97 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十話 神と精霊使い(1)
しおりを挟む
◆◆◆
神と精霊使い
◆◆◆
ヘルハルトが根城にしている森はずっと南まで繋がり広がっていた。
恐ろしく広大な緑色の迷宮。
外部の者は足を踏み入れようとはしない。
だが人の気配が無いわけでは無かった。
太古の時代から住む部族達の姿があった。
しかし、そんな彼らですら近づかない領域があった。
それは海に面した南端付近の森。
全体として高温多雨だが、地域によって気候は多少異なる。特に気温の南北差は大きい。
海に面した南端部は常夏であるが、北部は防寒具が必要になるほど冷え込む時がある。
その暖かい南の森は「神に守られた土地」と言われていた。
それは比喩表現では無かった。
ゆえに北の部族達は近寄ろうとはしないのであった。
◆◆◆
北と南の生活レベルには大きな差が存在した。
北の部族達が自然と共に暮らしているのに対し、南は対照的に文明的であった。
南はサイラス達の生活と大差無い。
地域由来の差はある。雨が多いゆえに高床式の住居が多いなどだ。
しかしそれだけである。海に面した港町が多く、外部との貿易は活発。ゆえに人々の生活の中には外国からの輸入品が多数見られる。
南は閉鎖的というわけでは無い。
しかし北の部族達は近寄らない。
北の部族と南の住人達は敵対しているわけでは無い。
なのに近寄らないのは理由があった。
だが、ほとんどの部族達はその理由を忘れてしまっていた。
部族としての自己同一性を守る、残っている理由はそれだけであった。
そして忘れられたその理由は「神」と関係があった。
◆◆◆
南の港町の各所には「信仰の場」と呼ばれる建物があった。
植物のツタやつる、様々な花の文様で装飾された建物。
城と呼べるほどの大きさでは無いが、普通の民家の数倍はある。
そしてその重々しい門を開けて中に入ると、長椅子が並んだ広間がある。
その広間で最初に目を引かれるもの、それは巨大な絵。
両手を合わせて祈りをささげる女の頭から木が生えている、そんな奇妙なものを描いた絵画。
描かれている木は生気にあふれ、絵画一面に枝を伸ばし、様々な実をつけている。
それ自体は美しいが、全体を見るとやはり不気味な印象はぬぐえない。
女の色彩が薄く描かれているゆえに、まるで女が木に寄生されているようにも見える。
そんな巨大な絵が広間の奥にかけられていた。
広間には既に多くの住人が集まっていた。
彼らはこれから始まるある儀式を待っていた。
絵画の下には祭壇があった。
絵や外壁の装飾と同じく、草木をモチーフにした祭壇。
絵と比べても見劣りしないほどに豪華で大きい。
それは「受肉の祭壇」と呼ばれていた。
集まった住人達はその祭壇を見つめ、儀式の始まりを待っていた。
そして間もなく儀式は始まった。
左奥のドアが開き、三人の神官が広間に入場する。
神官達はみな絵の女と同じ衣装を身にまとっていた。
そのうちの一人は両腕に何かを抱えていた。
それは赤ん坊だった。
三人の神官は祭壇の前に並び、赤ん坊を祭壇の上に置いた。
そして中央に立っていた年長者と思われる神官が声を上げた。
「『精霊使い』である私が『神』の声を代弁する!」
精霊使い、その者はそう名乗って言葉を続けた。
「神に仕えし者達よ、聞け! この赤子は神に選ばれた!」
広間に響くほどの大声であったが、赤ん坊が目覚める気配は無かった。
しかし死んでいるわけでは無い。呼吸で胸が上下しているのがわかる。
既に何かをされている、それは間違いなかった。
「祝福せよ! 新たな『神子』の誕生を!」
そして神官は声を上げながら懐からなにかを取り出した。
みせつけるようにそれを持つ手を掲げる。
だが、その手には何も無いように見えた。
しかし違った。
魂や虫の存在を感じ取れる者達にはそれが見えていた。
丸い形状をした虫の集合体。
感知能力者である信者達にはそれは金色に光っているように見えた。
ゆえにそれには見たままの名がついていた。
神官は直後にその名を叫んだ。
「神の許可のもと、この赤子に『黄金の果実』を与える!」
発光して見えるほどに養分を蓄えた力強い虫の塊、それが黄金の果実。
神官はそれを掲げたまま視線を赤子のほうに落とし、
「神の祝福をその身に宿し、我等にさらなる繁栄をもたらしたまえ!」
赤子の頭部に向かって、果実を振り下ろした。
神と精霊使い
◆◆◆
ヘルハルトが根城にしている森はずっと南まで繋がり広がっていた。
恐ろしく広大な緑色の迷宮。
外部の者は足を踏み入れようとはしない。
だが人の気配が無いわけでは無かった。
太古の時代から住む部族達の姿があった。
しかし、そんな彼らですら近づかない領域があった。
それは海に面した南端付近の森。
全体として高温多雨だが、地域によって気候は多少異なる。特に気温の南北差は大きい。
海に面した南端部は常夏であるが、北部は防寒具が必要になるほど冷え込む時がある。
その暖かい南の森は「神に守られた土地」と言われていた。
それは比喩表現では無かった。
ゆえに北の部族達は近寄ろうとはしないのであった。
◆◆◆
北と南の生活レベルには大きな差が存在した。
北の部族達が自然と共に暮らしているのに対し、南は対照的に文明的であった。
南はサイラス達の生活と大差無い。
地域由来の差はある。雨が多いゆえに高床式の住居が多いなどだ。
しかしそれだけである。海に面した港町が多く、外部との貿易は活発。ゆえに人々の生活の中には外国からの輸入品が多数見られる。
南は閉鎖的というわけでは無い。
しかし北の部族達は近寄らない。
北の部族と南の住人達は敵対しているわけでは無い。
なのに近寄らないのは理由があった。
だが、ほとんどの部族達はその理由を忘れてしまっていた。
部族としての自己同一性を守る、残っている理由はそれだけであった。
そして忘れられたその理由は「神」と関係があった。
◆◆◆
南の港町の各所には「信仰の場」と呼ばれる建物があった。
植物のツタやつる、様々な花の文様で装飾された建物。
城と呼べるほどの大きさでは無いが、普通の民家の数倍はある。
そしてその重々しい門を開けて中に入ると、長椅子が並んだ広間がある。
その広間で最初に目を引かれるもの、それは巨大な絵。
両手を合わせて祈りをささげる女の頭から木が生えている、そんな奇妙なものを描いた絵画。
描かれている木は生気にあふれ、絵画一面に枝を伸ばし、様々な実をつけている。
それ自体は美しいが、全体を見るとやはり不気味な印象はぬぐえない。
女の色彩が薄く描かれているゆえに、まるで女が木に寄生されているようにも見える。
そんな巨大な絵が広間の奥にかけられていた。
広間には既に多くの住人が集まっていた。
彼らはこれから始まるある儀式を待っていた。
絵画の下には祭壇があった。
絵や外壁の装飾と同じく、草木をモチーフにした祭壇。
絵と比べても見劣りしないほどに豪華で大きい。
それは「受肉の祭壇」と呼ばれていた。
集まった住人達はその祭壇を見つめ、儀式の始まりを待っていた。
そして間もなく儀式は始まった。
左奥のドアが開き、三人の神官が広間に入場する。
神官達はみな絵の女と同じ衣装を身にまとっていた。
そのうちの一人は両腕に何かを抱えていた。
それは赤ん坊だった。
三人の神官は祭壇の前に並び、赤ん坊を祭壇の上に置いた。
そして中央に立っていた年長者と思われる神官が声を上げた。
「『精霊使い』である私が『神』の声を代弁する!」
精霊使い、その者はそう名乗って言葉を続けた。
「神に仕えし者達よ、聞け! この赤子は神に選ばれた!」
広間に響くほどの大声であったが、赤ん坊が目覚める気配は無かった。
しかし死んでいるわけでは無い。呼吸で胸が上下しているのがわかる。
既に何かをされている、それは間違いなかった。
「祝福せよ! 新たな『神子』の誕生を!」
そして神官は声を上げながら懐からなにかを取り出した。
みせつけるようにそれを持つ手を掲げる。
だが、その手には何も無いように見えた。
しかし違った。
魂や虫の存在を感じ取れる者達にはそれが見えていた。
丸い形状をした虫の集合体。
感知能力者である信者達にはそれは金色に光っているように見えた。
ゆえにそれには見たままの名がついていた。
神官は直後にその名を叫んだ。
「神の許可のもと、この赤子に『黄金の果実』を与える!」
発光して見えるほどに養分を蓄えた力強い虫の塊、それが黄金の果実。
神官はそれを掲げたまま視線を赤子のほうに落とし、
「神の祝福をその身に宿し、我等にさらなる繁栄をもたらしたまえ!」
赤子の頭部に向かって、果実を振り下ろした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる