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05.竜の尾を踏む
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「こ、れは、フィル殿。いやなに、待望の番を見出したと聞いて祝福に参ったのだが、そなたが留守だったようなので、な?」
「……手伝いを拒んだのが裏目に出たか。――――王よ、番が一人で寝付いている部屋に、男三人で訪問するのがお前の礼儀か」
「ひっ、そ、そういうわけでは」
慌ててユーリから離れた王と魔法使いを見て鼻を鳴らしたフィルは、つかつかとユーリの前へ来ると、手にしたトレイをテーブルに置く。
「何もされてないな?」
「……はぁ」
何かされそうだったのを言うべきかどうか判断できず、ユーリは曖昧な返事をする。その様子に少しばかりの安堵をした王は、「二人の邪魔をするのもなんだな」と誰にともなく呟きながら、そそくさと退室しようとした。
「王よ」
「な、なんだろうか」
フィルは険しい目で王を睨み付けていた。
「彼女の休息場所として城の一室を提供してもらったことは感謝するが、俺の不在を狙ったように押しかけたこと、やすやすと許されると思うな」
「だから、それは誤解だと言っているだろう」
「誤解かどうかは問題ではない。俺がいないと分かった時点で引き返す選択肢もあったはず。それなのに、ご丁寧に騎士と魔法使いを従えたまま、部屋に居座っていた。その事実は変わらん」
蛇に睨まれた蛙のように真っ青になりながら、王は弁明を続けようとする。だが、そこにユーリが割って入った。
「あの……」
「どうした?」
王に向けるのとは全く違った視線をまっすぐに受け、ユーリは目を瞬かせる。だが、このまま言い合いを続けられるのは、彼女にとっては不本意だ。
「お腹、空いてるので、食べてもいいですか?」
ベッド脇のテーブルに置かれたトレイには、湯気の立つスープとサンドイッチが乗せられているのだ。空腹で目が回りそうなユーリは、とにかく早く食べたい。目の前にあるのに食べられないのは、むしろ苦行だった。
「あぁ、気が利かずにすまなかったな」
フィルの注意が完全にユーリに向けられたのが分かったのだろう。王は「それでは、失礼する」と魔法使いを従え、騎士を回収して部屋を逃げるように退室していった。
「許す道理はないというのに、あれでは先が知れるな。……ユーリ、大丈夫だったか? あれらに触れられたり、変なことを言われたりはしていないか?」
ちまっとした口でサンドイッチにかぶりつき、もぐもぐと何度も咀嚼しているユーリが可愛らしくて、フィルの眉が下がる。先程、王に対して向けていた険しい表情とは雲泥の差だった。
なお、ユーリはパサパサでしかも噛みきりにくいサンドイッチと格闘していただけなのだが、フィルの瞳は番に向ける特有のフィルターがかかっている。
「触れられたり、というのはありませんでした。杖を突きつけられて、変なことは言われましたけど」
「なんだと?」
フィルが怒りの形相を浮かべたのに、ユーリはさっぱり気がついていない。固いパンとの格闘に一生懸命だったこともあるし、魚の酢漬けのような具が意外と美味しかったこともある。何より、空腹を何とかしなければ、という思いが強かったのだ。それでも、噛まずに飲み込むようなことをしなかったのは、少しでも空っぽの胃の負担にならないようにと配慮した結果だ。
「食べ終わった後でいい。詳しく聞かせてくれないか」
「わかりました」
見つめられていることに居心地の悪さを感じながら、ユーリは持って来てもらったサンドイッチとスープを全てお腹に収めると、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と感謝を述べた。
フィルはそんな彼女の一挙手一投足を焼き付けるように凝視していた。心の中では、彼女がまだ少し熱いスープに息を吹きかけて冷ます度に「可愛い……っ!」と悶えたり、もぐもぐと動かされる口に「いつかあそこに俺の(以下自主規制)」と妄想したりと忙しなかったのだが、表には決して出さずに耐えた。何しろ番が同族ではなく人間なのだ。妙な動きをしてドン引きされるわけにはいかない。
「……手伝いを拒んだのが裏目に出たか。――――王よ、番が一人で寝付いている部屋に、男三人で訪問するのがお前の礼儀か」
「ひっ、そ、そういうわけでは」
慌ててユーリから離れた王と魔法使いを見て鼻を鳴らしたフィルは、つかつかとユーリの前へ来ると、手にしたトレイをテーブルに置く。
「何もされてないな?」
「……はぁ」
何かされそうだったのを言うべきかどうか判断できず、ユーリは曖昧な返事をする。その様子に少しばかりの安堵をした王は、「二人の邪魔をするのもなんだな」と誰にともなく呟きながら、そそくさと退室しようとした。
「王よ」
「な、なんだろうか」
フィルは険しい目で王を睨み付けていた。
「彼女の休息場所として城の一室を提供してもらったことは感謝するが、俺の不在を狙ったように押しかけたこと、やすやすと許されると思うな」
「だから、それは誤解だと言っているだろう」
「誤解かどうかは問題ではない。俺がいないと分かった時点で引き返す選択肢もあったはず。それなのに、ご丁寧に騎士と魔法使いを従えたまま、部屋に居座っていた。その事実は変わらん」
蛇に睨まれた蛙のように真っ青になりながら、王は弁明を続けようとする。だが、そこにユーリが割って入った。
「あの……」
「どうした?」
王に向けるのとは全く違った視線をまっすぐに受け、ユーリは目を瞬かせる。だが、このまま言い合いを続けられるのは、彼女にとっては不本意だ。
「お腹、空いてるので、食べてもいいですか?」
ベッド脇のテーブルに置かれたトレイには、湯気の立つスープとサンドイッチが乗せられているのだ。空腹で目が回りそうなユーリは、とにかく早く食べたい。目の前にあるのに食べられないのは、むしろ苦行だった。
「あぁ、気が利かずにすまなかったな」
フィルの注意が完全にユーリに向けられたのが分かったのだろう。王は「それでは、失礼する」と魔法使いを従え、騎士を回収して部屋を逃げるように退室していった。
「許す道理はないというのに、あれでは先が知れるな。……ユーリ、大丈夫だったか? あれらに触れられたり、変なことを言われたりはしていないか?」
ちまっとした口でサンドイッチにかぶりつき、もぐもぐと何度も咀嚼しているユーリが可愛らしくて、フィルの眉が下がる。先程、王に対して向けていた険しい表情とは雲泥の差だった。
なお、ユーリはパサパサでしかも噛みきりにくいサンドイッチと格闘していただけなのだが、フィルの瞳は番に向ける特有のフィルターがかかっている。
「触れられたり、というのはありませんでした。杖を突きつけられて、変なことは言われましたけど」
「なんだと?」
フィルが怒りの形相を浮かべたのに、ユーリはさっぱり気がついていない。固いパンとの格闘に一生懸命だったこともあるし、魚の酢漬けのような具が意外と美味しかったこともある。何より、空腹を何とかしなければ、という思いが強かったのだ。それでも、噛まずに飲み込むようなことをしなかったのは、少しでも空っぽの胃の負担にならないようにと配慮した結果だ。
「食べ終わった後でいい。詳しく聞かせてくれないか」
「わかりました」
見つめられていることに居心地の悪さを感じながら、ユーリは持って来てもらったサンドイッチとスープを全てお腹に収めると、両手を合わせて「ごちそうさまでした」と感謝を述べた。
フィルはそんな彼女の一挙手一投足を焼き付けるように凝視していた。心の中では、彼女がまだ少し熱いスープに息を吹きかけて冷ます度に「可愛い……っ!」と悶えたり、もぐもぐと動かされる口に「いつかあそこに俺の(以下自主規制)」と妄想したりと忙しなかったのだが、表には決して出さずに耐えた。何しろ番が同族ではなく人間なのだ。妙な動きをしてドン引きされるわけにはいかない。
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