものだ。
「僕が上と掛け合ってみるよ」
「でも」
上と掛け合って何か変わるというのだろうか、正直あまりピンとこない。
「大坪さんいない時はね。ちゃんと先輩しないとね」
大坪は、あれからずっと休んでいる。
私は、嫌がらせされるよりも大坪の事の方が心配だった。
「それに、大坪さんが戻ってきた時、何もできなくて頼れない後輩じゃダメだ」
確かにその通りだ。
安心して仕事ができるような環境にしないといけない。
幸い、上司との話し合いはうまくいった。
好きにやれ。と言う事だったのでさせてもらった。
何のことはない。とても穏便に対応したのだ。わざと遅く領収書を提出した課の課長やら係長やらを捕まえて、経理に連行して、事情を説明しただけだ。満面の笑みを浮かべた経理の社員全員で取り囲んで。
「同じ事を繰り返すようならこちらも考えがありますからね。最低限のマナーを守れないならこちらも守らないだけですよ。お願いしますね」
上司はにこやかにお願いする。笑っているのがポイントだ。何をするかまでは言わなかったが、どう考えても強迫でしかなかった。
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