Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第三章 アランが己の中にある神秘を自覚し、体得する

第二十三話 神秘の体得(1)

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   ◆◆◆

  神秘の体得

   ◆◆◆

 四ヵ月後――

 アラン達の方で、一つの変化があった。
 アンナが負傷したのだ。
 この報せは兄であるアランと、当の彼女に援軍を要請していたクリスを驚かせた。
 しかし幸いなことにアンナの怪我は軽傷であり、少し休めばまた戦場に出ることができる程度のものであった。

 アンナを負傷させた者は炎魔法の使い手であった。
 同じ炎魔法の使い手に敗れる、それは屈辱であったが、アンナの名を汚すことは無かった。
 アンナが敗れた主な原因は奇襲を受けたからであった。不意を突く、それは大昔から強者を倒すために使われてきた常套手段であり、アンナもまた同じようにその策に敗れたのであった。

 そしてアンナを負傷させたその炎魔法の使い手が次にどうしたのかというと――

   ◆◆◆

「上からの命により援軍としてこちらに参ったリーザです。以後お見知りおきを」

 炎の使い手、リーザはそう言いながら陣の総大将を務めるジェイクの前に跪いた。
 ジェイクは手をかざしてこれを制したが、リーザは跪くのをやめなかった。

「同じ精鋭魔道士なのだ。堅苦しい挨拶は必要ないぞ」

 そう言ってジェイクは笑った。ジェイクに悪意は全く無かったのだが、この笑みをリーザは悪い意味で受け取った。

 リーザの日頃の態度は精鋭魔道士にしては下手に出すぎていると言っていいものであった。人によっては謙虚では無く卑屈だと受け取るだろう。彼女をそうさせていたのはこれまでの人生で受けた謗りのせいであった。

 跪いたまま微動だにしないリーザに困ったジェイクは、適当な言葉でこの場をやり過ごすことにした。

「長旅で疲れているだろうし、長話はよそう。戦いに備えてゆっくり休んでおいてくれ。何かあればこちらから呼びに伺う」

 これを聞いたリーザは静かに立ち上がり、ジェイクに一礼した後、何も言わずその場から出て行った。
 リーザが去った後、場にはなんとも言えぬ空気が残った。
 ジェイクは傍に控える側近の方に顔を向けながら口を開いた。

「……なかなか気難しい性格のようだな」

 どう答えてよいかわからぬ側近は、困った顔をしながらただの頷きとも取れる小さな礼だけを返した。

   ◆◆◆

 数日後、ジェイクは陣の中央にある大きなテントに隊長格の人間を集めた。
 長机の上座に座るジェイクは、集まった者達の顔を見回しながら口を開いた。

「今日集まってもらったのは他でも無い。クリスの城をどう攻めるかについてだ。だがその前に……」

 そう言ってジェイクは視線を移し、リーザの顔を手で指し示しながら再び口を開いた。

「既に知っている者もいるかもしれないが、我々と共に戦うことになったリーザだ」

 紹介を受けたリーザは頭を下げた。

「バージルと同じ新参者だがれっきとした精鋭魔道士だ。皆くれぐれも失礼の無いようにな」

 ジェイクは皆の顔を見回しながら言葉を続けた。

「今この地には私を含めて三人の精鋭魔道士が集まっている。これだけの戦力が集うことは滅多に無い。我々にかけられている期待は大きく、早期の決着が望まれている」

 場に集まった者達はジェイクのこの言葉に何も返さなかったが、場に漂い始めた緊張感がそのまま答えとなった。
 ジェイクはバージルの方に視線を移し、声を掛けた。

「バージル、傷の具合はどうだ?」
「もう問題は無い」

 気持ちの良いその返事にジェイクは表情を緩め、口を開いた。

「兵士達の傷は癒え、戦力は十分。士気も高い。次の攻撃の機は熟したと考えていいだろう」

 ジェイクは視線を戻し、話を進めた。

「何もなければ、このまま攻撃の日取りを決めることにする。何かあれば今のうちに言ってくれ」

 これにリーザが小さく手を上げた。

「新参者ですが、口を出すことを許して頂けますか」
「もちろん構わない。何だ?」
「攻撃することに異論はありませんが、私は奇襲をしかけるべきだと思います」

 これにジェイクは訝しげな顔をしながら尋ねた。

「奇襲か。それはいいが、クリスは城から離れようとはせんぞ。具体的にどうする?」

 リーザは一息分間を置いた後、淡々とその策を話し始めた。

   ◆◆◆

 会議が終わり、テントを出たリーザは意外な人物に声を掛けられた。

「リーザ、少し構わないか?」

 それはバージルであった。彼の呼びかけにリーザは「何?」と淡白な返事を返した。

「何故また奇襲なのだ? お前がここに来る前の戦いでアンナを退けたことは聞いている。それも奇襲だったそうだな」
「それが悪いことだとでも言いたいの?」
「そうではない……リーザ、お前は確か炎の一族の者だったな。お前の家の事は聞いている。周囲から裏切り者の一族などとあらぬ謗りを受けている事もな」

 バージルの言葉に、リーザは警戒心をあらわにした。何かよからぬことを言われるのではないかと。

「お前は家を馬鹿にしていた奴らを見返してやりたいのだろう? ならば何故正面から堂々と戦わない?」
「……」
「精鋭試験でお前の力は見せてもらった。お前ほどの使い手ならば奇策に頼らずとも十分な戦果を挙げることができるはずだ。だが、奇襲ばかりではお前の魔法使いとしての実力はなかなか認められんぞ。戦果に対しての報酬は得られるだろうがな」

 リーザは気まずそうな顔で答えた。

「……お金が無いからよ。私の兵は百にも満たない。でもうちはたったそれだけの兵を雇うだけで精一杯。とにかく貧乏なのよ。いま彼らに死なれたら慰謝料もまともに払えないほどにね」

 これにバージルは驚きの表情を浮かべながら口を開いた。

「そんなに苦しいのか。かつてこの国の頂点に立ったこともある炎の一族がそんな有様とは、少し驚いたぞ。お前が奇襲を好むのは、被害を最小に抑えたいからなのか」

 バージルはここで一旦口を閉じ、小さく頭を下げた後、再び口を開いた。

「そんな理由があるとは知らず悪かった。もうお前の戦い方に口は挟まぬことにする」

 そう言ってバージルはリーザに対し背を向け、その場から去っていった。

 このやり取りでリーザがバージルに抱いた印象は悪いものでは無かった。
 彼はぶっきらぼうだが悪い人間では無い、リーザはそう感じていた。

 そしてバージルがリーザに声を掛けたのは親しみからであった。
 実力はあるのに馬鹿にされている、その似た境遇にジェイクは親近感を覚えているのであった。
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