上 下
45 / 109

ただいま

しおりを挟む
 孤児院では畑の手入れをしたり、子ども達と一緒に遊んだり、夕食を作って食べてり。
 楽しい時間を過ごした。

 とても楽しい時間で、子ども達に「泊まっていって」とねだられたけれど、僕は少しでもはやく宮殿に返って殿下に会いたかった。
「今度はゆっくり遊びにくるからね」 
 牧師様にお礼を言って、僕たちは夕暮れの中、殿下の元に急いだ。

「ただいま戻りました」
 玄関から宮殿に入り、一目散に殿下の書斎に向かう。

 ノックをしたけれど、返事はない。
 そっと扉を開くと、部屋は真っ暗で誰もいない。 

 殿下はどこに?
 あたりを見回していると、扉がバンっと勢いよく開かれた。

 振り返ると
「殿下!」
 息をきらし、肩で息をしている殿下がいた。

「殿下、ただいま戻りま……」
 言い終わらないうちに、殿下は大股で歩いてきた僕を抱きしめる。

「どうして帰ってきた。帰って来なくてよかったのに」
 辛辣な言葉なのに、殿下の声は怯え震えている。

「こんな窮屈な俺の元になんて、帰ってくるな。ユベールはあの孤児院でみんなと笑顔の中、幸せに暮らせ……」
 突き放すような言葉なのに、僕を抱きしめる力はより強くなった。

「僕は殿下のそばがいいです。殿下の隣で笑っていたいです」
「俺は……俺はユベールを笑顔にする方法がわからない」

「僕も殿下を笑顔にする方法がわかりません。でも……僕は殿下を知りたいです。噂の殿下じゃなくて、本当の殿下を」
「知ってどうする。失望するだけかも……しれないんだぞ」

「そうですね。でも失望するよりも前に、僕は殿下を知らなさすぎる。それは殿下も同じです。僕を知ってください」
 今度は僕が抱きしめ返す。

「ただいま戻りました」
「……」
「手紙、嬉しかったです」
「!読んだのか?」
「はい」
「あの牧師め」
 殿下が苦々しく呟く。

「孤児院の子ども達に本をくださたことも、僕の部屋のことも、僕のために選んでくださった本のことも、服や食事のことも聞きました」
「あれほど言うなと言っておいたのに、あのクソクロエ、いいやがったな」
 言葉は悪いのに、殿下のことが可愛くて仕方ないと感じる。

「僕が殿下のことを知りたい気持ちを、どうかお許しください」
 僕がいうと、しばらくの無言の時間が続いたが、
「知って欲しい……」
 殿下の震えは止まっていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

傘使いの過ごす日々

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:65

【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:3,445

思い出して欲しい二人

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:89

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:497pt お気に入り:134

悪役令嬢の中身が私になった。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:553pt お気に入り:2,628

一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:802pt お気に入り:1,125

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,378pt お気に入り:3,343

処理中です...