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42.素敵な解禁(後)
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「この店だ」
「へぇ……?」
店構えはちょっとお洒落なバーみたいな感じだった。一日の疲れを吹っ飛ばそうとする店ではなく、ちょっと背伸びしてデートに行くような。
ドアを開けるとカラン、とドアベルの音が歓迎してくれる。店内はそこまで広くはなく、5つほどのテーブル席と、カウンターに並んだ椅子がいくつかある程度だ。
慣れた店なのか、まっすぐにカウンターに向かった大魔法使いサマがバーカウンターの向こうに立つ店員に声を掛ける。
「エウロの名前で予約した者だが」
すると、店員さんの目がカッと見開かれ、まじまじと大魔法使いサマの顔を確認した。
「話は聞いてます……が、一瞬でいいからそれ解いてもらっても構いませんか?」
「あぁ、忘れてた。――――ほら」
「確かに。お手数おかけしました。そちらの右端の2席へどうぞ。念のためにカウンター裏の確認をオススメします」
「分かった」
謎の遣り取りに疑問符しかない。
エウロって誰? 解くって何? カウンター裏の確認って?
疑問をそのまま口にしていいのか分からないので、とりあえず手を引かれるまま店員さんが指し示した席に向かう。座る前に大魔法使いサマは手のひらに鏡っぽいものを作ってカウンターテーブルの裏を確認して、頷いていた。
「……いろいろ、何だったのか聞いてもいい?」
二人並んで座ったところで、隣を見上げる。
「先に注文だけしようか。あそこにメニューが書いてあるのは見えるか?」
「……」
大きめの黒板みたいな板に書かれたメニューを見る。それだけでワクワクした。随分と遠ざかっていた店飲みだ。いつも自領で行っていた店と比べて静かな佇まいだけれど、それでも飲み屋であることは変わりない。
「アクアヴィットのトマジュー割と、揚げ芋と、鶏のもも肉串焼きで」
「……」
何故か少し残念なものを見るような目を向けられた。「一瞬で読み取って即決するとか……酒飲みはこういう人種なのか……?」とかぶつぶつ言われている気もするけど、まぁ気にしない。そういう生きものだもの。
私が伝えたものと合わせて、自分の注文であろう白ワインとトマトソースのラザニアを追加した大魔法使いサマを見ると、彼もこういった店に不慣れなわけではないようだった。まぁ、そうか。そもそも出会いがオニクマ酒場だったしな。
「それで?」
「何が気になる?」
お互いにお酒がきたところで、軽くちん、とグラスを触れ合わせる。
「エウロっていう名前と、一瞬でいいから解いてくれって言われたものと、カウンター裏?」
指折り数えながら尋ねると、「しっかり記憶しているんだな」と誉め言葉が返ってきた。
「まず、エウロはこの店を教えてくれた魔法騎士の名前だ。仕事で顔を合わせることが多いが、社交性が高く顔が広い」
魔法騎士。騎士の中でも魔法との合わせ技の剣術が使える人を指す言葉だ。剣術と魔法の両方の適正が必要だから、自然と数は少ない。王都にはいるんだね。実家の方では見たこともなかったけれど。
「解いてくれと言われたのは誤認のための幻覚魔法だ。俺やお前の顔が記憶しづらいよう塔の外に出てすぐにかけた。エウロから俺の容貌を伝えられていたんだろうが、幻覚魔法のせいでうまく認識できなかったんだろう」
本当に呼吸するように魔法を使うな、この人は。なんだその幻覚魔法。犯罪とかやりたい放題になってしまわないんだろうか。
「最後に確認するよう言われたのはこのテーブルの裏に彫り込まれている魔法陣だ。魔力を流せば隠蔽と遮音の効果がある。他の客からは姿も見られず声も漏れない。応対する店員だけが俺たちを認識できる」
「もはや奥の個室レベルじゃない……」
「そういう部屋を用意している店もあるが、こうしたカウンターの方が気楽だし注文も出しやすいというメリットがあるんだろう」
「そんな需要があるなんて、王都ヤバいわね」
「もちろん、誰でもできるわけじゃない。魔力を流すわけだから、それなりの魔力を持つ人間でなければ使えない」
王都怖い。田舎だったらそもそも魔力がたくさんある人間が希少だから、絶対に成り立たないサービスだ。
「強い酒のようだが、大丈夫なんだろうな?」
「病み上がりを自覚しているから、わざわざトマトジュースで割ってもらったんでしょう?」
本当はストレートで飲みたいけれど、まだ復調具合が分からないから様子見だ。なお、トマジュー割りと伝えただけなのに、レモンを添えてくれる店員さんは対応が素敵過ぎる。
「でも、どういう風の吹き回し? 私が塔の外に出ることも嫌がっていたじゃない」
「色々と考え直せとうるさい奴らがいるんだ。……俺自身も思うところがあって、契約を見直した方がいいかもしれない、とは思っている」
私から目を逸らしたままで呟くように告げた大魔法使いサマを、思わずまじまじと見つめてしまった。
「へぇ……?」
店構えはちょっとお洒落なバーみたいな感じだった。一日の疲れを吹っ飛ばそうとする店ではなく、ちょっと背伸びしてデートに行くような。
ドアを開けるとカラン、とドアベルの音が歓迎してくれる。店内はそこまで広くはなく、5つほどのテーブル席と、カウンターに並んだ椅子がいくつかある程度だ。
慣れた店なのか、まっすぐにカウンターに向かった大魔法使いサマがバーカウンターの向こうに立つ店員に声を掛ける。
「エウロの名前で予約した者だが」
すると、店員さんの目がカッと見開かれ、まじまじと大魔法使いサマの顔を確認した。
「話は聞いてます……が、一瞬でいいからそれ解いてもらっても構いませんか?」
「あぁ、忘れてた。――――ほら」
「確かに。お手数おかけしました。そちらの右端の2席へどうぞ。念のためにカウンター裏の確認をオススメします」
「分かった」
謎の遣り取りに疑問符しかない。
エウロって誰? 解くって何? カウンター裏の確認って?
疑問をそのまま口にしていいのか分からないので、とりあえず手を引かれるまま店員さんが指し示した席に向かう。座る前に大魔法使いサマは手のひらに鏡っぽいものを作ってカウンターテーブルの裏を確認して、頷いていた。
「……いろいろ、何だったのか聞いてもいい?」
二人並んで座ったところで、隣を見上げる。
「先に注文だけしようか。あそこにメニューが書いてあるのは見えるか?」
「……」
大きめの黒板みたいな板に書かれたメニューを見る。それだけでワクワクした。随分と遠ざかっていた店飲みだ。いつも自領で行っていた店と比べて静かな佇まいだけれど、それでも飲み屋であることは変わりない。
「アクアヴィットのトマジュー割と、揚げ芋と、鶏のもも肉串焼きで」
「……」
何故か少し残念なものを見るような目を向けられた。「一瞬で読み取って即決するとか……酒飲みはこういう人種なのか……?」とかぶつぶつ言われている気もするけど、まぁ気にしない。そういう生きものだもの。
私が伝えたものと合わせて、自分の注文であろう白ワインとトマトソースのラザニアを追加した大魔法使いサマを見ると、彼もこういった店に不慣れなわけではないようだった。まぁ、そうか。そもそも出会いがオニクマ酒場だったしな。
「それで?」
「何が気になる?」
お互いにお酒がきたところで、軽くちん、とグラスを触れ合わせる。
「エウロっていう名前と、一瞬でいいから解いてくれって言われたものと、カウンター裏?」
指折り数えながら尋ねると、「しっかり記憶しているんだな」と誉め言葉が返ってきた。
「まず、エウロはこの店を教えてくれた魔法騎士の名前だ。仕事で顔を合わせることが多いが、社交性が高く顔が広い」
魔法騎士。騎士の中でも魔法との合わせ技の剣術が使える人を指す言葉だ。剣術と魔法の両方の適正が必要だから、自然と数は少ない。王都にはいるんだね。実家の方では見たこともなかったけれど。
「解いてくれと言われたのは誤認のための幻覚魔法だ。俺やお前の顔が記憶しづらいよう塔の外に出てすぐにかけた。エウロから俺の容貌を伝えられていたんだろうが、幻覚魔法のせいでうまく認識できなかったんだろう」
本当に呼吸するように魔法を使うな、この人は。なんだその幻覚魔法。犯罪とかやりたい放題になってしまわないんだろうか。
「最後に確認するよう言われたのはこのテーブルの裏に彫り込まれている魔法陣だ。魔力を流せば隠蔽と遮音の効果がある。他の客からは姿も見られず声も漏れない。応対する店員だけが俺たちを認識できる」
「もはや奥の個室レベルじゃない……」
「そういう部屋を用意している店もあるが、こうしたカウンターの方が気楽だし注文も出しやすいというメリットがあるんだろう」
「そんな需要があるなんて、王都ヤバいわね」
「もちろん、誰でもできるわけじゃない。魔力を流すわけだから、それなりの魔力を持つ人間でなければ使えない」
王都怖い。田舎だったらそもそも魔力がたくさんある人間が希少だから、絶対に成り立たないサービスだ。
「強い酒のようだが、大丈夫なんだろうな?」
「病み上がりを自覚しているから、わざわざトマトジュースで割ってもらったんでしょう?」
本当はストレートで飲みたいけれど、まだ復調具合が分からないから様子見だ。なお、トマジュー割りと伝えただけなのに、レモンを添えてくれる店員さんは対応が素敵過ぎる。
「でも、どういう風の吹き回し? 私が塔の外に出ることも嫌がっていたじゃない」
「色々と考え直せとうるさい奴らがいるんだ。……俺自身も思うところがあって、契約を見直した方がいいかもしれない、とは思っている」
私から目を逸らしたままで呟くように告げた大魔法使いサマを、思わずまじまじと見つめてしまった。
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