非日常的短編集

伽葉 ナツキ

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侵・宇宙歴2026年

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「死光帝陛下、お目覚めでございますか」

 黒曜の輝きを放つ小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンに問うと、しばし後に反応があった。

【……我が息子、ダイ・ラオ・ガウド・ジュナ・アルオ……。そなたとまみえるのは、二万年ぶりのようだな……】

 宙に浮くの小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーン表面近くの空間が歪み、真紅の渦が浮かび、その奥から重い息継ぎ音が発せられた。

 死光帝の26789体目の末皇子は、漆黒のマントを羽根のように揺らし、恭しく膝を付く。
 全身を覆う重合金の鎧は、船外のそらよりも暗く碧い。
 
 背後に控える一万人の従士たちの鎧も同じ色だ。
 死光帝の言葉に平伏し、首元の一対の触手を振り、畏敬の念を表す。

 偉大なる『死光帝グラハド・ラオ・ガウドロ・ジード・ロウ』――。
 数多の星を侵略した帝国『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』を、九千万年に渡って治める王帝である。
 降伏した星の住人たちは改造され、皇子や兵士たちの鎧となり、纏う者の糧となる。
 生命力が尽きた鎧は、即座に宇宙に廃棄されるのだ。
 代わりの鎧は、いくらでも造れるゆえに。


【……ダイ・ラオ・ガウド・ジュナ・アルオよ。地球の様子は?】

「ようやく、宇宙に進出を始めました。進化の遅い愚鈍なる種族……鎧に適するまで進化するには、五千年は要するでしょう。今すぐに星ごと砕き、代わりとなる種族の捜索に出る方策をお考えになるべきかと」
 
 皇子は思わせぶりに答えたが、死光帝は拒否を示す唸りを上げる。

【ならぬ。地球種族の牡人は、鎧として活用せよ。牝人は、わが種の存命に利用せよ。我は、しばし眠る……】

「かしこまりました。では、今しばらく監視を続けます。死光帝陛下、午睡あそばされませ」

 皇子は立ち上がり、拝礼した。
 従士たちも見事に揃った動きで跪き、「死光帝陛下に永遠の栄えあれ!」と唱和する。
 
 やがて死光帝の息継ぎが収まり、皇子は宰相に後を任せて自室に転移した。

 
 部屋の床は黒曜に輝き、壁と天井には宇宙が映し出されている。
 無数の星の果ては見えず、冷たい沈黙だけに支配された場所だ。

(父王陛下も老い召された……)
 皇子の黒銀の瞳に、輝く星々が映る。
 
 『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』も、永遠ではない。
 しゅとして著しく弱体化し、七つ前に通過した銀河系で生まれた皇子の後には、新たな命は生まれていない。
 死光帝は小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンに意識を移して存命しているが、兄皇子たちの半分以上の命は尽きた。
 残る兄皇子たちも、支配下の星で余生を過ごしている。
 体が、星間航行に耐えられないのだ。
 

 小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンを造った技師も既に亡く、後代の技師たちは表面の装甲パネルを交換することしか出来ない。
 意識を移した内部ユニットの構造は、解析不能な失われた技術ロス・アキュアなのだ。

 地球種族の新鮮な命なら、滅びへの道を辿り始めた『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』を救えるかも知れないと、一部の重臣たちは考えているが――
 
 
 皇子は、高位の従士を『念』で呼ぶ。
 たちまち、従士は跪いた姿勢のままで出現した。
 その忠義ぶりに感謝しつつ、脱いだマントを渡す。
 
「我は、地球種族の監視に出向く。我が身と鎧を頼む」
「承知いたしました。しかし、皇子殿下が直々にお出向きとは、何とも羨ましい下等種族でございましょう」
「手間のかかる奴らよ。だが、偉大なる我が帝国の糧となる種族だ。我が眼で進化の度合いを確かめねばならぬ。死光帝陛下のためにも」

 皇子は直立したまま――己の『力』を体の中心部に収縮させた。
 意識は速やかに体を離れ、地球上に生成していた情報収集アキュエイドユニットに転移した。





「おはよう、有人あるとくん」
 同級生の三島千花が、にこやかに手を振った。
 ミディアムボブヘアに、セーラー服が良く似合っている。
 皇子も、笑顔全開で手を振る。

「千花ちゃん、おはよう。今日から高校生だね」
「うん。また、有人あるとくんと同じクラスになれるかな」
「五年前に転校してきてから、ずっと同じクラスだね」
「座席のくじ引きでも、必ず横並びとか縦並びだよね」
「僕の名字がみさきだから、出席番号も並んでるし。神様のイタズラかな」

 皇子は、のほほんと笑い返す。
 僕の能力で、同じクラス・並びの座席になるよう制御しました――とは言えない。
 
 彼女に、自分の正体を知られてはいけない。
 地球種族の若い娘に本気で恋していることも、故国に知られてはいけない。

 まあ、地球種族が『ペット』と呼ぶ生物と戯れるようなものだ。
 バレた時は、そう言い訳すればいい。


「千花ちゃんは、部活に入るの?」
「茶道部にしようかと思ってるの。文化祭では、着物を着てお茶をてるんだって」
「じゃ、僕も入ろうかな?」
「良かった~。有人あるとくんが一緒なら嬉しい!」

 天真爛漫に微笑む彼女は、とても愛らしい。
 風に揺れる髪からは、良い匂いがする。
 その匂いをかぐと、情報収集アキュエイドユニットの温度が上がり、空に舞い上がるような錯覚に捕らわれてしまう。
 
 
(いいさ。侵略なんて、まだまだ先の話だし。この体は軽くて快適だし、何より地球で過ごすのは楽しい)
 
 故国のことを隅っこに追いやり、手のひらを差し出すと……少女は遠慮がちに、その指先に触れた。
 皇子は、優しくその手を握る。
 少女の指は、とても温かい。
 とても柔らかくて心地良い。

 桜散る道を、二人は並んで歩く。
 四月の空は、とても爽やかで――青い。



  * 終わり *
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