235 / 586
第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく
第三十九話 二刀一心 三位一体(16)
しおりを挟む◆◆◆
次の日――
早朝、あの女は仕事への準備をしていた。
部屋は既にほとんど片付けられており、最小限の生活用品以外の荷物は綺麗にまとめられている。
女は荷物の中身の再確認を行っていた。
その中に一つ、とても目立つものがある。
細長い白い包みだ。
ある皮袋の確認を終えた女の手がそれに伸びた。
女が慣れた手つきで白い布を取り去ると、中から現れたのは細身の剣。
女は迷い無く、その剣を鞘から引き抜いた。
その刀身は鞘よりもさらに細く、握りと鍔の部分が無ければただの太い針と呼べるような形状をしていた。
一般には全く普及していないが、刺突剣という見た目どおりの名がついている。
これが彼女の仕事道具。精神攻撃に特化した剣だ。
女は剣に祈るように、刀身を眼前に置いた。
そして間も無くその刀身は発光を始めた。
「……」
意識を集中させ、剣に通う魔力の流れを感じ取る。
どうやら調子は悪くないようだ。
それを再確認した女は、別のものを刀身に流し込んだ。
すると間も無く、刀身は別の輝きを放ち始めた。
薄青く、そして時に黄みがかった光を放つ。
変化は目だけでなく耳にまで及んだ。
ぱちぱちと、何かが弾けたような音がその刀身から発せられるようになった。
「……」
そこで、女は懐から銅貨を一枚取り出した。
女はコイントスの要領でその銅貨を飛ばした。
軌道は真上では無く前。
ゆるやかな放物線を描いて飛んだその銅貨に向かって女は、
「疾ッ!」
気合とともに剣を突き出した。
直後、銅貨は軽い衝撃音と共に吹き飛んだ。
明らかに剣が届かない距離。
銅貨を打ったのは鋼の刀身では無い。
銅貨を襲ったのは薄青く黄みがかった閃光。刀身から放たれた紫電。
「まあ、問題は無い、かな」
自身の調子が良いことを声に出して確認した女は、剣を白い布で包みなおした。
◆◆◆
同時刻――
ある街で一人の酔っ払いが歩いていた。
夜通し飲み続けたせいか、その足はふらついている。
そして意味も無く上機嫌だ。
思考も定まっているか怪しいその男は、ふとある場所で足を止めた。
気付けば、前方に女がいる。壁に背を預けて立っている。
外套を深くかぶっているせいで顔は見えないが、線の細さと外套の上からでも分かる色気から、酔っ払いはそう思い込んだ。
そしてこの時ようやく、酔っ払いは自分が裏通りにいることに気付いた。この方向は帰り道では無い。
しかし今の酔っ払いにはどうでもよかった。
酔っ払いはあれは商売女であると勝手に思い込んでいた。こんな時間にこんな裏通りに、あんなに外套を深くかぶって立ってるんだからきっとそうだと。
だから酔っ払いはいくらなのか尋ねようと近づいた。
そして目の前まで迫った瞬間、
「おっと」
酔っ払いはお約束のように足を滑らせた。
体をささえようと反射的に手を伸ばす。
その時、左手は壁を掴んだが、右手は意味も無く女の外套を掴んでしまった。
左腕一本だけでは自重を支えきれず、酔っ払いの視点が大きく傾く。
その傾きに応じて、女の外套は酔っ払いの右手によってはぎとられた。
「……あ?」
そしてそれを見た酔っ払いは素っ頓狂な声を上げてしまった。
予想外だったからだ。
女という部分はあたっていた。しかも上玉だ。
しかしその格好は明らかに商売女のそれでは無かった。
胸元に鎖帷子(くさりかたびら)のようなものが見える。
ということはこの女は兵士なのか?
それにしては何か、雰囲気が違う。
それに珍しい顔だ。どこの国のものかわからない。奴隷にもこんな顔をしたやつはいなかった。
「……?」
酔っ払いが変な顔でみつめていると、女が口を開いた。
「……放セ」
威圧的なその声色に、酔っ払いは慌てて女から離れ、来た道を戻り始めた。
足を進ませながら酔っ払いは確信した。やはりこいつは異国の者だったと。
妙ななまりがあった。なまりというより、この国の言葉に慣れていない感じだった。
「……ったく、なんだってんだ」
そして男は愚痴をこぼした。
自分が悪いのは分かっているが、あんなに高圧的に言わなくても、などと自分勝手な言い訳を頭の中で並べていた。
だから気付かなかった。
女と同じくらい異質な男をすれ違ったことを。
体格の良い筋肉質なその男は女の客であった。女はこの男を待っていた。
だから女のほうから男に声をかけた。
「……遅い」
流暢な異国の言葉で。
そして男は同じ言葉で答えた。
「お前が早すぎるんだ」
少し遅刻したにもかかわらず軽い口調。
これに女は表情を変えることは無かったが、直後発せられた言葉には怒気が含まれていた。
「……その格好は何?」
女の言うとおり、男の格好は普通では無かった。
それは二人の祖国の、「和の国」の「着物」と呼ばれる衣装であった。
ゆったりとした雰囲気を放っており、広い袖がその印象を強くしている。
豪勢なものではない、礼装でもない、袴(はかま)と呼ばれる衣服を着用しない、着流しと呼ばれる庶民的なくだけた格好である。
だから男は明らかに異質であった。
しかし男は先と同じく軽い調子で答えた。
「何って? いつもどおりだが?」
茶化されてることは分かっていたが、女は真面目な質問を続けた。
「他人の目から自分を隠す気は無いの?」
「……」
男は少し沈黙した後、答えた。
「……顔がまったく違う異国で活動するならば、下手に隠すよりも、観光客や商売人として振舞ったほうがいいと思ってな。それに、俺から言わせてもらえばお前のほうが怪しい。それではまるで商売女みたいだぞ」
その言葉からは軽い調子が消えていた。
「……」
女は何も答えなかったが、しばらくして本来の用事について口を開いた。
「……私のことはどうでもいいでしょう。それより、あなたが注文していた品、手に入ったわよ」
これに男は「やっとか。待ちかねたぞ」とうんざりしたような口調で答えたが、その顔は少しほころんでいた。
そして女は外套の下からその品を覗かせた。
それは刀であった。
が、握りの部分、柄(つか)と呼ばれる部位の下部に、特徴的な紋様が掘り込まれていた。
その紋様は、円の中に葵の葉を三つ描いた「三つ葉葵」。
これは彼の愛刀であった。わざわざ祖国から取り寄せたのだ。
男は素早くその刀に手を伸ばしたが、
「今は駄目。あなた、これをどうやって持ち帰るつもり? まさか腰に差して、なんて考えてるんじゃないでしょうね?」
そう言いながら、女は男の手が届くよりも速く、刀を外套の下に戻した。
これに、男は「確かに、その通りだな」と納得しながらも、残念そうな顔を返した。
天国への階段を登る技術を体系化しているのは白い帝国だけでは無い。
「三」という数字は「和の国」にとっても特別なものであった。
そして、戦地におもむく準備を整えている「あの女」にも予想出来ていないことがあった。
次の戦いが想像以上の激戦になることだ。
第四十話 稲光る舞台 に続く
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【その断罪、待っていました!】
私は侯爵令嬢オフィーリア・ドヌーブ。王太子アシル・バスチエの婚約者だった。良い国母になる為、日々努力を怠らなかった。そんなある日、聖女を名乗る女性ソネットが現れ、あっという間にアシルは彼女に夢中になってしまう。妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ありとあらゆる手段でソネットを陥れようとして失敗。逆に罰として侯爵家から除籍され、辺境の地へ幾人かの使用人達と共に追放されてしまう。追放先の村での暮らしは不便だったが、人々は皆親切だった。けれど元侯爵令嬢というプライドから最後まで私は素直になれなかった。そんな自分に後悔しながら長い時を孤独に過ごしていたある日。不思議な懐中時計の力によって、何故か断罪の真っ最中に時が巻き戻っていた。聖女への嫌がらせは無かったことに出来ない。それなら今世はおとなしく追放されて和やかに過ごそう。今度こそ幸せに暮らす為に——
※他サイトでも投稿中
婚約破棄上等!私を愛さないあなたなんて要りません
音無砂月
ファンタジー
*幸せは婚約破棄の後にやってくるからタイトル変更
*ジャンルを変更しました。
公爵家長女エマ。15歳の時に母を亡くした。貴族は一年喪に服さないといけない。喪が明けた日、父が愛人と娘を連れてやって来た。新しい母親は平民。一緒に連れて来た子供は一歳違いの妹。名前はマリアナ。
マリアナは可愛く、素直でいい子。すぐに邸に溶け込み、誰もに愛されていた。エマの婚約者であるカールすらも。
誰からも愛され、素直ないい子であるマリアナがエマは気に入らなかった。
家族さえもマリアナを優先する。
マリアナの悪意のない言動がエマの心を深く抉る
【完結】追放王女は辺境へ
シマセイ
恋愛
エルドラード王国の第一王女フィリアは、婚約者である王子と実妹の裏切りにより、全ての地位と名誉を奪われ、国外へ追放される。
流れ着いた辺境のミモザ村で、彼女は持ち前の知識と活力を活かして村人たちの信頼を得、ささやかな居場所を見つける。
そんな中、村を視察に訪れた領主レオンハルト辺境伯が、突如として発生した魔物の大群に襲われ深手を負う。
フィリアは機転を利かせて危機を乗り越え、辺境伯を献身的に看護する。
命を救われた辺境伯はフィリアに深く感謝し、その謎めいた素性に関心を抱き始める。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
