閒冥草祇(まくらのそうし) ~月穹の四将の物語~

伽葉 ナツキ

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2章 初陣

6話 黄泉の底の、妖しの国へ

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 午後七時過ぎ――母の沙々子は帰宅した。

「ただいま~。ほら、オードブル頂いて来たわよ」

 今日は、『占いの館』恒例のクリスマスパーティーが開催された。
 母が「息子が待ってるから」と、参加せずに帰宅するのも恒例である。
 持ち帰ったパックには、酢豚・八宝菜・焼売・海老チリ・ごま団子が綺麗に詰められていた。
 
 和樹は座卓のノート類を片付け、夕食の準備をする。
「シメジの味噌汁を作って置いたから。とうもろこしご飯も炊けてるよ」
「ごめんね。勉強が大変な時期なのに」

「平気だよ。それと、昼にお隣のパーティーに呼ばれたんだ。蓬莱さんと大沢さんも来た」
「ああ、昨日転校して来た子ね。お向かいのマンションに住んでるんでしょ?」

「うん。看護師のお祖母ばあさんとね。前は、横浜に住んでたらしいよ」
「そう……着替えるから、ちょっと待っててね」

 母はそれ以上は聞かずに、仏壇のある和室に入って襖を閉めた。
 霊感のある母に、「転校生の肩に不気味な手が乗ってた」とは言いたくなかった。
 ましてや、幽霊の父が現れて「彼女を守るために闘え」と言われたなど、禁句である。

 母にバレないようにと祈りつつ、昼間のパーティーを思い出す。
 
     
  *
  
  *


 少女たちはザッハトルテを頬張りつつ、話に花を咲かせる。

「横浜に住んでたの。でも、父の海外赴任が決まって……私は、日本を離れたくなかったから」
「横浜かぁ……ここは山に囲まれてるから、海沿いの街に憧れちゃう」
「いつかみんなで旅行しようよ。映画の舞台になってたクラシックホテル。あそこに泊まりたい」
「その時は案内するね。神無代かみむしろくんも来る?」

「いや、僕は遠慮するよ……ははははは……」
 蓬莱さんに見つめられ、和樹は笑ってごまかした。
 
 確かに、彼女の顔立ちは整っている。
 肩にかかる髪は緩やかな曲線を描き、睫毛も長い。
 けれど取り澄ました感じはなく、屈託なく笑っている。

 しかし――不気味な腕は、相変わらず彼女の胸元から動かない。
 見せつけるように、青白いオーラを放っている。
 どこ触ってるんだよ、と睨んでも手は消えない。
 
 それに、ミゾレの様子もおかしかった。
 人懐っこい猫だが、隅のベッドから動かず、体を丸めていた。
 チロの幽霊も、蓬莱さんが現れたと同時に姿を消している。
 
 かくして、適当に相づちを打っているうちに、パーティーはお開きとなった――。
  
  
  *
  
  *

 
 綿をちぎったような雪が、窓を打つ。
 
 食後に入浴を終えた母は、推しが出演した番組の録画を見始めた。
 缶チューハイを片手にペンライトを振るのも、いつも通りだ。
 
 その様子を確かめた後、和樹も浴室に入った。
 急いで全身を洗い、浴槽に浸かると――花の香りと共に、湯が溢れ出た。
 昨夜同様に、幽霊の父が浴槽の底から浮かび上がる。


「和樹……成績はどうだった?」
 開口一番に父は訊ねる。
 父の口から出た平凡な言葉が嬉しく、張り詰めていた筋肉が緩む。
 
「うん、志望校には滑り込めると思う。国語と社会で点数を稼げそうだから」
「そうか……」

「うん……」
「……」
 
「父さん。僕……悪霊を追い払いたい」
「和樹……」

「蓬莱さんが何者であれ、しがみ付いてる不気味な腕を放っておけないよ」
「……闘ってくれるか?」

「パーティーにお呼ばれして……みんな、楽しそうだった。僕が頼りがいのある男だとは思わないけど、みんなに災いが降りかかるのを見過ごせない」

 無邪気に笑う三人を思い出し、勇気を振り絞る。
 だが、父の口からは予想外の言葉が飛び出した。

「和樹。蓬莱さんに取り憑く悪霊は、この現世では退治できないらしい。悪霊たちの住処すみかに行かなければならない」
「えっ!?」

 想像を超えた展開に目を丸くする。
 御札おふだでも使って除霊するのかと考えていたが、その予想は大きく外れた。
 さすがに尻込みし、無言で首を横に振る。
 が、父は我が子の上腕に触れて諭す。

「だが、それ以外に手段がないそうだ。霊体離脱をして、悪霊たちの住処すみかに降りる。霊体のお前は、前世の力を発揮できるらしい」

「前世って……」
 また不可思議な話が飛び出し、困惑が深まる。
 父の上司とやらの指示と思われるが、自分の前世が偉人の筈がない。
 反論しようとしたが――あの声が耳を揺らした。


『……中将さま……』

 
 湯の底から聞こえた気がして、思わず浴槽の底を撫でる。
 が、硬い樹脂があるだけだ。

 父を見ると、怪訝な顔をしている。
 今の声は、父には届いていないらしい。
 
 そう、すべては昨日の朝に始まった。
 蓬莱さんに出会い、平安装束の少女の幻を見て、声を聞いた。
 チロの幽霊を見て、奇怪な腕を見て、父の幽霊と向き合っている。

 父の笑顔を見て、父の声を聞いて、父に触れて――
 



「父さん……僕、やってみる。怖いけど、母さんのためにも」

 パーティーで、大好きな人たちを守ると誓った。
 それを思い起こし、決意を込めて頷く。

 
「和樹……ありがとう」
 父の、眼鏡の下の目元が緩む。
「慣れるまでは、父さんが導く。さあ……手を」

 父は、湯の中で両手を差し出した。
 その手に触れたら、後戻りは出来ない。

 瞼を閉じ、手探りで己の手を重ねる。
 互いの温もりが交錯し、眉間に光が集まる。

 光は膨らみ、体を駆け、人形ひとがたの殻を破る。
 見ぬ記憶が、光の内に浮かび上がる。

 母が、生まれたばかりの自分を抱いている。
 父が、自分の小さな手をさすっている。

 その幸せな姿は、スッと遠ざかる。
 まるで、後ろ向きに落下したように。


「父さん……!?」

 叫び、右手を伸ばして掴もうとした。
 だが、おごそかな声に呑み込まれる。

 
 ――三千世みちよの時、訪れたり。
 ――汝が霊名ひいなを唱えよ。



 (……霊名ひいな……)

 ゆるゆると沈みつつ、上を視た。
 遥か水面に、真白ましろの光と化した父がいる。

 水に、血のにおいが混じり始めた。
 落ちて行く先には、真紅の塊がある。
 それは、つぼみが開くように八方に広がっていく。


『汝が名は、カミナヅキである……』

 魂響たまゆらが、静かに貫く。
 血のにおいは、香る水に溶けていく。
 彼は、魂響たまゆらことをなぞった。

「我は、神名月かみなづきの中将……帝都の月照璃宮東門ひがしもんの守護剣士なり……!」
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