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「怪我の処置のために、病院に行こう」
水津は私を車に乗せると、返事も聞かずに運転を始めた。
血は出ていないし痕は残らないような怪我なので大袈裟だと私は思った。
「いいよ。その、たいした怪我じゃないし」
部屋で手当てすればいいような事なのに、病院に連れていってもらうのは申し訳ない。
「怪我の治療もだけど、診断書を貰っておいた方が何かと有利だから」
それは、どういう事なのだろうか?水津の言葉の意味がわからなくて首を傾ける。
「今回は凛子が怪我をさせられたわけだし、向こうが変な噂を流しても診断書があればこっちに有利だよ。被害者だからね。まぁ、そんな事しないと思うけど」
そう言われて私は驚く。診断書を貰うなんて発想はなかった。
自分が被害者だと分かれば確かに何か言われる事はないだろう。
「え、そうなの?」
「まぁ、証拠さえあればなんとかなる。被害届とかも出せるよ。する?」
そんな事考えもしなかった。今更だが。考えてみれば同期に吊し上げされたあの時に、被害届を出そうと思えば出来たのだ。
だから、会社もあそこまで分かりやすく処分したんだと今気がついた。
でも、今回の件は被害届なんて大事にしすぎだと思う。あの子達の将来もあるのでやめた方がいい。
私は首を横に振って「そんな事しなくていい」とだけ水津に言った。
「本当はあの時……」
水津は口を開きかけてやめた。
「何?」
私はそれが気になって彼に聞くが、ふわりと笑い誤魔化した。
「何でもない……」
怪我は思っていた通りたいしたことはなかった。軽く消毒をして処置はそれで終了した。
ガーゼをする必要はなく数日したら傷は綺麗に治ると医師から説明された。
診断書を書くように水津が言うと医師は嫌な顔ひとつせずに書いてくれた。
二人とも親しげに話しているので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
「その、ありがとう、本当にごめんなさい」
私はちゃんと部屋に送り届けられて水津に改めてお礼を言った。そして、迷惑をかけたことを謝った。
彼はなぜか申し訳なさそうな顔をして私を見た。
「気にしなくていい、凛子は被害者なんだよ?」
「そうかもしれないけど、水津くんが巻き込まれたような感じになっちゃったでしょう?」
私は心の底で水津の事を信用していない。
だけど、彼との関係を拗らせない為には、表面上では彼の事を信用している態度をとらなくてはならない。
もし、今回の件は水津が進藤を唆したとしてもだ。
だから私は謝った。彼も言い分だけ聞けば被害者なのだから。
「凛子が巻き込まれた方なんだよ。進藤の事は俺の落ち度だ。本当にすみません」
水津は言いにくそうに謝った。ふと私の鞄の方に視線を向けるとさらに顔を歪めた。
「鞄、壊れちゃいましたね」
水津は目を申し訳なさそうに伏せて、私が握りしめていた千切れた鞄の紐のところをそっと指先で触った。
「うん、大丈夫。新しいのを買うから」
「本当にごめん。俺が買ってもいいですか?」
水津は再び申し訳なさそうに謝った。今日は謝ってばかりじゃないか。
「そんなこと、しなくてもいいよ」
謝られても、もうどうしようもない事だし仕方がない。悲しいけれど壊されたこの鞄は戻ってこないのだ。
「俺の気が済まないんだけど、凛子が嫌なやめるよ」
水津はそれ以上は何も言わなかった。
「ありがとう。気持ちはとても嬉しいから、それだけは貰っておくね」
私が感謝の気持ちを伝えると、水津の顔が近付いてきた。
キスされる。
私はそう思って反射的に顔を逸らした。
彼を疑いつつも心惹かれている。認めるしかなかった。
だけど、彼は何とも思っていない相手とも平気でキスができるのだ。進藤の時もそうだった。
「き、キスはダメ」
私が嫌がると水津はハッと気がついた表情になり悲しそうに顔を歪めた。
「ごめん。そうだったね」
水津は私の頬にそっと唇を落とした。口づけは優しくて、また、胸が苦しくなった。
その日、水津は私を抱き締め手を握りながら眠りにつくまで側に居てくれた。
溶けていく意識の中で「おやすみなさい。また、明日」と優しく囁く水津の声。しっとりと濡れた息を唇に感じた。
それなのに、心の底にある不信感というものは根を張るようにいつまでも消えなかった。
水津は私を車に乗せると、返事も聞かずに運転を始めた。
血は出ていないし痕は残らないような怪我なので大袈裟だと私は思った。
「いいよ。その、たいした怪我じゃないし」
部屋で手当てすればいいような事なのに、病院に連れていってもらうのは申し訳ない。
「怪我の治療もだけど、診断書を貰っておいた方が何かと有利だから」
それは、どういう事なのだろうか?水津の言葉の意味がわからなくて首を傾ける。
「今回は凛子が怪我をさせられたわけだし、向こうが変な噂を流しても診断書があればこっちに有利だよ。被害者だからね。まぁ、そんな事しないと思うけど」
そう言われて私は驚く。診断書を貰うなんて発想はなかった。
自分が被害者だと分かれば確かに何か言われる事はないだろう。
「え、そうなの?」
「まぁ、証拠さえあればなんとかなる。被害届とかも出せるよ。する?」
そんな事考えもしなかった。今更だが。考えてみれば同期に吊し上げされたあの時に、被害届を出そうと思えば出来たのだ。
だから、会社もあそこまで分かりやすく処分したんだと今気がついた。
でも、今回の件は被害届なんて大事にしすぎだと思う。あの子達の将来もあるのでやめた方がいい。
私は首を横に振って「そんな事しなくていい」とだけ水津に言った。
「本当はあの時……」
水津は口を開きかけてやめた。
「何?」
私はそれが気になって彼に聞くが、ふわりと笑い誤魔化した。
「何でもない……」
怪我は思っていた通りたいしたことはなかった。軽く消毒をして処置はそれで終了した。
ガーゼをする必要はなく数日したら傷は綺麗に治ると医師から説明された。
診断書を書くように水津が言うと医師は嫌な顔ひとつせずに書いてくれた。
二人とも親しげに話しているので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
「その、ありがとう、本当にごめんなさい」
私はちゃんと部屋に送り届けられて水津に改めてお礼を言った。そして、迷惑をかけたことを謝った。
彼はなぜか申し訳なさそうな顔をして私を見た。
「気にしなくていい、凛子は被害者なんだよ?」
「そうかもしれないけど、水津くんが巻き込まれたような感じになっちゃったでしょう?」
私は心の底で水津の事を信用していない。
だけど、彼との関係を拗らせない為には、表面上では彼の事を信用している態度をとらなくてはならない。
もし、今回の件は水津が進藤を唆したとしてもだ。
だから私は謝った。彼も言い分だけ聞けば被害者なのだから。
「凛子が巻き込まれた方なんだよ。進藤の事は俺の落ち度だ。本当にすみません」
水津は言いにくそうに謝った。ふと私の鞄の方に視線を向けるとさらに顔を歪めた。
「鞄、壊れちゃいましたね」
水津は目を申し訳なさそうに伏せて、私が握りしめていた千切れた鞄の紐のところをそっと指先で触った。
「うん、大丈夫。新しいのを買うから」
「本当にごめん。俺が買ってもいいですか?」
水津は再び申し訳なさそうに謝った。今日は謝ってばかりじゃないか。
「そんなこと、しなくてもいいよ」
謝られても、もうどうしようもない事だし仕方がない。悲しいけれど壊されたこの鞄は戻ってこないのだ。
「俺の気が済まないんだけど、凛子が嫌なやめるよ」
水津はそれ以上は何も言わなかった。
「ありがとう。気持ちはとても嬉しいから、それだけは貰っておくね」
私が感謝の気持ちを伝えると、水津の顔が近付いてきた。
キスされる。
私はそう思って反射的に顔を逸らした。
彼を疑いつつも心惹かれている。認めるしかなかった。
だけど、彼は何とも思っていない相手とも平気でキスができるのだ。進藤の時もそうだった。
「き、キスはダメ」
私が嫌がると水津はハッと気がついた表情になり悲しそうに顔を歪めた。
「ごめん。そうだったね」
水津は私の頬にそっと唇を落とした。口づけは優しくて、また、胸が苦しくなった。
その日、水津は私を抱き締め手を握りながら眠りにつくまで側に居てくれた。
溶けていく意識の中で「おやすみなさい。また、明日」と優しく囁く水津の声。しっとりと濡れた息を唇に感じた。
それなのに、心の底にある不信感というものは根を張るようにいつまでも消えなかった。
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