私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら

文字の大きさ
37 / 63

絶望

しおりを挟む
サブリナの絶望

 クラウスの容態は日に日に悪くなっていった。

「クラウス様」
「やあ、もう実家に帰ったらどうだい?」
「帰るわけにはいきませんわ」

 クラウスの軽口に私は首を振る。
 
「毎日のように来てくれて、どっちが妻かわからないね。まあ、僕がアルネに来ないでくれって頼んでいるんだけどね」

 弱った姿を見せたくないのだろう。
 クラウスは、冗談めかしてそう言う。

「……あのさ、僕が死んだら帰った方がいいよ」

 澄んだ青い目が私を見据えている。
 純粋な心配から言っていることに気がついた。
 彼が、彼だけが私に優しくしてくれたのだ。
 せめて、最後まではそばにいたかった。

 けれど、クラウスはあっけなく亡くなった。

 これ以上に、耐えがたい苦しみを味わったのは、クラリスを亡くした時以来だった。

 熱を出した彼女の看病をしている間に、うたた寝をしていて、気がついたらクラリスは冷たくなっていた。

「クラウス様」

 アルネがポロポロとクリスタルのような涙を流して、クラウスを亡くしたことを悲しんでいる。
 でも、わたしにはそれが演技にしか見えなくなっていた。

 なぜなら、アルネとジークムントにとっての邪魔者は、クラウスと私なのだから。

 クラウスの葬儀も終わり落ち着いた頃に、アルネが毒を飲み苦しんでいると知った。

 その薬を飲ませたのは私らしい。

 なんでも、アルネの近しい侍女が私に脅されてやったそうだ。
 それに、私の家族も絡んでいるようだ。

 当然身に覚えがない。

 何もかも全てが馬鹿馬鹿しくなっていた。

「サブリナ、話をしてくれないか?本当の事を話してくれたら死なずに助ける事ができる」

 私がやったと信じて疑わない口調。
 
「貴方と話す意味がありますか?どうせ親しい人の言う事しか信用しないのでしょう?時間の無駄だわ。さっさと殺しなさいよ」
「……」
「貴方とアルネがお互いに配偶者がいるくせに思い合ってるのを私は知っているわ。汚らしい」
「……!」
「人を裏切って、汚らしい人たちね。こうならないように行動だってできたはずなのに、恥ずかしくないのかしら?」
「この……!」

 ジークムントは、私の腕を掴むと地下牢へと連れて行った。

「本当の事を話せば助けてやるから」

 何を言っているのだろうか、人の話など聞かない偽善者のくせに!
 だったら、私は……。

「どうしてっ、許さない!アルネを殺してやる!」

 ジークムントを愛するふりをして、殺されてやろうと思った。
 後になって自分たちがした仕打ちを知ればいい。
 調査をすれば偽造した証拠の粗など全て見つかるはずだ。
 
「君を愛さなかった事は、申し訳ないと思っている」

 やっと聞けたジークムントの本音に、私は声を出して笑いそうになった。
 人の人生を巻き込んで、何人もの人を不幸にして成り立つ幸せなど存在しない!

「偽善者、そうやって死ぬまで他人のせいにして生きていろ!」
「アルネを手にかけようとしたことは許せない」

 ジークムントは、腰にかけていた剣を取り出して瞬く間に私の首に剣先が届く。
 全てが終わると思った瞬間。

 走馬灯が流れた。

 自分の人生に絶望はない。生きる気力も死ぬ気力もなかったから。
 後悔と深い絶望があるとしたら、それはクラリスだ。

 ひっそりと息を引き取ったあの子。
 誰よりも大切な一目見ただけで愛さずにはいられないあの子。
 何よりも大切なあの子。

 ……誰か助けて欲しい。私を助けて欲しいのではない。クラリスを助けて欲しい。
 私は死んで消えてしまってもいい。
 私は、誰からも、クラリスからも愛されなくても結構だ。

 誰でもいいから、あの子を助けて、そして、誰よりもあの子を愛してほしい。

 クラリスがくれた指輪がある場所が熱くなった気がした。
 首と胴が離れたのを感じた。

 視界はすぐに真っ暗になり。意識は光に包まれた。

 意識が光に溶け込む瞬間。
 なぜわからないけれど、誰かが私に「なり損ないの魔女、君の願いは聞き入れた。対価はもらうけど」と声をかけてくれたような気がした。

 再び目を覚ました時、私は私になっていた。
 正確に言えば、私の意識の一部になっていたのだ。

 私の体には別の意識が入っていた。

 そして国王からの縁談話が持ち込まれた日、私は私の中に完全に取り込まれた……。

「クラリス!」

 私は勢いよく飛び起きた。
 頭は恐ろしいほどにクリアになっていて、今なら大嫌いな数学の文章問題もスラスラと解けそうな気がする。
 ガチャリと唐突にドアが開いた。
 ドアを開けたのは、いつもお世話になっている使用人で、笑顔で「おはよう」と声をかけると、人ができないような顔芸をした。

「ぎぁぁぁあ!?」

 使用人は断末魔のような悲鳴をあげて部屋から飛び出して行った。

「元気ねぇ」

 何も知らない私は呑気にそんな事を呟いていた。
 
 
 
 


~~~

魔女が異世界から連れてきた。逆境に強い屈強な別人の魂だったってオチでした。
しおりを挟む
感想 129

あなたにおすすめの小説

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。 ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。 オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。 「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」 別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。 身勝手な要求にアイラは呆れる。 ※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。

冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角
恋愛
公爵令嬢ヴィオレッタは、聖女を害したという無実の罪を着せられ、婚約者である王太子アレクサンダーによって断罪された。 「お前のような性悪女、愛したことなど一度もない!」 彼が吐き捨てた言葉と共に、ギロチンが落下し――ヴィオレッタの人生は終わったはずだった。 しかし、目を覚ますとそこは断罪される一年前。 処刑の記憶と痛みを持ったまま、時間が巻き戻っていたのだ。 (またあの苦しみを味わうの? 冗談じゃないわ。今度はさっさと婚約破棄して、王都から逃げ出そう) そう決意して登城したヴィオレッタだったが、事態は思わぬ方向へ。 なんと、再会したアレクサンダーがいきなり涙を流して抱きついてきたのだ。 「すまなかった! 俺が間違っていた、やり直させてくれ!」 どうやら彼も「ヴィオレッタを処刑した後、冤罪だったと知って絶望し、時間を巻き戻した記憶」を持っているらしい。 心を入れ替え、情熱的に愛を囁く王太子。しかし、ヴィオレッタの心は氷点下だった。 (何を必死になっているのかしら? 私の首を落としたその手で、よく触れられるわね) そんなある日、ヴィオレッタは王宮の隅で、周囲から「死神」と忌み嫌われる葬儀卿・シルヴィオ公爵と出会う。 王太子の眩しすぎる愛に疲弊していたヴィオレッタに、シルヴィオは静かに告げた。 「美しい。君の瞳は、まるで極上の遺体のようだ」 これは、かつての愛を取り戻そうと暴走する「太陽」のような王太子と、 傷ついた心を「静寂」で包み込む「夜」のような葬儀卿との間で揺れる……ことは全くなく、 全力で死神公爵との「平穏な余生(スローデス)」を目指す元悪女の、温度差MAXのラブストーリー。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...