恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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はつこい

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はつこい

 私は姫宮に、自分の身の回りで起こったことを全て打ち明けた。
 姫川とマッチングアプリの件は、彼氏が欲しくて。とだけ濁して説明したけれど。
 姫宮は、話を聞きながらどんどん表情を強張らせていく。
 
「凄まじい状況ね。これほどじゃないけど、似たようなこと経験したからわかるわ」

 姫宮は、その外見から苦労している様子はずっと前から見て取れた。

「でも、アンタが信木と付き合ってるって噂はすぐになくなると思うよ」

「そうかな」

 姫宮は、弓削と同じことを言う。
 経験しているからこそ言えることなのかもしれない。
 姫宮はその時、どうやって対処したのだろう。

「嘘ってすぐにバレるし、次に……、うん、これはその時に一緒に考えよう」

 姫宮は何か言いかけてやめた。それが少し不安になるのだけれど。
 また別の何かがあるのだろうか。

「……それよりも。姫川さんだよ!」

「何が?」

 突然出た姫川の名前。
 そういえば、忘れていたけれど、姫宮は恋愛に生きる女だった。
 何かのセンサーが働いてしまったようだ。

「話を聞いている感じだと、彼もアンタの事好きだと思うよ」

 姫宮は、何を言っているのだろうか、そんなはずない。
 友情はあった。かもしれないが、今はすでに嫌われている。
 それに、私が姫川を好きだと断定するのはやめて欲しい。

「私、姫川さんの事好きじゃないし、姫川さんもそう、彼女がいるんだから」

「それ、本当に事実なの?」

「だって、彼女がそうだと言ったんだもの」

「姫川さんから聞いたの?」

 そういえば、聞いていない気がする。
 でも、おしゃれ絵日記には、私と行った場所をなぞるように別の日に写真が載せられていた。

「聞いてないけど聞く必要ある?そもそも、友達でしかないのに、プライベートなことなんて聞けないよ」

 もう、お互いに嫌な思いをしてまで、嫌われた理由を明らかにする必要なんてあるのだろうか。時間の無駄だ。
 あの、冷めた目を向けられるのが怖かった。

「でも、好きなんでしょ?」

「好きじゃない!」

 好きだと言われてムキになって否定する。
 だってそうじゃないか、好きだと認めたらもっと傷ついてしまうのだから。
 認めないでモヤモヤした方がずっと心は楽だ。
 いや、答えは出ているのはわかってる。でも、目を向けたくないだけだ。
 姫川が他の女性と歩いている姿を見て辛くなりたくない。

「あ、そう。後悔しても仕方ないわよ」

「しないわよ。するわけがない。そうなる前だから」

 認めなければこれ以上辛くなることはない。

「何で最初から諦めるの?」

「私は、姫宮みたいに可愛くないし、無愛想で背が高くて恋愛に向いてないのよ。傷つくのは嫌だし」

 もしも、背が高くなければ、無愛想じゃなければ、少しでも可愛い顔をしていたら、誰かを好きになる事に躊躇なんてしなかった。
 でも、これはただの言い訳でしかないのだ。

「八王子は、可愛いよ」

「そんな事ない」

「私は好きだよ。もしも、男だったら好きになってたと思う」

「……ありがとう」

 慰められて泣きそうだった。
 取ってつけたような言葉ではない。きっと本音だとわかるから。姫宮はそんな嘘をつかない。
 もしも、姫宮が男だったとしても、好きにはなっていたけれど、強く惹かれる事はなかったと思うのだ。
 私が惹かれるのは一人だけ……。

「恋愛なんて、うまくいかないのは当然だよ。私、好きな人に相手にもされてないよ。妹扱いなんだから」

「姫宮」

 姫宮は、言いながら涙を浮かべる。
 付き合っていないだろうな。とは、漠然と思っていたけれど、綺麗な姫宮ですら恋を成就させられないのか。
 なんだか、世の中はいつもうまくいかない。

「いつも、彼に恋人ができるたびに胸が張り裂けそうになる」

「……いつも、失恋してるじゃない。なんで諦めないの」

「でもね。それでも、好きだから諦められないの。私が諦めるまでは失恋したことにはならないから」

「そっか」

 好きな人に好きな人ができたとしても諦めない。何だか姫宮らしい。
 いつか、彼が振り向いてくれるまで、姫宮は諦めない気がした。
 それが、不憫でもあり羨ましくもあった。
 でも、私は姫宮とは違う。

「八王子は、一度話し合った方がいいよ」

「やだよ」

 私には話し合う勇気はない。もう、これ以上嫌われるのが怖いから。
 たまに、目も合わさずに話す程度の存在になれればそれでいい。

「ちゃんと、話しないと後悔するよ」

「わかった」

 返事はするけれど、姫川と話をするつもりはなかった。
 初恋は成就しないとはよく言ったものだ。それなら、せめて綺麗なままで終わらせたい。
 あの、失恋未満は初恋でも何でもないと今ならわかる。
 姫宮のような諦めの悪さを私は持ちわあせていない。

 でも、この気持ちが落ち着いて笑い話になる頃に、あの時の事を聞いてみるのもいいかもしれない。

 きっと、後悔するかもしれないが、それでいいと思ってる。

 帰りは二人とも涙ぐんで電車に乗っていた。

「私、帰りたくない。仕事したくない」

 姫宮の泣き言はガチのやつだと思った。
 でも、気持ちはわかる。
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