わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟

文字の大きさ
12 / 17

12

しおりを挟む
善は急げ、というのがスミス様の口癖でした。だからこそ、私の承諾を耳にした一週間後、再び我が家にやって来て婚約の話を始めました。普通だったら、王子様の婚約内定なのですから、披露宴とかそう言った類のイベントを盛大に行うものでした。でもね、私の性格を把握していたせいか、

「まあ、静かにやろうか」

なんて言い出すものですから、スミス様は本当に私のことをよく理解しているんだと感心しました。

「披露宴をやらないのか???」

皇帝陛下から質問されたそうですが、スミス様はきっぱりと断ったそうです。つまり、内輪だけで粛々そ進めていくという感じでした。私にとっては非常にありがったかったのです。まあ、逆の解釈では、華やかさが欠落している、ということもできたでしょう。事実、貴族社会の間では、披露宴を行わいことが非常に珍しいことだと話題になっておりました。

「スミス様と侯爵令嬢マリアの披露宴……やらないんですってね」

「令嬢にとっては一番の花舞台なのに……何を考えているのかしらね」

「でもまあ、マリアの性格を考えたら、確かにやりそうもないか……」

「まあ、それはそうなんだけどもね……」

華やかさがないというレッテルを張られて……でも、私は今さら何も気にしませんでした。人々が何を言おうと、スミス様が私のことを心から愛してくれるのであれば、それ以上望むものなんてありませんでした。


「お待たせ、マリア!!!」

いよいよ、王宮に入る日がやってまいりました。スミス様はスミス様で、やはり非常に質素なたたずまいでいらっしゃいました。私に気を使っているのか、世間で華やかさが欠落している妃と言われているのを知っているからなのか、とにかく私と同じように質素な装いでした。

「スミス様……お待ちしておりました……」

考えてもみれば、父親の顔を見るのは、下手をするとこれが最後になると思いました。正直なところ、父親の顔を見なくて済むと思うと、安心しました。愛情のない親に育てられた娘の末路……父親は自分の名誉を守るため、自らがうれしくなるため、それしか考えていませんでしたからね。でもまあ、その結果、私もこうしてスミス様と結ばれることになって……幸せを感じているわけですから、その点は感謝してもいいと思いました。結果論ですけどね。

「ありがとうございました」

私は最後、一応父親に挨拶をしておきました。

「お前のほうから挨拶をするなんて珍しいなあ……」

父親は最後まで皮肉たっぷりでした。まあ、そのほうが彼らしいと思いました。

「それでは行ってまいります」

披露宴がないため、父親が王宮に向かうことはありませんでした。

「ああ、行ってらっしゃい……」

娘を送り出す父親……表情だけを見ていると非常に似つかわしくなかったと思います。でも、不思議なことに、この日はいつも以上に緊張しているのか、あるいは持病なのか、両方の腕がプルプルと振るえているようでした。


**********************************************


「憎まれ役を演じたかいがあったな。幸せになりなさい……」


**********************************************


「これから楽しみだね!!!!!」

スミス様のお顔は期待にあふれておりました。思い返せば、あの時がピークだったのかもしれません。それとも、やはり私がいけなかったのでしょうか。正直わからないのです。でもね、あの時の表情がしっかりと脳裏に焼き付いている以上、そこから少しずつ変わっていくスミス様を見るのは、恥ずかしいというか、自分があまりにもふがいないというか、いろいろな感情がごちゃ混ぜになってしまって、収拾がつかなくなってしまったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

もっと傲慢でいてください、殿下。──わたしのために。

ふまさ
恋愛
「クラリス。すまないが、今日も仕事を頼まれてくれないか?」  王立学園に入学して十ヶ月が経った放課後。生徒会室に向かう途中の廊下で、この国の王子であるイライジャが、並んで歩く婚約者のクラリスに言った。クラリスが、ですが、と困ったように呟く。 「やはり、生徒会長であるイライジャ殿下に与えられた仕事ですので、ご自分でなされたほうが、殿下のためにもよろしいのではないでしょうか……?」 「そうしたいのはやまやまだが、側妃候補のご令嬢たちと、お茶をする約束をしてしまったんだ。ぼくが王となったときのためにも、愛想はよくしていた方がいいだろう?」 「……それはそうかもしれませんが」 「クラリス。まだぐだぐだ言うようなら──わかっているよね?」  イライジャは足を止め、クラリスに一歩、近付いた。 「王子であるぼくの命に逆らうのなら、きみとの婚約は、破棄させてもらうよ?」  こう言えば、イライジャを愛しているクラリスが、どんな頼み事も断れないとわかったうえでの脅しだった。現に、クラリスは焦ったように顔をあげた。 「そ、それは嫌です!」 「うん。なら、お願いするね。大丈夫。ぼくが一番に愛しているのは、きみだから。それだけは信じて」  イライジャが抱き締めると、クラリスは、はい、と嬉しそうに笑った。  ──ああ。何て扱いやすく、便利な婚約者なのだろう。  イライジャはそっと、口角をあげた。  だが。  そんなイライジャの学園生活は、それから僅か二ヶ月後に、幕を閉じることになる。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

別れ話をしましょうか。

ふまさ
恋愛
 大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。  お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。  ──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。  でも。その優しさが、いまは辛い。  だからいっそ、わたしから告げてしまおう。 「お別れしましょう、アール様」  デージーの声は、少しだけ、震えていた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...