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66.唐突なおしゃべり(後)
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「朝、いつも以上に大きなリリアン嬢の怒鳴り声に、不思議と上機嫌なヨナ様が出勤されたものですから、何があったのかと」
「……」
一瞬、頭の中をさまざまな考えがよぎった。
ぜんぶ正直にマックさんにぶちまける? いや、ないない。そもそも、どうしてこんなこと聞いてくるの? プライバシーの侵害にも程があるよね? ほっとけっての。いや、ほっとけないのか。あぁ、そうか、この人も結局、監視する側? ということは、ここでぶっちゃけたら報告されるってこと? 誰に? 王太子殿下? それとも別の人?
「……いつも私が叱り役なところ、めずらしく私が翻弄される側だったので、上機嫌だったんでしょう」
「その詳細をお聞きすることは可能ですか?」
「そうですね、非常にデリケートな話になってしまうので、同性相手ならともかく、異性に対して話すのはとても抵抗があります」
「……なるほど、ありがとうございました」
これ以上はツッコめないと判断したんだろう。マックさんは大人しく引いてくれた。
彼の姿が見えなくなってから、十、数える。
「……っかー、めんどくさっ」
私は青空を仰いでボヤいた。
考えてみればね、ヨナが珍しく執着を示した私との関係がどうなってるかっていうのが、塔っていう密室の中で可視化されないことにヤキモキするのは分かる。プライベートな対人スキルが死滅してるもんね。下手に暴発されても怖いし。
つまりはヨナさんもある意味スパイで、何かあれば逐一どこかに報告を上げているんだろう。相手は王太子殿下と考えるのが妥当だけれど確証はない。なんてったって希代の大魔法使いサマだ。自分の派閥に取り込みたい人間なんて山ほどいるだろう。今までは取りつく島もなかったところ、『私』という取っ掛かりができたことで、どう動くかも分からない。
「テキトーに平和が一番、だったんだけどねぇ……」
再び座布団に腰を下ろし、少し温くなったお茶を飲む。
権力争いに興味はないけれど、渦中に放り込まれてる以上「自衛すべき」という考えだけでも常に頭の中に置いておかないと。今のところ、この隔離環境がよくも悪くも守ってくれているけれど、それだって鉄壁じゃない。事実、一度は後宮に滞在していたこともあったんだし。
「はー、やめやめ。とりあえず戻ってお母様に手紙でも書こうっと」
あぁ、でも。
「テキトーに愚痴話ぶつけ合う相手が欲しいなぁ……」
ぼんやりとそんなことを考えた。
🌸🌸🌸
「えぇと、マックさん。話が見えないんですけど……?」
「すみません、わたしも予想外というかなんというか」
塔の一階、本来は来客を一時的に待たせておくためだけの部屋に、真面目な顔の女性がいる。いや、こう言うと語弊があるか。見知った女性だ。むしろすごくお世話になった相手である。
「シジーナさん?」
「えぇ、王太子妃殿下からお願いされまして」
困ったものです、と全然困っていない顔で、小さなテーブルにお茶と焼き菓子を並べていく。王太子妃殿下付きの侍女で、寝たきり一歩手前になった私の介護をしてくれた人でもある。
「わたくしもあまり暇な身ではないのですが、秘匿案件を任せられる者も多くないということですので」
「えぇと、妃殿下はなんと……?」
「そうですね。誤解のないようそのままお伝えいたしますと『シジーナ、ちょっとヨナ・パークスの塔まで行って、リリアン嬢とコイバナしていらっしゃい』だそうです」
「えー……」
そりゃ美味しいお茶菓子をいただけるのは嬉しいし、シジーナさんも知らない間柄じゃないけどさー、どうして『コイバナ』って決めるわけ?
「本当は妃殿下が直接お聞きしたかったとのことですが、本日は動かせる予定も多くありませんでしたので」
「……サヨウデゴザイマスカ」
手際よくお茶一式を並べたシジーナさんは、マックさんに向かって虫でも追い払うように手を振った。気を悪くした様子も見せず、マックさんが大人しく引き下がってくれる。むしろ私の方がいたたまれない。
「リリアン様のおっしゃりたいことは分かりますが――――」
「いえ、いいんです。それだけヨナの暴走を気にしているということでしょうから」
「……」
あ、シジーナさんが驚いた、みたいな顔してる。別に察しが悪いわけじゃないのよ。
「本当に自然に名前で呼ばれるようになりましたのね」
「そっちですか。まぁ、とりあえず私の意思を尊重するようにはなってきましたので」
「それは良かったですわ。……それで、今朝の話を伺う前に、なのですけれど」
シジーナさんの瞳が、ちらり、とマックさんの消えて行った扉を確認した。しっかり閉まっているのは私からも見えているけれど、何か内密な話なのだろうか。
「妃殿下からは1、2時間くらいかけても構わないと言われています。休憩も兼ねてお付き合いいただいても?」
「――――そういうことでしたら、私には元々予定もありませんので。ところで、シジーナさん、コイバナは得意なんですか?」
「得意も不得意もありませんが、何分、同僚は女性ばかりですので、自然と場数は踏んでおりますわ。お喋りは関係構築の潤滑油ですから」
口の端を少し持ち上げたシジーナさんに、親しみを覚えなかったと言ったら嘘になる。
「……」
一瞬、頭の中をさまざまな考えがよぎった。
ぜんぶ正直にマックさんにぶちまける? いや、ないない。そもそも、どうしてこんなこと聞いてくるの? プライバシーの侵害にも程があるよね? ほっとけっての。いや、ほっとけないのか。あぁ、そうか、この人も結局、監視する側? ということは、ここでぶっちゃけたら報告されるってこと? 誰に? 王太子殿下? それとも別の人?
「……いつも私が叱り役なところ、めずらしく私が翻弄される側だったので、上機嫌だったんでしょう」
「その詳細をお聞きすることは可能ですか?」
「そうですね、非常にデリケートな話になってしまうので、同性相手ならともかく、異性に対して話すのはとても抵抗があります」
「……なるほど、ありがとうございました」
これ以上はツッコめないと判断したんだろう。マックさんは大人しく引いてくれた。
彼の姿が見えなくなってから、十、数える。
「……っかー、めんどくさっ」
私は青空を仰いでボヤいた。
考えてみればね、ヨナが珍しく執着を示した私との関係がどうなってるかっていうのが、塔っていう密室の中で可視化されないことにヤキモキするのは分かる。プライベートな対人スキルが死滅してるもんね。下手に暴発されても怖いし。
つまりはヨナさんもある意味スパイで、何かあれば逐一どこかに報告を上げているんだろう。相手は王太子殿下と考えるのが妥当だけれど確証はない。なんてったって希代の大魔法使いサマだ。自分の派閥に取り込みたい人間なんて山ほどいるだろう。今までは取りつく島もなかったところ、『私』という取っ掛かりができたことで、どう動くかも分からない。
「テキトーに平和が一番、だったんだけどねぇ……」
再び座布団に腰を下ろし、少し温くなったお茶を飲む。
権力争いに興味はないけれど、渦中に放り込まれてる以上「自衛すべき」という考えだけでも常に頭の中に置いておかないと。今のところ、この隔離環境がよくも悪くも守ってくれているけれど、それだって鉄壁じゃない。事実、一度は後宮に滞在していたこともあったんだし。
「はー、やめやめ。とりあえず戻ってお母様に手紙でも書こうっと」
あぁ、でも。
「テキトーに愚痴話ぶつけ合う相手が欲しいなぁ……」
ぼんやりとそんなことを考えた。
🌸🌸🌸
「えぇと、マックさん。話が見えないんですけど……?」
「すみません、わたしも予想外というかなんというか」
塔の一階、本来は来客を一時的に待たせておくためだけの部屋に、真面目な顔の女性がいる。いや、こう言うと語弊があるか。見知った女性だ。むしろすごくお世話になった相手である。
「シジーナさん?」
「えぇ、王太子妃殿下からお願いされまして」
困ったものです、と全然困っていない顔で、小さなテーブルにお茶と焼き菓子を並べていく。王太子妃殿下付きの侍女で、寝たきり一歩手前になった私の介護をしてくれた人でもある。
「わたくしもあまり暇な身ではないのですが、秘匿案件を任せられる者も多くないということですので」
「えぇと、妃殿下はなんと……?」
「そうですね。誤解のないようそのままお伝えいたしますと『シジーナ、ちょっとヨナ・パークスの塔まで行って、リリアン嬢とコイバナしていらっしゃい』だそうです」
「えー……」
そりゃ美味しいお茶菓子をいただけるのは嬉しいし、シジーナさんも知らない間柄じゃないけどさー、どうして『コイバナ』って決めるわけ?
「本当は妃殿下が直接お聞きしたかったとのことですが、本日は動かせる予定も多くありませんでしたので」
「……サヨウデゴザイマスカ」
手際よくお茶一式を並べたシジーナさんは、マックさんに向かって虫でも追い払うように手を振った。気を悪くした様子も見せず、マックさんが大人しく引き下がってくれる。むしろ私の方がいたたまれない。
「リリアン様のおっしゃりたいことは分かりますが――――」
「いえ、いいんです。それだけヨナの暴走を気にしているということでしょうから」
「……」
あ、シジーナさんが驚いた、みたいな顔してる。別に察しが悪いわけじゃないのよ。
「本当に自然に名前で呼ばれるようになりましたのね」
「そっちですか。まぁ、とりあえず私の意思を尊重するようにはなってきましたので」
「それは良かったですわ。……それで、今朝の話を伺う前に、なのですけれど」
シジーナさんの瞳が、ちらり、とマックさんの消えて行った扉を確認した。しっかり閉まっているのは私からも見えているけれど、何か内密な話なのだろうか。
「妃殿下からは1、2時間くらいかけても構わないと言われています。休憩も兼ねてお付き合いいただいても?」
「――――そういうことでしたら、私には元々予定もありませんので。ところで、シジーナさん、コイバナは得意なんですか?」
「得意も不得意もありませんが、何分、同僚は女性ばかりですので、自然と場数は踏んでおりますわ。お喋りは関係構築の潤滑油ですから」
口の端を少し持ち上げたシジーナさんに、親しみを覚えなかったと言ったら嘘になる。
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