閒冥草祇(まくらのそうし) ~月穹の四将の物語~

伽葉 ナツキ

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1章 出会い、そして運命は動く

4話 父の幽霊、14年ぶりに振りに帰宅する

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「うあああああああああっ!」
 
 和樹は絶叫し、起立した。
 教室中の視線が集まり、副担任の刈谷徹先生が叫んだ。

「何だ!? 神無代かみむしろか、何事だ??」
「すいません、うたた寝して怖い夢を見ましたっ!」

 言い訳が終わらぬうちに、爆笑が渦巻く。
 野田先生は眉間にしわを寄せ、軽く腕を組んでたしなめた。

神無代かみむしろくん。受験勉強は大変だろうけど、寝不足は駄目。注意してね」
「はい、気をつけますっ!」

 和樹は、顔を真っ赤にして着席する。
 蓬莱さんは両手を握り締めて笑いを堪えているようだが、異変に気づいた様子はない。
 奇怪な青白い手に、右肩をガッシリ捉えられているのに――。
 
 眉間の『目が良くなるツボ』を押し、恐々と見つめ直しても、やはり青白い手は見える。
 けれど、上野の頭にぶら下がっていたチロがいない。
 
 不気味な手を怖がって逃げたのだろうか。
 それも無理からぬことだと思ったが――


「では、先生は蓬莱さんとお話があるので、席を外します。後は、刈谷先生の指示に従ってください」

 かくして、野田先生と蓬莱さんは速やかに退室した。
 時期が時期なので、蓬莱さんの祖母を交えて三者面談をするのだろう。


「じゃ、出席を取るぞ。終わったら、体育館で全校集会だ。ピシっとしろよ」
 狩谷先生は、歯切れ良く指示を出す。
 体育会系に見えるが、音楽教師だ。
 けれど、その声は和樹の耳をすり抜けていく。


 ――以降の和樹の記憶は、曖昧だ。
 体育館で校長の訓示を聞き、教室で通知表を渡され、終礼後に久住さんと下校した。
 結局、蓬莱さんは朝礼以後は教室には戻ってこなかった。
 
 久住さんは、これから母親とお出かけらしい。
 彼女は、明後日から塾の冬期講習に参加する。

 和樹はと言うと、動画サイトの『高校受験講座』を視聴するだけだ。
 しかし人生の岐路で、とんでもない怪奇現象に出くわしてしまった。
 

「どうしよう……」
 仏壇の前に座り、父の遺影を手に取った。

 父は、自分が一歳の時に世を去った。
 大雪山系を単独登山して、沢で変わり果てた姿で発見された。
 写真家志望で、遺品となったカメラのSDカードには、色鮮やかな動植物が記録されていた――。

「……父さん……」
 
 呼びかけても、答えはない。
 チロが見えたから『ひょっとして』と淡い期待を抱いたのだが、無駄に終わった。
 そうしてダラダラと時間は過ぎ、午後六時半に母の沙々子は帰宅した。


「どうだった? マキナくんのインタは撮れた? 母さんも映ってた?」
 笑顔で、値引きシールが貼られた弁当をテーブルに置く。
「はい、『いずみ屋』さんのメンチカツ弁当! 母さんのはカキフライね」

「うん。インタも母さんも映ってたよ。豆腐と玉ネギの味噌汁を作っておいたから」
「ありがと。すぐ着替えるね。あ~ん、いつかはマキナくんと共演したいな~」

 母は上機嫌で、洗面所に向かう。
 教室での怪奇現象を相談する雰囲気ではない。
 
(そうだよ。見間違いかもだし……)
 
 思い直しつつ、夕食の支度をする。
 録画した番組を観ながら、母子は和やかに夕食をとった。
 そして午後九時。


「……これで良し、と」
 番組を編集してダビングし、音楽番組を録画したディスクと入れ替える。
 
 入浴後に缶チューハイを飲み、ペンライトを振って推しの歌を聴く。
 母の、ささやかなゴールデンタイムなのだ。

 早く大人になって、母に楽をさせたい――。
 将来を考えていると、次第に怪異の現実味が薄れていく。

「夢だったんだよ。勉強に集中しなきゃ……!」
 小声で言い聞かせ、母と入れ替わりで入浴した。


「ふぅ……」
 全身シャンプーで洗った後に、湯に浸かって深呼吸する。
 筋肉もほぐれ、フワッとした眠気に誘われる。

「……ゆく川の流れは絶えずして……」
 
 眠気覚ましに暗唱していると――違和感が鼻を突いた。
 入浴剤は無色無臭の筈だが、浴室内に花の香りが漂っている。
 桜の香りに似て、どこか懐かしい……。

「……変だな。お湯の匂いかな?」

 湯に鼻を近づけると――ここで湯量の変化に気づいた。
 いつもは脇の上が浸かる程度の量だが、今は顎の下まで達している。

(お湯が増えてる? 入った時は、いつも通りに見えたけど)
 
 立ち上がって確かめようとした時――突然、浴槽から盛大に湯が湧き出た。
 湯は頭を覆い、瞬時に視界が遮られる。

(ぐえっ!)
 
 鼻と口に湯が流れ込み、上下の間隔が失われた。
 さして大きくない浴槽の中で、ありえないことが起きている。
 
 咄嗟に伸ばした左手が浴槽の縁に当たり、どうにかバランスを取って膝で立った。
 鼻と口の中の湯を吐き出し、目の周りをこすった。
 溢れた湯は、これでもかとばかりに排水溝に流れ込んでいる。

 呆然と眺めていると――浴槽の中に、人影が浮かび上がった。
 膝元に、人の背中が見える。
 
 それは――ゆっくりと上半身を起こした。
 前髪をかき上げ、濡れた顔を手で拭っている。

 その容貌を見た和樹は、息を呑む。
 己と似た男が、真向かいにいる――。
 

「和樹……分かるか? お前の父の裕樹ひろきだ」
 湯の中から黒縁メガネを取り出して耳に引っ掛け、唇に人差し指を当てる。

「落ち着いて……大声を出したら、母さんに聞こえるからね」
 父を名乗る男は微笑んだ。
 
 写真で見る父と同じ笑顔が、真正面にある。
 激しく波打つ鼓動を制するように手を当て、浴槽の底に正座した。
 湧き出していた湯は、いつの間にか止まっている。
 

「……父さん……?」

 いまだ半信半疑で訊ねると、相手はうなずいた。

「ああ。父さんは、『黄泉の川』を通ってここに来た。お前の『運命の恋人』は、悪霊たちに狙われている。彼女の名は『蓬莱天音』さんだ。お前は悪霊たちと闘い、退散させなくてはならない」

 唐突に現れた父は、想像を超えた言葉を口にした。
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