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「じゃあ、また少しずつ決めていきますか?」
「ええ、そうしましょう」
お互いそう頷きあって柏木はデスクに向かった。
ライブの予定を決めている途中で少しずつ出社してくる社員が出てきたので、今日はそこまでにした。日数はそれなりにあるし、 まだきちんと決めなくても大丈夫だろう。
その時に、退職するつもりだと伝えよう。それが、親しくなった筋だと思うから。それと、柴多にも伝えておかなくては、二人は口は堅いと思うので、その後に上に話そう。
「やる事は多いけど、楽しみだわ」
柏木とライブに行く事を楽しみにしても罰は当たらないと思う。それだけ、水津と居る事が楽しかったから。
最後にもう一回海に行きたかった。結局あの一回しか海には行けなかったし、波が強くて近くでは見られなかったから。二度と叶わない願いだけれど……。
自分から水津を切ってしまったから。俯くのだけはやめよう。と自分に言い聞かせる。そして、いつも通りの仮面を貼りつけて同僚に挨拶をした。
水津に自分の沈んでいるところなんて見られたくなかった。痛手を負ってるなんて思われたくもない。
いつも通りの平気そうな顔をするんだ。そうしないとあの男に食い物にされてしまうから。
大丈夫だと自分に言い聞かせていると、水津がフロアにやって来た。
いつも通りにと自分に言い聞かせる。
「おはようございます」
水津はいつも通りの笑顔を顔に貼り付けて挨拶をしてきた。私達の関係は上司と部下以外の何もないように見えるだろう。
私達は何もなかったのだ。誰もそれには気がつかない。それが少しだけ寂しいけれど。
「おはようございます」
私もいつも通りの挨拶を返した。そして、いつもより少しだけ早く私は彼から目を反らした。
水津はきっと私が目を反らすよりも先に別の方を向いているだろう。
もう、私なんて視界にも入れる価値なんてないのだから。
本当に何もなかったかようだ。いや、彼にとっては始まってもいなかったのだ。
週末で彼は心の整理をし終わったはずだ。本当に少しだけ心がチクリと痛んだが、そんな事で水津に食ってかかるほど私は純粋なんかじゃない。
大丈夫。私はちゃんと弁えてる。いや、違うか、弁えられないから退場するのか。
意外にも水津が睨み付けてきたりしなくて驚いた。最初に出会った時の態度に戻ると思っていたけれど。
水津を避けようと思えばいくらでもできるが、上司としてそれはしないでおこう。
私は自分の役割をちゃんと果たしてから辞めるんだ。
これから、退職するまでの間に小さな針で刺され続けるような、痛くて、耐えられる辛さを味わい続けるのだろう。
あぁ、だけど。私はある事を思い出す。
針で刺され続ける刑になった罪人は、その痛みで「早く殺してくれ!」と叫びながら頭がおかしくなったという話しを聞いた事がある。
状況は全く違うけれど、辛いことが続けば人は耐えきれなくなるのかもしれない。
これ以上水津に何かされたら私はきっと耐えられない。気がした。
しかし、彼の目的は復讐で遊びなんかで近づいたわけではない。次に何をするつもりなのか、考えるのが怖かった。
ふと顔を上げると水津はすでに居なくなっていた。彼は自分のデスクにいて同僚と談笑していた。
この男のために辞めるのが癪だ。だけど、ここにいるのも耐え難い。
淡々と仕事をして味のない弁当食べて、アパートに帰ると孤独で胸が押しつぶされそうだ。
温かく私を包んでくれた水津はもういない。耐えきれなくて映画館に行った。それでも、眠る時は部屋に帰るのだ。
「眠れない……」
ベッドに入るけれど眠れず私は何度も寝返りをうった。
そういえば、土日も同じように眠れなかった気がする。これが続くなら仕事に触る。
「痛み止めと一緒に睡眠薬も出してもらおうかしら」
私の呟きは暗闇の部屋の中に溶け込んだ。
プルルルルル……。
深夜だというのに着信音が部屋に響いた。私は聞きたくなくて布団の中に潜り込み目を閉じる。
それは、『水津に騙されたお前は馬鹿だ』と、嘲笑うように部屋に響き続けた。
着信音が途切れても、ずっとそれが頭の中で鳴り響いているような気がした。
「ええ、そうしましょう」
お互いそう頷きあって柏木はデスクに向かった。
ライブの予定を決めている途中で少しずつ出社してくる社員が出てきたので、今日はそこまでにした。日数はそれなりにあるし、 まだきちんと決めなくても大丈夫だろう。
その時に、退職するつもりだと伝えよう。それが、親しくなった筋だと思うから。それと、柴多にも伝えておかなくては、二人は口は堅いと思うので、その後に上に話そう。
「やる事は多いけど、楽しみだわ」
柏木とライブに行く事を楽しみにしても罰は当たらないと思う。それだけ、水津と居る事が楽しかったから。
最後にもう一回海に行きたかった。結局あの一回しか海には行けなかったし、波が強くて近くでは見られなかったから。二度と叶わない願いだけれど……。
自分から水津を切ってしまったから。俯くのだけはやめよう。と自分に言い聞かせる。そして、いつも通りの仮面を貼りつけて同僚に挨拶をした。
水津に自分の沈んでいるところなんて見られたくなかった。痛手を負ってるなんて思われたくもない。
いつも通りの平気そうな顔をするんだ。そうしないとあの男に食い物にされてしまうから。
大丈夫だと自分に言い聞かせていると、水津がフロアにやって来た。
いつも通りにと自分に言い聞かせる。
「おはようございます」
水津はいつも通りの笑顔を顔に貼り付けて挨拶をしてきた。私達の関係は上司と部下以外の何もないように見えるだろう。
私達は何もなかったのだ。誰もそれには気がつかない。それが少しだけ寂しいけれど。
「おはようございます」
私もいつも通りの挨拶を返した。そして、いつもより少しだけ早く私は彼から目を反らした。
水津はきっと私が目を反らすよりも先に別の方を向いているだろう。
もう、私なんて視界にも入れる価値なんてないのだから。
本当に何もなかったかようだ。いや、彼にとっては始まってもいなかったのだ。
週末で彼は心の整理をし終わったはずだ。本当に少しだけ心がチクリと痛んだが、そんな事で水津に食ってかかるほど私は純粋なんかじゃない。
大丈夫。私はちゃんと弁えてる。いや、違うか、弁えられないから退場するのか。
意外にも水津が睨み付けてきたりしなくて驚いた。最初に出会った時の態度に戻ると思っていたけれど。
水津を避けようと思えばいくらでもできるが、上司としてそれはしないでおこう。
私は自分の役割をちゃんと果たしてから辞めるんだ。
これから、退職するまでの間に小さな針で刺され続けるような、痛くて、耐えられる辛さを味わい続けるのだろう。
あぁ、だけど。私はある事を思い出す。
針で刺され続ける刑になった罪人は、その痛みで「早く殺してくれ!」と叫びながら頭がおかしくなったという話しを聞いた事がある。
状況は全く違うけれど、辛いことが続けば人は耐えきれなくなるのかもしれない。
これ以上水津に何かされたら私はきっと耐えられない。気がした。
しかし、彼の目的は復讐で遊びなんかで近づいたわけではない。次に何をするつもりなのか、考えるのが怖かった。
ふと顔を上げると水津はすでに居なくなっていた。彼は自分のデスクにいて同僚と談笑していた。
この男のために辞めるのが癪だ。だけど、ここにいるのも耐え難い。
淡々と仕事をして味のない弁当食べて、アパートに帰ると孤独で胸が押しつぶされそうだ。
温かく私を包んでくれた水津はもういない。耐えきれなくて映画館に行った。それでも、眠る時は部屋に帰るのだ。
「眠れない……」
ベッドに入るけれど眠れず私は何度も寝返りをうった。
そういえば、土日も同じように眠れなかった気がする。これが続くなら仕事に触る。
「痛み止めと一緒に睡眠薬も出してもらおうかしら」
私の呟きは暗闇の部屋の中に溶け込んだ。
プルルルルル……。
深夜だというのに着信音が部屋に響いた。私は聞きたくなくて布団の中に潜り込み目を閉じる。
それは、『水津に騙されたお前は馬鹿だ』と、嘲笑うように部屋に響き続けた。
着信音が途切れても、ずっとそれが頭の中で鳴り響いているような気がした。
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