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1章 出会い、そして運命は動く
3話 見えない何かが足元にいる
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新英中学校三年二組――。
二学期終業式の今日も、緊張感は消えない。
高校入試という一大イベントを控え、浮かれている隙はない。
それでも、多少は気を緩める生徒もいる。
和樹も席に着き、周囲を見回した。
ひと足先に教室に入った久住さんは、仲良しの大沢真澄さんと向き合っていた。
久住さんと一緒に教室に入るのは気恥ずかしく、いつしか時間差で着席するようになった。
「うん。お祖母さまと暮らしてるんだって。それがね、アイドルの三木瞳ちゃんに似てるんだよ」
久住さんは、登校時に出会った少女について話している。
顔面から雪に突っ込む恥態をさらしたが、あの後は一緒に登校した。
「今日から、新英中学にお世話になるんです。よろしくお願いします」
少女はアルト気味の声で丁寧に話し、会釈した。
ミディアムロングの艶めく髪が頬に掛かり、平安装束の少女の幻像と重なる。
二人の少女は、目鼻立ちも双子のように似ていた。
国語や古文が得意な和樹は、平安時代の装束にも詳しい。
頭から衣を被ったスタイルは、平安から鎌倉時代の高貴な女性の旅装だ。
しかし――少女は、確かに「中将さま」と言った。
ある書籍には、『中将』は平安女性たちの憧れの官位と記されていたが――
(はは……僕が女性の憧れねえ……)
凡々たる我が顔を思って苦笑し、久住さんたちに目を向けた。
女子が二人増えており、話題は冬休みの講習に切り替わっている。
大沢さんは帯広の農業高校の推薦入試、他の三人は市内の高校の一般入試を受けるらしい。
それとなく会話に聞き入っていると――違和感を感じた。
自然と、床に目が吸い寄せられる。
(ん……?)
和樹は、久住さんの足元を注視した。
そこには何もない。
だが、気配を感じる。
何かがいる気配がする。
それは机の間を通り、こちらに近付いて来る。
見えないのに、それが分かる。
(……何だって!?)
和樹は、椅子ごと後ろにずれる。
ギイッと音が鳴り、後ろの席で寝ていた男子が顔を上げた。
(おい、まさか幽霊か!?)
しかし、母と違って霊感はない。
なのに、何かが足元で立ち止まったのが分かる。
信じがたい感覚に慄きつつ、足元を睨む。
それは、足元から動かない。
タブレットと向き合う左席の女子も、ぼうっと黒板を眺める斜め前の男子も、異変に気付いていない様子だ。
覚悟を決め、前のめりになり、そろそろと足元に手を伸ばす。
気のせいだ、何もない、何もいない――
唱えつつ、指先を振っていると――触れた。
見えない何かに触れた。
毛に触れた感覚と、冷たさに指がすくむ。
同時に『声』が体内を突き抜ける。
『おばさま、お花とドッグフードです。チロちゃんに……』
『ううっ……チロぉ……』
『ごめんね、昌也。母さんが、しっかり抱いていれば……』
『チロ……チロぉ……』
『母さんのせいじゃないよ。心臓が弱ってたし……寿命だったんだ』
『あの……叔父と連絡が取れました。三十分ほどで着くそうです』
『ありがとう、一戸くん。お坊さまにお経まで頂けるなんて……』
『ぜひ、一緒にお見送りさせてください』
「ま、さ、か……」
記憶の扉が開き、あの日が鮮明によみがえる。
二年前の春、上野家の愛犬のチロが亡くなり、放課後にみんなで弔問に行った。
上野の母親の手縫いの服を着たチロは、小さな棺の中で花に埋もれていた。
久住さんと大沢さんも号泣し、チロは火葬車で荼毘に付されたのだった――。
「おっはよ~! ナシロくん、顔が引きつってるけど幽霊でも見まちたか~?」
現れた上野は、元気よく和樹に手を振る。
マッシュルームカットで、生まれつきのダークブラウンヘアの彼は、顔立ち華やかだった。
左目の下に泣きぼくろがあり、カラッとした性格で女子にも人気がある。
「……いえ、みてません……」
和樹は首を振って否定したが、上野は唇をプクッと尖らせる。
「あぁん。交際歴十年以上で、お席も並んでるのに冷たいにょ~」
彼は机にスクールバッグを置き、コートを後ろのハンガーラックに掛けに行く。
すると――床の上の何かは、ジャンプした。
上野の頭に乗ったチロの姿が、鮮明に浮かび上がる。
ブラックタン&ホワイトのチワワで、黄色の首輪をしている。
頭に前足でぶら下がり、嬉しそうに尻尾を振っている。
どこからどう見ても、チロに間違いない。
(……どうなってんだ……)
和樹は困惑に唇を歪ませ、着席した上野の背を見つめる。
このまま、見えない振りをすべきか――
悩んでいると、チャイムが鳴った。
全員が着席し、担任と副担任が入って来た。
二人に続き、制服姿の女生徒も。
時期外れの転校生に、生徒たちはどよめく。
二列向こうに座る久住さんが目配せした。
登校時に出会った少女である。
「ね、すっごいカワイイ人だね」
「ホントだ。三木瞳ちゃんに似てる」
女子生徒たちはささやき、男子生徒たちは無意識にネクタイを正す。
日直の生徒が号令をかけ、型通りの挨拶が交わされ、朝礼が始まった。
「皆さん、おはようございます。今日で二学期が終わります。ですが、今日から新しい仲間が増えました。横浜から越して来た『ほうらい あまね』さんです」
担任の野田みちる先生は、黒板に『蓬莱天音』と記した。
蓬莱さんは粛々と一礼し、自己紹介をする。
「蓬莱天音と申します。北海道は初めてで大雪に戸惑っていますが、この学校で過ごす時間を大切にしたいと思います。よろしくお願いします」
ただ頭を下げただけなのに、育ちの良さがにじみ出ている。
けれど――薄幸そうな雰囲気をも和樹は感じ取っていた。
黒目がちな瞳に、寂し気な影が見える――。
他の生徒たちはそれに気づかないのか、無邪気に「よろしくお願いしま~す」と呼応する。
だが……この時、和樹は驚愕した。
蓬莱さんの右肩の後ろから、青白い大きな手がニュッと出現し、ガッシリと右肩を掴んだのである。
二学期終業式の今日も、緊張感は消えない。
高校入試という一大イベントを控え、浮かれている隙はない。
それでも、多少は気を緩める生徒もいる。
和樹も席に着き、周囲を見回した。
ひと足先に教室に入った久住さんは、仲良しの大沢真澄さんと向き合っていた。
久住さんと一緒に教室に入るのは気恥ずかしく、いつしか時間差で着席するようになった。
「うん。お祖母さまと暮らしてるんだって。それがね、アイドルの三木瞳ちゃんに似てるんだよ」
久住さんは、登校時に出会った少女について話している。
顔面から雪に突っ込む恥態をさらしたが、あの後は一緒に登校した。
「今日から、新英中学にお世話になるんです。よろしくお願いします」
少女はアルト気味の声で丁寧に話し、会釈した。
ミディアムロングの艶めく髪が頬に掛かり、平安装束の少女の幻像と重なる。
二人の少女は、目鼻立ちも双子のように似ていた。
国語や古文が得意な和樹は、平安時代の装束にも詳しい。
頭から衣を被ったスタイルは、平安から鎌倉時代の高貴な女性の旅装だ。
しかし――少女は、確かに「中将さま」と言った。
ある書籍には、『中将』は平安女性たちの憧れの官位と記されていたが――
(はは……僕が女性の憧れねえ……)
凡々たる我が顔を思って苦笑し、久住さんたちに目を向けた。
女子が二人増えており、話題は冬休みの講習に切り替わっている。
大沢さんは帯広の農業高校の推薦入試、他の三人は市内の高校の一般入試を受けるらしい。
それとなく会話に聞き入っていると――違和感を感じた。
自然と、床に目が吸い寄せられる。
(ん……?)
和樹は、久住さんの足元を注視した。
そこには何もない。
だが、気配を感じる。
何かがいる気配がする。
それは机の間を通り、こちらに近付いて来る。
見えないのに、それが分かる。
(……何だって!?)
和樹は、椅子ごと後ろにずれる。
ギイッと音が鳴り、後ろの席で寝ていた男子が顔を上げた。
(おい、まさか幽霊か!?)
しかし、母と違って霊感はない。
なのに、何かが足元で立ち止まったのが分かる。
信じがたい感覚に慄きつつ、足元を睨む。
それは、足元から動かない。
タブレットと向き合う左席の女子も、ぼうっと黒板を眺める斜め前の男子も、異変に気付いていない様子だ。
覚悟を決め、前のめりになり、そろそろと足元に手を伸ばす。
気のせいだ、何もない、何もいない――
唱えつつ、指先を振っていると――触れた。
見えない何かに触れた。
毛に触れた感覚と、冷たさに指がすくむ。
同時に『声』が体内を突き抜ける。
『おばさま、お花とドッグフードです。チロちゃんに……』
『ううっ……チロぉ……』
『ごめんね、昌也。母さんが、しっかり抱いていれば……』
『チロ……チロぉ……』
『母さんのせいじゃないよ。心臓が弱ってたし……寿命だったんだ』
『あの……叔父と連絡が取れました。三十分ほどで着くそうです』
『ありがとう、一戸くん。お坊さまにお経まで頂けるなんて……』
『ぜひ、一緒にお見送りさせてください』
「ま、さ、か……」
記憶の扉が開き、あの日が鮮明によみがえる。
二年前の春、上野家の愛犬のチロが亡くなり、放課後にみんなで弔問に行った。
上野の母親の手縫いの服を着たチロは、小さな棺の中で花に埋もれていた。
久住さんと大沢さんも号泣し、チロは火葬車で荼毘に付されたのだった――。
「おっはよ~! ナシロくん、顔が引きつってるけど幽霊でも見まちたか~?」
現れた上野は、元気よく和樹に手を振る。
マッシュルームカットで、生まれつきのダークブラウンヘアの彼は、顔立ち華やかだった。
左目の下に泣きぼくろがあり、カラッとした性格で女子にも人気がある。
「……いえ、みてません……」
和樹は首を振って否定したが、上野は唇をプクッと尖らせる。
「あぁん。交際歴十年以上で、お席も並んでるのに冷たいにょ~」
彼は机にスクールバッグを置き、コートを後ろのハンガーラックに掛けに行く。
すると――床の上の何かは、ジャンプした。
上野の頭に乗ったチロの姿が、鮮明に浮かび上がる。
ブラックタン&ホワイトのチワワで、黄色の首輪をしている。
頭に前足でぶら下がり、嬉しそうに尻尾を振っている。
どこからどう見ても、チロに間違いない。
(……どうなってんだ……)
和樹は困惑に唇を歪ませ、着席した上野の背を見つめる。
このまま、見えない振りをすべきか――
悩んでいると、チャイムが鳴った。
全員が着席し、担任と副担任が入って来た。
二人に続き、制服姿の女生徒も。
時期外れの転校生に、生徒たちはどよめく。
二列向こうに座る久住さんが目配せした。
登校時に出会った少女である。
「ね、すっごいカワイイ人だね」
「ホントだ。三木瞳ちゃんに似てる」
女子生徒たちはささやき、男子生徒たちは無意識にネクタイを正す。
日直の生徒が号令をかけ、型通りの挨拶が交わされ、朝礼が始まった。
「皆さん、おはようございます。今日で二学期が終わります。ですが、今日から新しい仲間が増えました。横浜から越して来た『ほうらい あまね』さんです」
担任の野田みちる先生は、黒板に『蓬莱天音』と記した。
蓬莱さんは粛々と一礼し、自己紹介をする。
「蓬莱天音と申します。北海道は初めてで大雪に戸惑っていますが、この学校で過ごす時間を大切にしたいと思います。よろしくお願いします」
ただ頭を下げただけなのに、育ちの良さがにじみ出ている。
けれど――薄幸そうな雰囲気をも和樹は感じ取っていた。
黒目がちな瞳に、寂し気な影が見える――。
他の生徒たちはそれに気づかないのか、無邪気に「よろしくお願いしま~す」と呼応する。
だが……この時、和樹は驚愕した。
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