恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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大変身?

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大変身?

 最寄駅に到着して姫宮と飲みに行こうとしたら、姫川からのメッセージが入っていた。

『今から会えませんか?』と、たまたま私のスマホの画面を見ていた姫宮が突然慌て出した。

「ヨッシャッー!!」

 なぜか、姫川が電車の中でガッツポーズを決めている。
 私はわかっていると言わんばかりに、断りの文面を考えて打ち始める。
 約束優先だ。今は姫川と話をする勇気もないのでちょうどいい。

「まって、ちゃんと断るから、今から飲みに行くんでしょ」

 恋愛よりも突然の呼び出しに付き合ってくれた姫宮の方を優先すべきだ。

「ちょ、何考えてるの!?」

 姫宮は信じられないと言わんばかりに怒り出した。なぜ?

「だって、そっちが先の約束じゃない」

「私の事はいいから!行きなさい」

 姫宮は自分の事はいい。と言い出す。

「あ、その酷い格好はやめてよ」

 言いたい放題だな。少しムカッとした。
 酷い格好とはどういうことなのだろうか。辺な格好なんてしていないのに。

「酷いって何?酷いって」

「てか、スマホ貸して!」

 姫宮は私のスマホをぶん取って勝手に「会います(キラキラのハート)」と返事をした。
 人のスマホを勝手に操作するとは何事だ。そんな事よりも、なぜ、よりによってキラキラのハートマークなんてつけるのだ。

「あ、ちょ、何してるの!?」

 勝手にメッセージにハートを入れたことに私が怒っていると、姫宮からは不穏なオーラが溢れ出ていた。

「来なさい!」

 姫宮は、大きな声で叫ぶと私の腕を掴んだ。
 電車から降りるとプチプラで有名な某ブティックへと入った。
 私のことなどほっぽり出して、勝手に服を見て始めて、姫宮には似合わなさそうな系統ものでコーディネートを組み出した。

「うん、これでよし!ほら、試着しなさい!」

「え、なんで、嫌だし」

 嫌だ。と言うと、姫宮が眦を吊り上げて圧をかけてきた。

「おい、いい加減にしろよ」
 
 冷めた目を向けてきた姫川よりも怖い。

「いいから!着るの!」

 勢いに押されて試着してサイズの確認をすると、「これで行きなさい」と、服装指定をされた。会計も勝手にされていた。
 この子今からずっと片想いしていた人とデートで……、と姫宮が言うと、なぜか店員さんの方がノリノリでタグを外して「試着室で着替えてもらって構いません!」と言ってくれた。
 並んでいた客ですら「頑張ってね!」と、謎のエールを送ってくれた。
 
 ……姫川との話がうまくいかなくても、ここの常客になろうと思った。

「ほら、綺麗よ。誰よりも、だから自信持って行きなさい!」

 試着室の鏡に映った私は、鮮やかな紺のシャツワンピースと、あざとさを出しつつも身体のラインを綺麗に見せてくれるロングカーディガンを身につけた。少し背の高いだけの女に見える。

「……」

「頑張るのよ。ちゃんと話し合って、どんな結果になっても私がアンタの事を全力で慰めるから」

「ありがと」

 鼻の奥がツンとしてきた。

「じゃあ、頑張れ!結果教えてよ!」
 
 姫宮と別れると待ち構えていたかのように、姫川からのメッセージが来た。
 22時に会おうということになった。
 待ち合わせ場所が最寄り駅から離れていて、あまりいかないところなのが気になったが、間に合わせるためにそこへと向かった。
 頭の中はぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。何をはなせばいいのかすらわからない。けれど、決めていることが一つだけある。
 話をしたら身を引く。それだけは決めていた。

 待ち合わせ場所の駅の出口で姫川は、スマホをいじりながら待っていた。

「姫川さん」

 私が声をかけると、姫川はスマホから目を離してこちらを見る。
 そして、ほんの一瞬だけ固まり、私を睨みつけて「どうも」とだけぶっきらぼうに挨拶をした。

「これで会うのは最後にしてもらえますか?」

 絶対に言うべき事を伝えると、姫川は無表情で「わかりました」とだけ返した。

「こっち、きてください」

 腕を掴まれてかなり強引に引っ張られた。

「あ、はい」

 姫川の手の力は強くて痛みに顔を顰める。
 まるで、逃すつもりなんてないと言わんばかりだ。

「……!」

 姫川に引っ張られるままに駅から離れていくと、明るいネオンが嫌でも目に入る。
 それは、ビルというよりも、どう見てもラブホテルだ。
 行った事のない私でもわかる。宿泊とは別に休憩という料金設定表が見えるのだから。

「……ひ、姫川さんっ!」

 私は、驚いて姫川の名前を呼んで立ち止まる。

「何ですか?」

 姫川は涼しい顔をして首を傾ける。
 彼はわかっていてやっている。

「あ、あの、ここって、その」

「ホテル街ですよ」

 姫川は、さらりと答えてまた、私を引きずるように歩き出した。

「こんなところ……」

 河合という恋人がいながら、姫川は何を考えているのか、あまりにも不誠実ではないか。
 そもそも、なぜ、私をこんなところに連れて行こうとするのか……。

「ダメです。いけません」

 私が必死にかぶりをふるけれど、姫川は冷めた目を向けるだけだ。

「嫌なら大騒ぎすればいい」

 投げやりな返事をする姫川に絶句する。
 私が大騒ぎしたら、どうなるのかわかっているはずなのになぜそんな事が言えるのか。

「な。何を言ってるんですか!」

「警察でも呼ばれない限り、僕は連れて行きますよ」

 そんな事できない。
 姫川が何かしらペナルティを受けるなんて、そんな事なんて私は望んでいない。

「……」

 私が黙り込むと、姫川はバカにするように鼻で笑った。

「騒がないならついてきてくれますか?」

 私の選択肢は一つしかなかった。
 ついていくしかない。
 それに、ラブホテルに連れていかけるとは限らない。姫川の悪趣味な冗談の可能性もある。
 どちらにしても、話をして彼が落ち着いてくれる事に賭けるしかなかった。
 

 なぜこんな事になってしまったんだろう。

 マッチングアプリなんかに登録しないでいれば、今頃こんなにも惨めな思いなんてしなくて済んでいたはずなのに。
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